スケルトンとして生きるには、少しだけ狂っていなきゃいけない

ピモラス

文字の大きさ
80 / 99
勇者と骸骨

兵士マーティン

しおりを挟む
 兵士として、士官学校を卒業し、辺境警備隊へ配属されて早六年が過ぎた。
 小隊長に任命されたまでは順調…と言い切れないまでも、上官にどやされながらも、周辺の人々を助けようと力を尽くしていた。
 偶然か必然か、光の妖精フィーンを従える事になった。

 その日は、午前中は砦の中で訓練をし、午後からは周辺の警邏に出る予定だった。
 緊急の救援要請などがなければ、と毎日に注釈が付くのだが。

 寄宿舎で日の出と共に起床し、食堂へ行く。
 小隊長という地位について、マーティンには個室が与えられていた。
 小隊長は五人。マーティンが最年少だったが、温厚誠実な人柄ながら、危険を顧みずに人々を救おうとするその姿を、皆が認めていた。

 小隊ごとに食堂を使用する時間をずらしている。
 この日のこの時間は、マーティンの小隊二十名以外はいないはずだ。
 だいたい座る席も決まっており、訓練された兵士らしく、静かに食事を取っていた。
 食堂のドアが開くと、皆一斉にそちらを向く。
 マーティンは立ち上がり、号令を発する。
「大隊長にー敬礼!」
 皆席を立ち、敬礼をする。
 何故、大隊長がこの時間に食堂へ?しかも副官を引き連れて。
 一同は食事をやめ、出撃の準備に入ろうとした。
 おそらく全員が「緊急の出動要請」と思ったのだろう。
「朝食の邪魔をしてすまんな。マーティン小隊長、朝食が済んだら隊長室に来てくれ。小隊はミル副隊長、お主に任せる。皆、食事を続けてくれ」
「はっ」
 皆、姿勢を正し大隊長が退室まで敬礼の姿勢で見送る。

「はーなんで大隊長が来るんだよ朝から!」
「俺、絶対また全部隊で出撃だと思った」
「マート…小隊長。なんか悪い事したんですか?」
「隊長、やっぱり首都隊にいっちゃうんすか?」
 皆ざわざわとし始めてしまった。
 マーティンも落ち着かなかったが、悪い事をした覚えはないし、首都や街にいくつもりもなかった。
「僕もよくわからないけど、みんな落ち着いて。僕が見ていなくても、ちゃんと訓練と警備を頼む」
 副隊長のミルはマーティンよりも年上のベテラン兵士だ。
 彼はマーティンの言を受け、
「マート小隊長、お任せを。お前ら、今日はみっちりしごいてやるからな!」
「ええええ」

 マーティンは静かに立ち去る。
 ワイワイと騒がしい食堂のドアを閉めて、一度深く息を吐いた。
「なんだろう。どこかに遠征か、以前にもあった首都隊の話しだろうか」
 士官学校を出てからも、数度首都や都市部の部隊への編入の話もあった。
 しかし、自身の村を思い出し、助けに来てくれた兵士たちの姿を思い浮かべる。
 来るか来ないかわからない救援として兵士が来てくれた時の、あの気持ちを忘れた事はない。
 辺境守備隊として、自分もあの姿に近づけているのだろうか。
「しかし、僕は今の任務にも、部隊の仲間たちにも誇りを持っている」
 隊長室の前についた。
 おっと、いけない。
 姿勢を正し、ドアをノックする。
 返事を待たずに「マーティン、入ります」と言い、ドアを開ける。


「…と言う事だ。わかっているとは思うが、君に拒否権は無い。…のだが、おそらくは君の思っている以上の権限が与えられるだろう。ワシをアゴで使えるくらいのな」
 机を挟み座る大隊長の前で、休めの姿勢で立ったままを黙って聞いていた。
 聞いてはいたのだが、あまり理解してはいなかった。
「大隊長、何故…」
「明日、聖王都から迎えが来る。急な事だが、皆に挨拶を済ませろ。荷物は最低限で後で送ってもいいだろう」
 大隊長の話しは一方的に終わった。
 参謀が僅かに補足をしてくれたが、頭は真っ白だった。


 今朝、日の出前に聖王都よりの早馬が来た。
 その者は、神殿騎士らしく、大隊長に「マーティンと言う兵士を勇者として首都へ招集する。明日には迎えの部隊が来る」と言った。
 神殿騎士団は国の軍の一部だが、ディクト教団がほぼ実権を握っていた。
 神殿騎士団に入るには、一般の兵士が上官から推薦を受けたのちに、筆記や実務の試験を受けて合格しなければならない。
 言わばエリート集団であり、実力者しかいない。
 主に首都の重要設備や人の守護についているが、軍部から出動要請はできた。

 何にも考えられなくなってしまったマーティンは一度、自室に戻る。
 ベッドに腰を掛け、頭を抱えた。
「僕は、辺境に住む人々を、助けたい」
 来ないだろうと思っていた時に来てくれた、兵士の逞しさをその双眸に思い出す。
「僕も、あの時の兵士たちのようになりたい」
 ずっとそう思っていた。
 しかし、軍の規律に従わないといけない事もわかっていた。
 そして、今回は絶対的な命令だとも。


 マーティンの胸元から、一粒の光が舞い上がった。
「マート…その、私ね、本当は、いつかこうなるって思っていたの」
 光の粒はマーティンの顔に近づいて、その俯く顔に触れる。
「あなたは、優しい。そして強い。それに、私が選んだんだもの。だから、勇者になって、多くの人たちを救いましょう」
 マーティンは顔を上げて、光の妖精フィーンを見つめる。
「僕は、優しくないし、強くないよ。フィーンみたいにね」
 悲し気な顔でつぶやくマートにフィーンは答える。
「そうね、じゃあ、こうしましょう。私が勇者になるの。あなたは私の従者。しっかりと支えなさい」
 黙って俯きそうになるマーティンにフィーンは言葉を続ける。
「勇者になって、都会でも辺境でも困っている人達を助けるの。そして、私に憧れる人たちにも、助け合って生きるように言って回るの。子供たちには『私のように、人々を助けられる人になりなさい、その為には親の事をたすけなさい』って。どうかしら?従者マート」
 マートは顔を上げた。
 表情は緩んでいるようにみえる。
「そうだね、フィーン。ありがとう。きっと僕が勇者に選ばれたのは、フィーンがいたからだね」
「違うわ、マート。あなたは勇者でなくたって、私はあなたについていくのよ。だから、一緒に頑張りましょう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...