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ショコラーデと紅茶。
138話
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目を細めてダーシャは応戦する。
「……なんかこっそりディスられているのはいいとして、一緒にいる男性。あの方は——」
「クルト・シェーネマンさん、という方だそうです。ショコラーデの香りが美味しそうっスねぇ。それより、おまかせ入りました。二人ぶんです、お菓子をお願いします」
絶妙に気づいていない雰囲気を醸し出しつつ、アニーは注文のメモ書きを手渡す。一筋縄ではいかない人物にはコレ。悪いことを思いついた。
ひと通りのメニューをダーシャは作れる。確認し、目をギョッとさせた。やっぱり胃薬必要かも。
「……色々とツッコみたいところはあるけど、ていうかこれ——」
「目にモノ、見せてやるっス」
鼻息荒く、ニヤリとアニーが笑う。この店でボクを怒らせるとどうなるか、教えてやるっス。
「いや見せないで。あの方が誰か知らない?」
ショコラーデに関する人物だと読めたところは、さすがとしか言いようがない。だが、ここからが危険だとダーシャは判断する。
プイっと顔を背けて、アニーは提言を無視。
「知らないっス。ボクにはどんな方でもひとりのお客様ですから。贔屓はしません」
貴賤関係なく。必要と思ったサービスを提供するのが仕事。今回はそれが必要だと悟ったまで。なにか問題でも?
まるでレモンを口の中に放り込まれたような、辛そうな表情を浮かべながらダーシャはメモを見返す。
「贔屓とかじゃなくて、だってこれ……」
勝手に進む話。置いていかれないよう、ユリアーネはメモを覗き込む。そこに書かれていたのは、よくわからないアルファベットの単語。ドイツ語でもフランス語でもオランダ語でもない。もちろん英語でも。ウムラウトのようなものもあるが……?
「? どういうものなんですか? この——」
「ルスィカレイヴァ。フィンランドの《スプーンクッキー》と言ったほうがわかりやすいかもです。まぁ、クッキーの成形をスプーンでするだけなんですけど」
えへん、と教授するアニー。こうして少しずつユリアーネを北欧色に染めていく。いつか一緒に旅行に行きたいところ。
簡単なスプーンクッキー。の割には調理に二の足を踏んでいるダーシャ。それもそのはず。それと組み合わせるものが少し特殊。
「……それだけなら普通のクッキーなんだけどね。それとこれは……」
言ってしまえば『お客さんの反応を楽しむ』という意図が読み取れる。その具材が、自分だったら避けたいもの。
アイコンタクトでアニーはダーシャに全て伝え切る。
「そういうことっスよ。そっちがその気なら、こっちもそうさせてもらうっス」
きっと帰る頃には、ボクとお店の名前は忘れられなくなっていることでしょう。イタズラが好き、というわけではないが、最終的に楽しんでもらえたらいい。
「……大丈夫なんだよね?」
最後にダーシャはもう一度確認。なにかしら理由があるはず。アニーは賢い子だ。ただ闇雲に遊んでいるわけではない。はず。
「もちろんスよ。任せてください」
ヒヒヒッ、と任せるのを躊躇う笑い方をしたアニーは、そろそろ紅茶のことが気になってきた。
一応、謝る心の準備はしつつ、ダーシャは了承する。
「……わかった。それと『コレ』は冷蔵庫にあるから使っていいけど……一応、高級品だからね……」
メモにあった、もうひとつの食材。若干扱いには困っていたが、それでも値の張るものだ。紅茶に入れるのだろうが、なぜわざわざ……。
「大丈夫っス。使うために買ってあるんですから」
ハキハキと答えたアニーは、感謝しつつキッチン奥の冷蔵庫へ。そこからひとつ、食材を取り出し小皿に移し替えた。
「……全く話が読めません……」
ひとり疎外感を感じつつあるユリアーネ。相変わらずアニーの思考が読めないし、北欧のことはよくわからない。
「……まぁ、そう言っていてもなにも始まりませんか」
切り替えが大事。新しい人も入ってきた。しっかりせねば。クルトさんのほうは、アニーさんに任せるしかない。私は私。深呼吸をひとつし、ホールへ戻っていく。
「……なんかこっそりディスられているのはいいとして、一緒にいる男性。あの方は——」
「クルト・シェーネマンさん、という方だそうです。ショコラーデの香りが美味しそうっスねぇ。それより、おまかせ入りました。二人ぶんです、お菓子をお願いします」
絶妙に気づいていない雰囲気を醸し出しつつ、アニーは注文のメモ書きを手渡す。一筋縄ではいかない人物にはコレ。悪いことを思いついた。
ひと通りのメニューをダーシャは作れる。確認し、目をギョッとさせた。やっぱり胃薬必要かも。
「……色々とツッコみたいところはあるけど、ていうかこれ——」
「目にモノ、見せてやるっス」
鼻息荒く、ニヤリとアニーが笑う。この店でボクを怒らせるとどうなるか、教えてやるっス。
「いや見せないで。あの方が誰か知らない?」
ショコラーデに関する人物だと読めたところは、さすがとしか言いようがない。だが、ここからが危険だとダーシャは判断する。
プイっと顔を背けて、アニーは提言を無視。
「知らないっス。ボクにはどんな方でもひとりのお客様ですから。贔屓はしません」
貴賤関係なく。必要と思ったサービスを提供するのが仕事。今回はそれが必要だと悟ったまで。なにか問題でも?
まるでレモンを口の中に放り込まれたような、辛そうな表情を浮かべながらダーシャはメモを見返す。
「贔屓とかじゃなくて、だってこれ……」
勝手に進む話。置いていかれないよう、ユリアーネはメモを覗き込む。そこに書かれていたのは、よくわからないアルファベットの単語。ドイツ語でもフランス語でもオランダ語でもない。もちろん英語でも。ウムラウトのようなものもあるが……?
「? どういうものなんですか? この——」
「ルスィカレイヴァ。フィンランドの《スプーンクッキー》と言ったほうがわかりやすいかもです。まぁ、クッキーの成形をスプーンでするだけなんですけど」
えへん、と教授するアニー。こうして少しずつユリアーネを北欧色に染めていく。いつか一緒に旅行に行きたいところ。
簡単なスプーンクッキー。の割には調理に二の足を踏んでいるダーシャ。それもそのはず。それと組み合わせるものが少し特殊。
「……それだけなら普通のクッキーなんだけどね。それとこれは……」
言ってしまえば『お客さんの反応を楽しむ』という意図が読み取れる。その具材が、自分だったら避けたいもの。
アイコンタクトでアニーはダーシャに全て伝え切る。
「そういうことっスよ。そっちがその気なら、こっちもそうさせてもらうっス」
きっと帰る頃には、ボクとお店の名前は忘れられなくなっていることでしょう。イタズラが好き、というわけではないが、最終的に楽しんでもらえたらいい。
「……大丈夫なんだよね?」
最後にダーシャはもう一度確認。なにかしら理由があるはず。アニーは賢い子だ。ただ闇雲に遊んでいるわけではない。はず。
「もちろんスよ。任せてください」
ヒヒヒッ、と任せるのを躊躇う笑い方をしたアニーは、そろそろ紅茶のことが気になってきた。
一応、謝る心の準備はしつつ、ダーシャは了承する。
「……わかった。それと『コレ』は冷蔵庫にあるから使っていいけど……一応、高級品だからね……」
メモにあった、もうひとつの食材。若干扱いには困っていたが、それでも値の張るものだ。紅茶に入れるのだろうが、なぜわざわざ……。
「大丈夫っス。使うために買ってあるんですから」
ハキハキと答えたアニーは、感謝しつつキッチン奥の冷蔵庫へ。そこからひとつ、食材を取り出し小皿に移し替えた。
「……全く話が読めません……」
ひとり疎外感を感じつつあるユリアーネ。相変わらずアニーの思考が読めないし、北欧のことはよくわからない。
「……まぁ、そう言っていてもなにも始まりませんか」
切り替えが大事。新しい人も入ってきた。しっかりせねば。クルトさんのほうは、アニーさんに任せるしかない。私は私。深呼吸をひとつし、ホールへ戻っていく。
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