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必要と不要。
67話
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実際、コーヒーというものは本当に語り出したら止まらない。コーヒーマシンも日進月歩で高性能化してきており、道具ひとつとっても、豆の挽きの細かさやこだわり、おすすめの家庭用のものなど、愛好家の間で話題は尽きないのだ。
そして、お店での販売を検討はしているものを、ダーシャは挙げる。
「あまり浸透してはいないんだけど、流行ればいいなぁというのがあって。アイスなんだけど」
と言うと、ユリアーネも納得したようで、首肯する。
「あれですね」
「うん。アメリカはポートランド生まれの——」
「?」
ひとり、取り残されたアニーは、二人を交互に見やる。
「「ニトロコーヒー」」
ダーシャとユリアーネの声が合わさる。ニトロ、もしくはナイトロコーヒー。
「……なんスか、その物騒な名前は……」
爆発しそうなイメージしか湧かないアニーは、一歩引いて中身を尋ねる。
「まぁ簡単に言えば、ニトロ、つまり窒素をコーヒーに含ませて、クリーミーな泡をフロートさせたものなんだけどね。砂糖もミルクもなくても、豆の甘さが引きたって、水出し特有の優しい香りがある。でも、流行っているかというと微妙かな」
うーん、と厳しい顔色で、ダーシャは悔しがる。僕は好きなんだけどね、とも。
中身を知り、逆にアニーは不思議そうに首を傾げる。
「え、聞く感じは美味しそうですけど、なんでなんスか?」
少なくとも、フロートした泡は、ビールのようで好きな人も多いはず。まさかドイツで嫌いな人などいるのだろうか。
その答えはとても単純なもので、ユリアーネが間に入る。
「やはり、専用のサーバーが必要なことと、窒素も購入しなければなりません。さらに基本はコールドブリューなので、挽きたての豆を使ったコーヒーとは少し違います。そういうコーヒー、と割り切ればいいのですが、意を決して資金投入するお店は……そんなにないですね……」
かくいう彼女も、一度しか飲んだことはなく、ぜひまた飲んでみたいところだが、経営者という立場から見ると、たしかに投入には躊躇してしまう。
アニーも理解が追いつき、同調する。
「なるほど、あってもいいかもですけど、頼む人が少なければ赤字なわけっスね……難しいっス」
「とりあえず、目の前でコーヒーを淹れるのはありだとは思う。豆を挽くグラインダーは、忙しければキッチンの電動、余裕があれば目の前で手動のを使ってもいいかもね。なんにせよ練習かなぁ」
少しずつ、新しいお店の形は見えてきた。ユリアーネが来てからは、そのままの形態で営業していたが、少しずつ変化を加えていくことも必要。ダーシャも全面的にユリアーネをバックアップする。
「あとは……硬水と軟水なんかでも味は変わるからね。お客さんの好みを事前に聞いて、用意するのもいいかもしれない。あえて選択肢を増やすことで、次回は変えてみよう、みたいなことになったら嬉しいし」
このあたりは、経験のある彼がある程度仕切るほうが、うまくことが進む。ユリアーネもコーヒーについての知識はあるが、『働く』という点では彼には及ばない。オーストラリアやアメリカ、その他コーヒー修行も経験しており、ラテアートなどの技術も高い。店にひとりは欲しい万能選手。
「たしかに、カウンターだけのカフェであればやっているところもありそうですが、テーブル席でやっているところはないかもしれません。ワゴンのようなもので運んでもいいですね」
ユリアーネも、様々な視点から改善案を出してみる。使えるもの、使えないもの、検討するもの、他のスタッフに確認を取りたいもの。出すだけはタダ。それをダーシャと意見をすり合わせる。
「んー?」
その議論の最中、アニーは自身が「なんでですか?」「どういう意味ですか?」など、疑問を持つばかりで、会話に全く入っていけていないことに気づく。紅茶なら語れる。しかし、現在は客数増加のための話し合い。となると、コーヒーが中心になってしまう。
「もしかしてですけど」
誰にも聞こえない大きさの声で。
「ボク……いらない?」
そして、お店での販売を検討はしているものを、ダーシャは挙げる。
「あまり浸透してはいないんだけど、流行ればいいなぁというのがあって。アイスなんだけど」
と言うと、ユリアーネも納得したようで、首肯する。
「あれですね」
「うん。アメリカはポートランド生まれの——」
「?」
ひとり、取り残されたアニーは、二人を交互に見やる。
「「ニトロコーヒー」」
ダーシャとユリアーネの声が合わさる。ニトロ、もしくはナイトロコーヒー。
「……なんスか、その物騒な名前は……」
爆発しそうなイメージしか湧かないアニーは、一歩引いて中身を尋ねる。
「まぁ簡単に言えば、ニトロ、つまり窒素をコーヒーに含ませて、クリーミーな泡をフロートさせたものなんだけどね。砂糖もミルクもなくても、豆の甘さが引きたって、水出し特有の優しい香りがある。でも、流行っているかというと微妙かな」
うーん、と厳しい顔色で、ダーシャは悔しがる。僕は好きなんだけどね、とも。
中身を知り、逆にアニーは不思議そうに首を傾げる。
「え、聞く感じは美味しそうですけど、なんでなんスか?」
少なくとも、フロートした泡は、ビールのようで好きな人も多いはず。まさかドイツで嫌いな人などいるのだろうか。
その答えはとても単純なもので、ユリアーネが間に入る。
「やはり、専用のサーバーが必要なことと、窒素も購入しなければなりません。さらに基本はコールドブリューなので、挽きたての豆を使ったコーヒーとは少し違います。そういうコーヒー、と割り切ればいいのですが、意を決して資金投入するお店は……そんなにないですね……」
かくいう彼女も、一度しか飲んだことはなく、ぜひまた飲んでみたいところだが、経営者という立場から見ると、たしかに投入には躊躇してしまう。
アニーも理解が追いつき、同調する。
「なるほど、あってもいいかもですけど、頼む人が少なければ赤字なわけっスね……難しいっス」
「とりあえず、目の前でコーヒーを淹れるのはありだとは思う。豆を挽くグラインダーは、忙しければキッチンの電動、余裕があれば目の前で手動のを使ってもいいかもね。なんにせよ練習かなぁ」
少しずつ、新しいお店の形は見えてきた。ユリアーネが来てからは、そのままの形態で営業していたが、少しずつ変化を加えていくことも必要。ダーシャも全面的にユリアーネをバックアップする。
「あとは……硬水と軟水なんかでも味は変わるからね。お客さんの好みを事前に聞いて、用意するのもいいかもしれない。あえて選択肢を増やすことで、次回は変えてみよう、みたいなことになったら嬉しいし」
このあたりは、経験のある彼がある程度仕切るほうが、うまくことが進む。ユリアーネもコーヒーについての知識はあるが、『働く』という点では彼には及ばない。オーストラリアやアメリカ、その他コーヒー修行も経験しており、ラテアートなどの技術も高い。店にひとりは欲しい万能選手。
「たしかに、カウンターだけのカフェであればやっているところもありそうですが、テーブル席でやっているところはないかもしれません。ワゴンのようなもので運んでもいいですね」
ユリアーネも、様々な視点から改善案を出してみる。使えるもの、使えないもの、検討するもの、他のスタッフに確認を取りたいもの。出すだけはタダ。それをダーシャと意見をすり合わせる。
「んー?」
その議論の最中、アニーは自身が「なんでですか?」「どういう意味ですか?」など、疑問を持つばかりで、会話に全く入っていけていないことに気づく。紅茶なら語れる。しかし、現在は客数増加のための話し合い。となると、コーヒーが中心になってしまう。
「もしかしてですけど」
誰にも聞こえない大きさの声で。
「ボク……いらない?」
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