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第1章 吸血鬼編
第9話 招かれざる客
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「お前を吸血鬼に変えたやつのことだよ」
環はそこで、ほんの少しだけ表情を変えた。
動揺が顔に出てしまったかもしれない。思わず玖狼から目をそらす。
「……目が覚めたときには、誰もいなかった。だからその親?とかは知らない。顔も覚えてない」
しばし沈黙が落ちる。
玖狼は鋭い目つきで環を見つめ、低く唸るように言った。
「嘘つくな。変異直後の奴を放置して、姿をくらませる“親”なんて聞いたことがねえ。」
環は必死に食い下がった。
「嘘じゃない。確かに誰もいなかった。
”親”がいたとしても、何も覚えてない」
俯き、思い詰めた様子の環を見て玖狼は頭を抱える。
「ありえねえ…たいていの吸血鬼は、変異させた相手をそばに置く。甲斐甲斐しく世話も焼く。たいてい変異させるのは気に入った人間だからだ」
気に入った人間、という言葉に環は複雑な気持ちになり、拳を握りしめる。
「そういうものなんだ…」
「俺は、犯人は吸血鬼だと思ってる。
お前の”親”が今回の事件の犯人の可能性も出てきたな」
玖狼は横目で環の反応を伺った。
「それは…!」
環は否定しようとして、やめた。
というより、否定できなかった。
優しげな青年の声を思い出す。そんなはずはないと思いたいが、否定できる根拠を何も持っていなかった。それに、ここで否定したとして、玖狼に何か知っていると詮索されるだろう。
足元に視線を落とす。
記憶もなく、制服はボロボロ、実家には帰れず、お金ももうない。通り魔だと疑われ、さらに自分が何故こうなっているのかさえわからない。
玖狼は商店街のオブジェに肘をついて、その様子を黙って見ていたが、無遠慮に言い放った。
「──お前、今すげえかわいそうな感じになってるぞ」
「……言われなくてもわかってるけど」
環はデリカシーの全くない玖狼を、じろりと睨みつける。
「でもまあ、捨てられたんだか、何かしらの理由があって放置してるのかわからんけど、これからお前、どうすんだ?」
「どうって…とりあえず記憶がたどれそうな場所に行こうとは思ってる」
「ふうん」
玖狼はオブジェから離れ、環の目の前に立つ。
環は一歩下がるが、背後のフェンスに背が当たり、がしゃんと音を立てた。
玖狼は肩をすくめ、軽口の熱を抜くように一息つく。
「ま、俺は可哀想な野良猫の面倒見るほどいいやつじゃねぇが──お前の記憶が今回の事件に関わってるなら話は別だ」
手をこちらに差し出してくる。
握手を求められているのだろうか。
「記憶が戻るまでついててやるよ」
「え…結構ですけど」
玖狼の手を押し返す。
「お前に拒否権はない。これは決定事項だ」
環の手を無理やり握って、がしっと握手をする。
環はその手を引き剥がそうとするが、力が強くて離れない。
「嫌なんですけど。」
と顔を顰めたが、はっと思い直す。
「あ、でもお金は貸してほしい。今金欠なんだよね」
「お前、結構図々しいな…」
玖狼が呆れてため息をつく。そして環の手をぱっと離した。
その時だった。
──あたりの空気が、変わった。
大気が急に冷たく、重苦しくなる。
空の色もわずかに鈍く沈み、街灯がチリチリと音を立て、明滅し始めた。周囲の明度が下がる。
環が顔を上げた瞬間、背後の金網が──ギィ……と音を立てて、ゆっくりと軋んだ。
金網の上に何かがいた。
「……え」
環は動けなかった。
玖狼はすぐさま反応した。
金網の上の『何か』を睨みつけ、舌打ちした。
「くそっ、こんなときに……!」
玖狼はフェンスから飛び退き、環の手首を掴み、自分の後ろへ下がらせる。
「ブラックドッグだ。」
薄闇の向こう、影の中からぬうっと現れたのは、四つ足の獣のような黒い異形。
だが、明らかにただの獣ではない。
黒い影のように真っ黒で、目のあたりだけ紅く光っていた。
造形は犬のようで、鋭い爪と牙のようなものを持っており、舌がだらんと垂れていた。しかし、その体長は虎と同じぐらい大きい。爪は一本一本が鎌のように鋭く、その太い前脚での攻撃を受けたら、一撃で骨まで断ち切られそうだ。
目の焦点が定まっておらず、以前動画サイトで見たことがある、狂犬病にかかった犬のような異様な雰囲気があった。
目を合わせるだけで、背中がじっとりと冷たくなるような禍々しさがあった。
「俺の客だな」
玖狼はにやりと口の端を上げた。
環はかすれた声で呟く。
「……君のお客さんて、ずいぶん個性的な見た目してるんだね」
玖狼は異形の犬から視線を逸らさずに、鼻で笑ってみせた。
「……ったく、面倒なのに嗅ぎつけられた。モテる男はつらいぜ」
「ストーカーのストーカーってこと?」
「ずいぶん余裕だな、んじゃ、お前にも接待してもらうかな」
「拒否権は?」
「ない。来るぜ、たま!よけろ!」
「!」
環と玖狼はお互いにその場から飛び退き、ブラックドッグの攻撃をかわした。異形の犬はフェンスからこちらへ飛びかかり、鋭い爪を振り下ろしてきた。
少し前まで2人が立っていたコンクリートの地面が爪で抉り取られていた。
玖狼はすぐに前方へ駆け出していた。
後方の環に向かって叫ぶ。
「やつは、あのでっかい爪と牙で攻撃してくる。やつの狙いは俺だが、お前にもちょっかいかけてくるはずだ」
玖狼は体勢を低くし、冷静に状況を分析しながら、胸元から銃を取り出す。
「私、完全にとばっちりじゃん」
「だな!たま──とりあえず、俺の邪魔しないように逃げろ。吸血鬼なら、多少は身体能力が上がってるはずだ。
んで、できれば俺をサポートしろ」
「私、実戦経験ないんだけど!?」
「大丈夫だ。こういうのは現場で学んだ方が早い。
それに、難しいことじゃない。俺が殴る、お前が走る。役割分担は明確!」
「それ全然公平じゃないし!!」
叫びながらも、環の足は自然と玖狼の背中に隠れる位置に動いていた。
そして、怪異が動いた。
血のように黒く濁った腕が、玖狼を真っ二つにする勢いで振り下ろされる―――。
環はそこで、ほんの少しだけ表情を変えた。
動揺が顔に出てしまったかもしれない。思わず玖狼から目をそらす。
「……目が覚めたときには、誰もいなかった。だからその親?とかは知らない。顔も覚えてない」
しばし沈黙が落ちる。
玖狼は鋭い目つきで環を見つめ、低く唸るように言った。
「嘘つくな。変異直後の奴を放置して、姿をくらませる“親”なんて聞いたことがねえ。」
環は必死に食い下がった。
「嘘じゃない。確かに誰もいなかった。
”親”がいたとしても、何も覚えてない」
俯き、思い詰めた様子の環を見て玖狼は頭を抱える。
「ありえねえ…たいていの吸血鬼は、変異させた相手をそばに置く。甲斐甲斐しく世話も焼く。たいてい変異させるのは気に入った人間だからだ」
気に入った人間、という言葉に環は複雑な気持ちになり、拳を握りしめる。
「そういうものなんだ…」
「俺は、犯人は吸血鬼だと思ってる。
お前の”親”が今回の事件の犯人の可能性も出てきたな」
玖狼は横目で環の反応を伺った。
「それは…!」
環は否定しようとして、やめた。
というより、否定できなかった。
優しげな青年の声を思い出す。そんなはずはないと思いたいが、否定できる根拠を何も持っていなかった。それに、ここで否定したとして、玖狼に何か知っていると詮索されるだろう。
足元に視線を落とす。
記憶もなく、制服はボロボロ、実家には帰れず、お金ももうない。通り魔だと疑われ、さらに自分が何故こうなっているのかさえわからない。
玖狼は商店街のオブジェに肘をついて、その様子を黙って見ていたが、無遠慮に言い放った。
「──お前、今すげえかわいそうな感じになってるぞ」
「……言われなくてもわかってるけど」
環はデリカシーの全くない玖狼を、じろりと睨みつける。
「でもまあ、捨てられたんだか、何かしらの理由があって放置してるのかわからんけど、これからお前、どうすんだ?」
「どうって…とりあえず記憶がたどれそうな場所に行こうとは思ってる」
「ふうん」
玖狼はオブジェから離れ、環の目の前に立つ。
環は一歩下がるが、背後のフェンスに背が当たり、がしゃんと音を立てた。
玖狼は肩をすくめ、軽口の熱を抜くように一息つく。
「ま、俺は可哀想な野良猫の面倒見るほどいいやつじゃねぇが──お前の記憶が今回の事件に関わってるなら話は別だ」
手をこちらに差し出してくる。
握手を求められているのだろうか。
「記憶が戻るまでついててやるよ」
「え…結構ですけど」
玖狼の手を押し返す。
「お前に拒否権はない。これは決定事項だ」
環の手を無理やり握って、がしっと握手をする。
環はその手を引き剥がそうとするが、力が強くて離れない。
「嫌なんですけど。」
と顔を顰めたが、はっと思い直す。
「あ、でもお金は貸してほしい。今金欠なんだよね」
「お前、結構図々しいな…」
玖狼が呆れてため息をつく。そして環の手をぱっと離した。
その時だった。
──あたりの空気が、変わった。
大気が急に冷たく、重苦しくなる。
空の色もわずかに鈍く沈み、街灯がチリチリと音を立て、明滅し始めた。周囲の明度が下がる。
環が顔を上げた瞬間、背後の金網が──ギィ……と音を立てて、ゆっくりと軋んだ。
金網の上に何かがいた。
「……え」
環は動けなかった。
玖狼はすぐさま反応した。
金網の上の『何か』を睨みつけ、舌打ちした。
「くそっ、こんなときに……!」
玖狼はフェンスから飛び退き、環の手首を掴み、自分の後ろへ下がらせる。
「ブラックドッグだ。」
薄闇の向こう、影の中からぬうっと現れたのは、四つ足の獣のような黒い異形。
だが、明らかにただの獣ではない。
黒い影のように真っ黒で、目のあたりだけ紅く光っていた。
造形は犬のようで、鋭い爪と牙のようなものを持っており、舌がだらんと垂れていた。しかし、その体長は虎と同じぐらい大きい。爪は一本一本が鎌のように鋭く、その太い前脚での攻撃を受けたら、一撃で骨まで断ち切られそうだ。
目の焦点が定まっておらず、以前動画サイトで見たことがある、狂犬病にかかった犬のような異様な雰囲気があった。
目を合わせるだけで、背中がじっとりと冷たくなるような禍々しさがあった。
「俺の客だな」
玖狼はにやりと口の端を上げた。
環はかすれた声で呟く。
「……君のお客さんて、ずいぶん個性的な見た目してるんだね」
玖狼は異形の犬から視線を逸らさずに、鼻で笑ってみせた。
「……ったく、面倒なのに嗅ぎつけられた。モテる男はつらいぜ」
「ストーカーのストーカーってこと?」
「ずいぶん余裕だな、んじゃ、お前にも接待してもらうかな」
「拒否権は?」
「ない。来るぜ、たま!よけろ!」
「!」
環と玖狼はお互いにその場から飛び退き、ブラックドッグの攻撃をかわした。異形の犬はフェンスからこちらへ飛びかかり、鋭い爪を振り下ろしてきた。
少し前まで2人が立っていたコンクリートの地面が爪で抉り取られていた。
玖狼はすぐに前方へ駆け出していた。
後方の環に向かって叫ぶ。
「やつは、あのでっかい爪と牙で攻撃してくる。やつの狙いは俺だが、お前にもちょっかいかけてくるはずだ」
玖狼は体勢を低くし、冷静に状況を分析しながら、胸元から銃を取り出す。
「私、完全にとばっちりじゃん」
「だな!たま──とりあえず、俺の邪魔しないように逃げろ。吸血鬼なら、多少は身体能力が上がってるはずだ。
んで、できれば俺をサポートしろ」
「私、実戦経験ないんだけど!?」
「大丈夫だ。こういうのは現場で学んだ方が早い。
それに、難しいことじゃない。俺が殴る、お前が走る。役割分担は明確!」
「それ全然公平じゃないし!!」
叫びながらも、環の足は自然と玖狼の背中に隠れる位置に動いていた。
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