スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

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協力者

吸血鬼の館

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 吸血鬼に続き、俺たちは黒い揺らぎを抜けた。
 何の抵抗も無く通過すると、建物の中にいた。
 万が一、この先に罠や何かがあろうとも食い破るだけだ。

 静かな空間が広がっていた。
 床には深い赤色の絨毯が敷かれ、無機質な冷たさを感じさせる石の床がその下でわずかに隠れている。壁には数枚の古びた絵画が掛けられ、薄暗い部屋の中でその輪郭がぼんやりと浮かんでいる。
 天井から吊るされた灯りは小さなランプで、ほんのりとした光を周囲に落としている。光が弱く、部屋全体が影に包まれているような感覚が漂う。左右に暗い廊下が続いており、そこからは深い静寂しか感じられなかった。
 骨の体で温度はわからないが、空気がひんやりと冷たい感じが伝わる。

「ついてこい」
 廊下に立つ吸血鬼から声が掛かる。そして足音を立てずに歩き出した。
 後をついて行くと、部屋のドアを開けて待つ人物がいた。
 こいつも赤くはないな。生者ではない。
「おかえりなさいませ、カール様」
「ああ、セミョン。新たな配下だ」
「ようこそ、ファルカシュ邸へ」
「挨拶は室内でしろ。皆入れ」
 先に室内に入った吸血鬼に促され、部屋に入った。

 大きな机だけがある室内だった。
 椅子は一つ。セミョンの引いた椅子に吸血鬼が座る。
 吸血鬼の着座を確認し、その後方にたったセミョンが口を開く。
「私はセミョンと申します。この館の家人をしております。以後お見知りおきを」
 吸血鬼と同じような黒いスーツ姿のがっちりした体躯だが、高齢に見える。
 そして、丁寧に俺たちに頭を下げた。
 俺は咄嗟に頭を下げる。久しぶりに「人間らしい」行動をしたような気がする。
 エッジは軽く手を上げていた。
「ほう」
 吸血鬼とセミョンは感嘆の声を上げていた。
「そして、こちらが館の主、カール・ファルカシュ様です」
 椅子から立ち上がり、背筋を伸ばし右拳を胸に当てた吸血鬼。
「カール・ファルカシュだ。ところで、お前達に名前はあるのか?ああ…」
 吸血鬼カールは人差し指を立てて、素早く何かの魔法を唱えた。
 指先から、血で出来たような赤い紐が俺とエッジとセミョンに伸びる。
 俺は後方に飛び、紐を手で払おうとしたが、手首に巻きついていた。
「何をする」
「落ち着け兄弟」
 俺と同じように手首に赤い紐を巻いたエッジの声が聞こえた。エッジは一歩も動いてなかった。
「やれやれ、これで皆で会話できるだろう」
 ゆっくりと椅子に座りながら、カールに言われて気付く。
「そうか、それでエッジの声が聞こえたのだな」
「ああ、警戒するのはいいことだ。シミター使いが『エッジ』だな」
「そうだ。良い名だろう?」
 エッジがそう答えたが、俺が勝手にそう呼んでいただけだ。本人には喋れなかったから伝わっていないはずだ。何故だ。
「お前がそう呼んでいたのは知っていた。お陰で強くなったような気がするぜ」
「ほう、名付けをしたのか。しかし、支配や服従ではないな。あくまで対等なのか。面白い」
「俺は、話そうとしていない。もしかして、これは、お前がくれた能力は”思考”が伝わるのか?」
 カールはニヤニヤと笑みを浮かべている。
 答えないがそういう事なのだろう。安易に思考しないほうがいいな。

 ニヤけ顔のカールは少しだけ振り返りセミョンに語りかける。
「どうだ、セミョン。このスケルトン達は」
「すごい知能ですね。かつての自称スケルトン・キングなどの幼稚な存在と比較になりませんね。思考だけではなく、意志力が伝わってきます」
「大絶賛だな。よかったなお前達。では、私の計画を話そう。セミョン、地図を。む、ヌイグか」
 俺も、何者かがこちらに迫ってきている事はわかった。
 生者ではない。その気配が近付くが、足音は無い。
 そしてドアが開く。
「カール様。ただいま戻りました」
 白シャツにサスペンダーをした若い男が入ってきて頭を下げた。
 そして俺たちを見て「スケルトン?」と小首を傾げた。
「こ奴らは新たな配下だ。ちょうど良い、ヌイグよ。お前も加われ」
 カールの指先から新たな赤い紐が伸び、ヌイグと呼ばれた男の手首に巻きついた。
 そしてセミョンから地図を受け取り、机に広げた。

「お前達は地図がわかるか?人間の街や地形を示したものだが」
 カールの問いに、エッジは僅かに首を傾けた。
「わかるが、興味ない」
 そういった思考が伝わってしまっている。
 そして、ヌイグと呼ばれたものが口を開いた。
「カール様。本当にスケルトンなどにそんな話しを?スケルトンなど弱者で無能ではありませんか?」
 俺は少し前から、思考が顕著しないように、押し黙っている事を心がけた。それはおそらくエッジもだろう。
「ヌイグ、控えなさい。カール様自らが連れてきた者たちですぞ。カール様にも彼らにも失礼です」
 セミョンにそう言われたが、ヌイグは納得していないようだ。
「しかし…我らカール様の直属の配下のみしか立ち入れないこの場に入り、同列に扱われるのですか?」

 ああ、なるほど。自身の「地位」が優位でありたいのだな。
 …しまったな、思いつきが言語化して思考として浮かんでしまったな。
「おい、骸骨」
 骨に響く低音の声でヌイグが絡んできた。
 そうなるとは思っていたが…おっと、無心を心がけねば。
「くっくっく。ヌイグよ、彼らはお前よりも強いかもしれないぞ。私も切り捨てられたしな。なあ、エッジよ」
「さあな。『弱者』に興味はない」
「き、貴様!」
 ヌイグの手の爪が伸びたのか、赤い鋭利なものが指先から一本エッジに向かって伸びた。
 エッジは一本のシミターを抜き放った。
 室内の何にも触れないように素早く振るう。
 赤い爪を四つほどに切り刻み、シミターを腰の鞘に戻した。
「止めぬか、ヌイグ。カール様の前であるぞ」
 止めるセミョンに片手をあげてカールは告げる。
「くっく。ヌイグ、お前は納得できないのであろう?中庭で戦うがよい。エッジ、付き合ってやってくれ」
「いいのですか?」
「余興だ。セミョンも奴の実力を見ておけ。ナディアも起こしてきてくれ」
「かしこまりました」
 頭を軽く下げ、退出するセミョンに続き、席を立ったカールは「ついてこい」と言った。
 手首の赤い紐は消えていた。
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