14 Glück【フィアツェーン グリュック】

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花と衣装。

92話

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 マルツァーン=ヘラースドルフ区。ベルリンの東部に位置するこの地区は、よく言えば風光明媚、悪く言えば田舎。名前の『ドルフ』が村を意味することからもわかるように、集落が複数存在し、のどかな風が通り抜ける。高い建物もベルリンにしては多くなく、アパートだらけのノイケルン区などとは違い、一軒家も多い。

「はぁー……初めて風車見たっス……」

 今回アニーが呼ばれたのは、駅からバスで一〇分ほどの集落。ヴァルトのある地区のような車の騒音もなく、昼間から酒瓶片手に酔い潰れる人も見かけない。ドイツでは日曜日は騒音禁止の決まりがあるが、日曜だけでなく、常日頃から騒音を感じないのではないか、とさえ頭をよぎる。

 古き良き風情を感じさせるこの集落の最大の魅力は、小高い丘の上にずっしりと存在感を放つ巨大な風車。そして、この風車小屋を取り囲むように小さな動物園がある。そこには虎やライオンといった肉食獣ではなく、ヤギや羊などののどかな草食獣が、特に柵などもなく平然と草を食べているだけ。

「癒されるっスねぇ。こっちのほうが森、って感じがするっス」

 ほぼ無料のような入場料を払い、アニーは見学する。一応、この区も市電などが通過する街の中心地には高い建物や、カラフルな旧東ドイツの集合団地『プラッテンバウ』などがある。この丘からは、それらと低い一軒家が一度に堪能できる。ほぼ木々の緑と茶色い屋根の群れ、そしてビビッドなプラッテンバウ。

「……乗馬してる人もいるっス。本当にベルリンですかここ」

 のどかすぎて、交通手段が馬の人もいる。ここだけ常に春が訪れているかのような、平和の象徴。よく晴れた土曜日。鳥のさえずりや、フワフワと飛ぶ蝶。

 少し早く着いたため、動物園や村の教会などを観光しつつ、一六時には指定されたカフェへ。カフェ、というより食事処。というのも、この村には食事できる店はそこのみ。コーヒーももちろんあるが、カフェではあまり見ないようなガッツリとした肉料理や、さらにパスタを乗せた高カロリーなものもランチ限定で存在する。

 ドイツでは、朝食と夕食には火を使わない食事をする家庭が多い。時代の流れとともに、少しずつ変化はしてきているが、多くの家庭では、火を使うのは昼食のみなのである。いわゆる『カルテスエッセン』と呼ばれるもの。それは、本当にベルリンかと疑わしきこの場所でも、受け継がれている。なので、温かいものを食べるときはカフェへ。

 延々と続く、レンガ造の一階立ての一軒家。変わらない街並みの石畳を歩くと、少し注目されていることにアニーが気づく。ほとんど他から来る人もいないため、初めての人を見かけると少し動揺するようだ。気にせず、挨拶をすると、それはしっかり返してくれる。少し安心し、力強く歩を進めた。
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