狐月夜の終わりに

猫山はる

文字の大きさ
3 / 24

不思議な案内人

しおりを挟む
翌日。
朝から猛暑だった。
時刻は午前9時頃だが、空気がじっとりとしていてうだるような暑さだ。
日射しが容赦なく照りつけている。
昼間はもっと暑くなるだろう。
だが、神社の裏手にある祖母の家には、エアコンがない。
柚月は畳の部屋にぺたりと座り込み、窓を全開にしていた。
白いノースリーブのワンピースを着て、扇風機の前でソーダ味のアイスを齧っている。
汗が首筋を伝い、背中に落ちていく。
縁側の向こうに、蜃気楼が見える。
「お祖母ちゃん、この家には早急にエアコンが必要ですよ…」

柚月は、にっこりと笑って佇む祖母に向かって呟いた。


――がさっ

誰かが落ち葉を踏みしめる音がした。
柚月は音がした方に目を向ける。
庭先に立つ影に、柚月はまばたきをした。
「……本当に来たんですね」
無表情のまま告げる。

白色のシャツと黒のスラックスを着た線の細い少年が立っていた。
太陽がじりじりと照りつけているというのに、昨日と同じく、涼し気な雰囲気を纏っている。


惣一は柚月の言葉に、肩をすくめるようにして笑った。
「昨日約束しただろ」

「あなたが一方的に言っていただけでは」

「そうだっけ」
とぼけるように笑う彼に、柚月はため息をひとつついた。

惣一は当たり前のように庭に足を踏み入れた。

「さあ、どこに行こうか」
と言いながら、縁側に腰掛ける。

柚月は内心、
(どうしてこんなに堂々と不法侵入できるのかしら)
と怪訝に思いながらも、あまりにも堂々としている彼の侵入を許してしまった。

「暑いから、どこにも行きたくありません」
柚月は棒アイスをしゃくしゃくと咀嚼しながら、縁側で横たわっている。夏の暑さで柚月自身がアイスのように溶け出してしまいそうだ。

「わがままだなぁ」
惣一がわざとらしく肩をすくめ、くすっと笑う。その笑みは、陽射しの中に似合わないほど温度を感じなかった。

「そもそも、あなた、なんなんですか?」
「だから、君のお祖母様の知り合いだよ」
「お祖母ちゃんから、あなたの話を聞いたことがありませんよ」
「それは君が、全くここに帰って来なかったからだ」
「……」
彼の声音から少し、柚月を責めるような響きを感じた。
柚月は相変わらずシャリシャリとアイスを食べながら、ごろりと転がって、惣一に背を向けた。
「怪しい人にはついていかないようにと言われているので」
「残念だなあ。せっかく涼しいところに案内しようと思ってたのに」

柚月はぴたりとアイスを食べるのを止め、眉をひそめた。
「……涼しいところ?」
「エアコンがある」

むくりと起き上がる柚月。
「……エアコン?」
「行く気になった?」

惣一はにこりと微笑む。
してやったり、という声が聞こえてきそうだった。



この村は坂が多い。神社は坂の上にあるので、ここからなら村を見渡すことができる。

柚月と惣一は神社の階段を降りた。
階段の直ぐ側に、黒いバイクが一台止めてあった。金属部分はところどころ白く錆びていたが、磨かれたタンクは太陽を反射して鈍く光っている。

惣一はそれを指差しながら、にこりと笑った。
「じゃあ、僕はこれに乗るから、君は走ってついてきて」

無表情な柚月の眉が少しだけぴくりと上がった。
「帰ります」
彼女は踵を返した。

「嘘だよ。後ろに乗っていいよ」
惣一はけらけらと笑いながらバイクの後部座席を叩いた。

柚月は無言でバイクに横座りした。
惣一にヘルメットを渡され、「その座り方、バランス取りにくいからちゃんと跨ってね」と注意される。
渋々、ワンピースの裾をつまみ上げ、白い膝を覗かせながらバイクに跨った。

惣一がキーを回すと、エンジンが低く唸りを上げる。鉄の塊が目を覚ましたかのような振動が、柚月の背筋にじわりと伝わった。

「しっかり掴まって」
「……失礼します」
ためらいがちに惣一のシャツの背を指先で摘む。

次の瞬間、バイクは急に風を切って走り出した。
「わ…」
坂道を駆け下りると、蝉の声が遠ざかり、夏の熱気が一瞬で剥ぎ取られていく。都会では味わえない、重力と速度が混ざり合った感覚に、柚月は思わず目を細めた。
「気に入った?」
「悪くないですね」

バイクが風を切って走る感覚は、柚月にとっては新鮮だった。
「どこに行くのですか?」
「秘密」
惣一は振り返りもせず、楽しげに答えた。

柚月は吹き抜ける風の中で目を閉じた。
日差しを遮るものがなくて、暑くてしょうがないはずなのに、なぜか爽快な気分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~

さとう涼
恋愛
カレに愛されている間だけ、 自分が特別な存在だと錯覚できる…… ◇◇◇ 『恋い焦がれて』の4年後のお話(短編)です。 主人公は大学生→社会人となりました! ※先に『恋い焦がれて』をお読みください。 ※1話目から『恋い焦がれて』のネタバレになっておりますのでご注意ください! ※女性視点・男性視点の交互に話が進みます

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

きさらぎ駅

水野華奈
ホラー
親友から電話があった。 きさらぎ駅という場所にいるらしい… 日常の中の小さな恐怖が今始まる。 触れてしまったが最後。 二度と戻れない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...