スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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赤い世界

呼ぶ声

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 俺は、子供に手をかけ…
 違う、あれは俺が、俺じゃない…
 しかし、ここは…

 薄れていた思考を、数度、頭を振って取り戻す。
 ここは・・・民家か?
 子供のいたところは炭焼き小屋のようだったが…

「黒い声」に呼ばれて…
「…こっちよ…」
「どこだ?俺を操っているのか?」
 怒りはない。しかし、骨しかない俺から「意志」まで奪われると思うと、いい気分ではなかった。
 答えはすぐに見つかる。

 大きな家ではない。

 開いたままの玄関
 散らかったリビング
 もう一つしかない部屋は寝室
 寝室のベッドの上
 その上に転がる、割れた頭蓋骨の遺体

 遺体は腐敗も十分に済み、乾燥しているように見えた。
 ベッドの脇に佇む、青白い透き通った、女。

 ベッドに寄りかかるように、地面に座る女。
 俺はその前に立つ。
「おい、俺を呼んだのはお前か?」
 声が出ないのはわかっている。骨のかすれる音と歯が当たる音しかでない。
 しかし、女に問うた。

「…来てくれた…もっと近くに…」
 長い髪が顔に掛かっているように見えたが、顔をあげたのがわかった。
 吸い寄せられるようにしゃがむと、さらに力が働いた。
 バランスを崩しそうになり、前に手をついた。
 女の腹部辺りに手が当たると思ったが、手ごたえはなく、すり抜け床に手をつく。
 そして、頭部、頭蓋骨の中に女の頭が入っているのが感覚でわかる。
「これでお話しができるわ。わたしはクラウディア。クラウと呼んで。あなたは?」
 もっと陰湿な相手かと思ったら違ったようだ。
 クラウか…
「そうよ、クラウよ。陰湿…そうね。でも話し相手が出来たから、今はきっと、陰湿じゃないわ」
 な、何?話ができるのか?
 違う、思考を読まれている!
 俺は警戒し、飛びのこうとする。
「ま、待って…」
 飛びのく俺を掴もうとクラウディアが手を伸ばす。
 彼女の手が俺の手を掴む。しかし、すり抜ける。
 俺は、数歩下がり身構える。
 しかし、クラウは座ったままだ。
 恨めしそうに俺を見ている。目も口もわからない透き通った青白い顔。
 だが、わかる。
 そして俯いた。
「…せっかく…はじめて話しができる人が来てくれたと思ったのに…」
 掠れた声が、空気を震わせて届いてきた。
 話しができる人…「人」…
 そうだ、俺は「人」だ。
 …



 クラウディアの話しでは、ずっとここで呼びかけていたようだ。
 過去にも一度だけゾンビが来てくれた。
 彼女の呼びかけに応じたが、それだけで、意志の疎通も会話も反応もなにもなかった。
 それからも、ずっとずっと呼びかけ、遂に俺が現れて、テンションがあがっている。
「ほら、今日は黒い月が満月だから、遠くまで声が届いたのよ。あなたのような方が来てくれてラッキーだったわ」
 彼女は嬉しそうにそういって上を指さしていた。
 朽ちた屋根の隙間からは、黒い月の光が燦々と差し込んでいた。
「月が関係あるのか?」
 俺の疑問に彼女は
「私もよくわからないわ。でも、前にゾンビさんが来たのも、満月だったし。あなたも満月の日は力がみなぎるような感じ、しない?」
「俺にはわからない。月も自分も…」
「そうなの…名前もわからないみたいだし、名無しさんね。『ナナ』っていうのはどうかしら?」
「名前など、なんでもいいではないか」
「じゃあ『ナナ』ね。名無しだからナナ。ナナ、お願いがあるの」
 嬉しそうな彼女だったが、一気に影を帯びる。
「私、動けないの。助けてくれる?」
「何をすればいい?」
「あの連中を…私を殺した奴らを殺してくれる?」
「生きた『人間』か?」
「そう、ヤツらは悪い盗賊よ。私の旦那も木こりをしていて、それで人里離れたこんな所に家を建てて…」

 俺は生きた人間を「殺す」イメージに、自分の体が、体の奥が疼くのを感じていた。
「殺したい」と体は言っている。
 俺は…しかし、クラウディアを殺したのは盗賊のようだ。
 悪い盗賊を「殺す」のは、いいことなのではないか。
 そうだ、いいことだ。それで他の人が喜んでも、悲しむことは無い。
 しかも、頼まれて…人助けだ。
 殺ス…殺セル…


 クラウディアの旦那も、おそらく外で盗賊に殺されたようだった。
 現場も死体も見ていないから、もしかしたら事故やモンスターにやられたのかもしれない。
 クラウディアはベッドから動けないようで、探しにもいけない。

 盗賊たちは、この家を偶然見つけたのではなく、計画的に入手する計画だった。
 一部の盗賊が自分達の利益の一部を隠ぺいする場所にする算段をつけて狙っていたと、犯人たちが笑いながら話しているのを、殺されたはずのクラウディアは実際に聞いていた。

 そして、クラウディアの姿は人間達には見えないと言い出した。
「見えないはずないだろう。こんなにはっきりと見えるではないか」
「ええ、あなたには見えるはずよ。だって、あなたは…もう…」
 そうか、俺は人間ではなくなっているのか…
「ごめんなさい。でも、私もそう。お陰でこうやって知り合えたし、悪い事ばかりじゃないわ」

「人間ではない」とは、わかっているのだが、そう言われて落ち込んだりもする。
 しかし、すぐに冷静さを取り戻す。生前の俺は強い精神力を持っていたのだろうか。
「大丈夫だ。それより、盗賊は何時くるんだ?」
「あなた、一人じゃ無理よ。相手は一人じゃないわ。それに武器も持ってる」
「やつらは何人だ?それとクラウも戦うのか?」
「ふふ…」
「何がおかしい?」
 俺は、何か失敗したのか?しかし、浮かんだ不安も一瞬で収まる。
「クラウと呼ばれて嬉しくて。こうやって話すのが楽しいって忘れていたわ」
「そうか。それは良かった」
 喜ぶ彼女を見て、俺も嬉しくなる。
 しかし、その感情すらも一瞬で平坦なものになっていった。


 俺はリビングのテーブルの横で「死んだふり」をする。
 椅子に座る二つの「赤い影」を襲いたい衝動を必死に押さえつけ、クラウディアの合図を待つ。
「四人以上ならば作戦は中止」
 そう言う約束だったが、見逃すことを、この体が許すだろうか?

 部屋に入ってきた盗賊は二人だった。
 二人とも、腰に剣を下げている。
 はじめ、俺の姿を見て警戒していたが、「ザックのやつだろう、あいつ、アジトにも骨をならべていた」とか言っていた。おかしなヤツがいて助かった。
 そうして、二人はテーブルで金勘定とバカ話しに夢中だ。

 バタン
 突如、大きな音と共に、寝室のドアが勢い良く閉まる。
 俺はテーブルの下に隠した小さな手斧でドアの音の直前に一人、直後に一人切りつける。
 狙いは椅子に座る奴らの「アキレス腱」だ。
 クラウディアの旦那が過去に足首を痛めて色々と大変だった、歩く事もしばらくできなかったと言っていた。そこからヒントを得た。
 足首や膝は自重を支える。
 そこを損傷させれば、数的優位を覆せるはずだ。

 俺は軽く振った手斧で足首を狙い、当たって止まったら手斧を引いて傷を大きくさせる。
 しかし、自分を制御できたのは、そこまでだった。
 二人目の足首を手斧が叩き、噴き出した血を骨に浴びた時には襲い掛かっていた。

 気が付いた時には、馬乗りになり撲殺し終わった後だった。
 頭蓋骨が大きく陥没し、顔は全くわからない状態だ。
 もう一人は椅子に座ったままだが、だらしない姿勢で座る背中の後ろに、ぶら下がるように頭が垂れ下がって絶命している。首の骨が外れているのか?
 肩にクラウディアが手を乗せて、俺の頭蓋骨に顔を突っ込んだ。
「ナナ!あなた強いのね!作戦通りじゃないけど、二人とも武器を構えることもできなかった!」
 喜色に満ちた声で、そういうクラウディアを見て
「動けるようになっているではないか」
 そう言うと、俺から離れて歩いたり、ピョンピョンと跳ねたりしだした。
 俺は、再度二つの骸を見て
「これは俺がやったのか?」と疑念を抱く。しかし、喜ぶ彼女を見ると「これで良かったのだ」と納得をしていた。
 俺は、俺の精神は充足感を強く感じていた。
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