14 Glück【フィアツェーン グリュック】

文字の大きさ
156 / 223
ショコラーデと紅茶。

156話

しおりを挟む
 手元に戻ってきたカイロを握りしめるウルスラ。シロクマ。なにか名前でも付けてあげようか、そんなことを考えたりもした。だが。

「……私のものじゃないんだ、これ。でも誰からもらったのかも覚えていない。それより、少し前の記憶が飛び飛びで」

 断片的に覚えているものはある。朝食に、学校、書店のアルバイトに、薬局で買った物。でも、なぜか重要なものが抜け落ちている。そんな不安。

 どこまで踏み込んで、そして聞いていいのかわからないが、ユリアーネはその内容をまずは受け止める。

「記憶喪失というやつですか? ……本当にあるんですね。ですがなぜ私達に?」

 そう、たしかに記憶喪失はふとしたことがきっかけで、戻ることがあるという。だが、それならば初めて経験するカフェ。なぜわざわざ?

 自分自身でも未だ不透明な理由ではあるが、ウルスラはその中身を告白する。

「……アニエルカ・スピラさん、あなたにも同じようなことが起きていないか、それが知りたくて」

 唐突に話に混ざるアニー。まさかすぎて、思考がフリーズする。

「え、ボクっスか? 忘れっぽいのはいつものことっスけど……どうですか?」

 視線を向けられるが、その弱々しいウルスラの瞳の輝きには戸惑うしかできない。心当たりもない。とりあえずユリアーネに尋ねてみる。

 こちらもいきなり話を振られて、虚をつかれたが、ユリアーネはここ最近のアニーを思い出す。記憶喪失……らしき言動はなかった、はず。いつも通り、くっついてきたりや紅茶を淹れてくれたり。勝手に家までついてきたりなどはあったが。
 
「私から見て、アニーさんになにかあったような気はしませんけど……どうしてアニーさんが?」

 そもそもがそこ。アニーとの繋がりがわからない。一体、なにを根拠に?

 だが、それはウルスラにもわからない。ただひとつ、残り香のようにまとわりつくもの。

「……なんとなく覚えてる。誰かが、あなたの名前を呼んでいたような」

 誰か。と、誰か。「アニエルカ」という名前。手がかりはそれだけ。そのことだけで、ここに来た。

 信じられない、というような内心と外見。ユリアーネは他の可能性も挙げてみる。

「……全部、気のせい、ということはないんですか? その記憶喪失も。そのタッシェンヴェルマーも、実は……とか」

 むしろ、その可能性が普通に考えたら一番高いはず。記憶喪失になるよりも、ただうっかり忘れてしまった、そのほうが。

 それについてはウルスラも同意する。自分でも、なにを言っているんだろうと思う。

「……かもしれない。だけど、なにかとんでもないことを忘れている、そんな気がする。あまり思い出したくないような、そんな記憶」

 もしかしたら全く違う人かもしれないし、聞き間違えかもしれない。が、しがみつくものがそれしかない。アニーには申し訳ないが、自分のためだけに近づいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

処理中です...