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白峰狐伝説
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「着いたよ」
惣一に誘われ、柚月は目的地に辿り着いた。
柚月は目の前に広がる景色を無言で見つめた。
目の前に巨大な石の壁がそびえ立っている。
そして、壁にはポッカリと穴が空いている。
周囲を森に囲まれた岩肌はところどころ苔むしていた。
そこは鍾乳洞への入り口だった。
柚月は呆然と惣一に問う。
「エアコンは…?」
「天然のエアコンだよ」
にこりと笑う惣一。
「うそをつきましたね」
じっとりと惣一を睨みつける柚月。
「中は寒いくらいなんだって。それに――」
惣一は鍾乳洞の入り口の看板を指し示した。
『白峰狐伝説発祥の地』
と書かれている。
「こういうの、興味あるかと思って」
と意味ありげに微笑んだ。
「…」
看板には【白峰狐伝説】の大筋が記載されていた。
***
【白峰狐伝説】
この地にはかつて、神の使いである白い狐と、悪事ばかり働く黒い狐がいた。
ある日、黒い狐がいたずらをして村人を傷つけた。
白い狐は黒い狐を諌めるため、この鍾乳洞に閉じ込めてしまった。
しかし、腹を立てた黒い狐は、鬼と取引をし、悪霊となり、この鍾乳洞から出て、村に厄災をもたらした。
白い狐は、黒い狐を鎮めるため、三日三晩闘い、力が尽きる手前で白峰神社に、自らの命と引き換えに黒い狐を封じた。
***
柚月は看板に目を通した。
柚月も昔、祖母にこの伝承を聞かされたことがあった。
「あなたもこの伝承を信仰しているのですか?」
「どうだろう。でも面白いとは思うよ」
2人は鍾乳洞の中に入った。
足を踏み入れた瞬間、周囲の気温が下がったのを感じた。
鍾乳洞の中は、本当に寒いくらいだった。
ノースリーブのワンピースの柚月は肩をさする。
ひんやりした空気が、まるで誰かにまとわりつかれているように感じられた。
水の滴る音が規則的に響き、声を出せば洞窟全体に反響する。
てっきりエアコンのある室内でゆっくりできると思っていた柚月は、サンダルを履いていた。
鍾乳洞の中は地面が湿っており、サンダルでは足元がおぼつかない。
惣一はすたすたと先に歩いていってしまった。
そして、ついに背中が見えなくなった。
女子をこんなところに1人で置いていくなんて、ひどい男だ。と思いながらも、柚月は転ばないようにゆっくりと進んだ。
―――ひた、ひた
自分の足音が反響する。
鍾乳洞内は薄暗く照らされ、岩陰が他の何かの形に見えてしまいそうだ。
―――気味が悪い。
こんなところを1人で歩かされるくらいなら、このまま引き返してしまおうか。
その考えが伝わったのかどうか定かではないが、
しばらく歩くと、惣一がこちらを向いて待っていた。
柚月の足元がおぼつかないのに気づく。
「君、そういえばサンダルだったね」
すっと手を差し出してくる。
「滑りやすいから、気をつけて」
柚月は無言で差し出された手を見つめる。
手を握れということだろうか。
柚月はその手を取るべきか、沈黙してしばし考えた。
「ん?もしかして、意識してる?」
惣一が鼻で笑いながら言った。
柚月は惣一をキッと睨んだ。
「いいえ、全く」
柚月はその手をむんずと掴んだ。
その手は柚月よりも少し暖かかった。
なんとなく、この男には体温がなさそうな気がしていたので、意外だった。
それと同時に背後から冷たい風が吹き抜け、誰かにじっと見られているような気がした。
柚月はぶるり、と身を震わせる。
奥まで進むと祠のようなものが見えてきた。
「あれが、お狐様の祠だよ」
惣一が柚月の手を引きながら呟く。
その顔に、いつもの笑みはなかった。
祠には真鍮製の鈴と、それを鳴らすための綱がぶら下がっていた。
空気がどんどん冷たくなっていく。
二人は無言で歩いた。
―――ひたひたひた
ふたりの足音が、他の何かの足音のようにも聞こえる。
柚月は祠の前に立つ。
惣一に促され、綱を手に取り、鈴を鳴らした。
―――カラン、カラン
その瞬間――
ざわり、
空気が揺れた。
―――おかえり
か細い声が、頭の中に響いた気がした。
全身に鳥肌が立った。
ごくり、と喉を鳴らす。
口の中はからからだった。
惣一は柚月の様子を無表情に見下ろしていた。
その瞳の奥に、炎のような光がちらりと揺らめいたように見えた。
柚月はその瞳を見つめたまま、動けなかった。
惣一が柚月の顔を覗き込む。
「どうかした?」
そう尋ねてきた時、惣一の顔にはいつも通りの微笑みが張り付いていた。
柚月はその顔を見つめ、何かを言いかけたが、
「いいえ」と首を振った。
「それじゃ、寒いし、もう外に出ようか」
再び惣一が柚月に手を差し出す。
柚月はゆっくりとその手を取った。
「君の手、冷たいね」
惣一はそっと握り返してきた。
洞窟を抜けると、まぶしい光が差し込んできた。
柚月は思わず目を細め、眩しさに瞬きを繰り返す。
外の空気はむっとするほど蒸し暑いのに、背筋にはまだ冷気がまとわりついていた。
背後から―――
ひた、ひた、ひた。
耳に残る足音がついてきている気がした。
柚月は思わず振り返る。
ざあ、と風が吹き抜け、周囲の木々が揺れた。
そこにはただ、黒々とした鍾乳洞の口があるだけだった。
沈黙が辺りを支配している。
「気にしすぎだよ」
惣一はさらりと言い、軽く笑ってみせた。
その穏やかすぎる声音が、柚月の胸をざわつかせた。
――まるで、私の心の内を知っているようだ。
柚月はふと、自分がまだ惣一の手を握っていることに気がついた。
ぱっ、と彼の手を離した。
惣一が一瞬だけ驚いたように目を瞬かせる。
「……もう1人で歩けますので」
柚月はそっけなく言い捨て、視線を逸らした。
惣一はふっと口元だけで笑う。
「そう?」
柚月は黙ったまま洞窟の闇を見つめ続けた。
まるで今にも、誰かがそこから出てきそうな気がして――。
惣一に誘われ、柚月は目的地に辿り着いた。
柚月は目の前に広がる景色を無言で見つめた。
目の前に巨大な石の壁がそびえ立っている。
そして、壁にはポッカリと穴が空いている。
周囲を森に囲まれた岩肌はところどころ苔むしていた。
そこは鍾乳洞への入り口だった。
柚月は呆然と惣一に問う。
「エアコンは…?」
「天然のエアコンだよ」
にこりと笑う惣一。
「うそをつきましたね」
じっとりと惣一を睨みつける柚月。
「中は寒いくらいなんだって。それに――」
惣一は鍾乳洞の入り口の看板を指し示した。
『白峰狐伝説発祥の地』
と書かれている。
「こういうの、興味あるかと思って」
と意味ありげに微笑んだ。
「…」
看板には【白峰狐伝説】の大筋が記載されていた。
***
【白峰狐伝説】
この地にはかつて、神の使いである白い狐と、悪事ばかり働く黒い狐がいた。
ある日、黒い狐がいたずらをして村人を傷つけた。
白い狐は黒い狐を諌めるため、この鍾乳洞に閉じ込めてしまった。
しかし、腹を立てた黒い狐は、鬼と取引をし、悪霊となり、この鍾乳洞から出て、村に厄災をもたらした。
白い狐は、黒い狐を鎮めるため、三日三晩闘い、力が尽きる手前で白峰神社に、自らの命と引き換えに黒い狐を封じた。
***
柚月は看板に目を通した。
柚月も昔、祖母にこの伝承を聞かされたことがあった。
「あなたもこの伝承を信仰しているのですか?」
「どうだろう。でも面白いとは思うよ」
2人は鍾乳洞の中に入った。
足を踏み入れた瞬間、周囲の気温が下がったのを感じた。
鍾乳洞の中は、本当に寒いくらいだった。
ノースリーブのワンピースの柚月は肩をさする。
ひんやりした空気が、まるで誰かにまとわりつかれているように感じられた。
水の滴る音が規則的に響き、声を出せば洞窟全体に反響する。
てっきりエアコンのある室内でゆっくりできると思っていた柚月は、サンダルを履いていた。
鍾乳洞の中は地面が湿っており、サンダルでは足元がおぼつかない。
惣一はすたすたと先に歩いていってしまった。
そして、ついに背中が見えなくなった。
女子をこんなところに1人で置いていくなんて、ひどい男だ。と思いながらも、柚月は転ばないようにゆっくりと進んだ。
―――ひた、ひた
自分の足音が反響する。
鍾乳洞内は薄暗く照らされ、岩陰が他の何かの形に見えてしまいそうだ。
―――気味が悪い。
こんなところを1人で歩かされるくらいなら、このまま引き返してしまおうか。
その考えが伝わったのかどうか定かではないが、
しばらく歩くと、惣一がこちらを向いて待っていた。
柚月の足元がおぼつかないのに気づく。
「君、そういえばサンダルだったね」
すっと手を差し出してくる。
「滑りやすいから、気をつけて」
柚月は無言で差し出された手を見つめる。
手を握れということだろうか。
柚月はその手を取るべきか、沈黙してしばし考えた。
「ん?もしかして、意識してる?」
惣一が鼻で笑いながら言った。
柚月は惣一をキッと睨んだ。
「いいえ、全く」
柚月はその手をむんずと掴んだ。
その手は柚月よりも少し暖かかった。
なんとなく、この男には体温がなさそうな気がしていたので、意外だった。
それと同時に背後から冷たい風が吹き抜け、誰かにじっと見られているような気がした。
柚月はぶるり、と身を震わせる。
奥まで進むと祠のようなものが見えてきた。
「あれが、お狐様の祠だよ」
惣一が柚月の手を引きながら呟く。
その顔に、いつもの笑みはなかった。
祠には真鍮製の鈴と、それを鳴らすための綱がぶら下がっていた。
空気がどんどん冷たくなっていく。
二人は無言で歩いた。
―――ひたひたひた
ふたりの足音が、他の何かの足音のようにも聞こえる。
柚月は祠の前に立つ。
惣一に促され、綱を手に取り、鈴を鳴らした。
―――カラン、カラン
その瞬間――
ざわり、
空気が揺れた。
―――おかえり
か細い声が、頭の中に響いた気がした。
全身に鳥肌が立った。
ごくり、と喉を鳴らす。
口の中はからからだった。
惣一は柚月の様子を無表情に見下ろしていた。
その瞳の奥に、炎のような光がちらりと揺らめいたように見えた。
柚月はその瞳を見つめたまま、動けなかった。
惣一が柚月の顔を覗き込む。
「どうかした?」
そう尋ねてきた時、惣一の顔にはいつも通りの微笑みが張り付いていた。
柚月はその顔を見つめ、何かを言いかけたが、
「いいえ」と首を振った。
「それじゃ、寒いし、もう外に出ようか」
再び惣一が柚月に手を差し出す。
柚月はゆっくりとその手を取った。
「君の手、冷たいね」
惣一はそっと握り返してきた。
洞窟を抜けると、まぶしい光が差し込んできた。
柚月は思わず目を細め、眩しさに瞬きを繰り返す。
外の空気はむっとするほど蒸し暑いのに、背筋にはまだ冷気がまとわりついていた。
背後から―――
ひた、ひた、ひた。
耳に残る足音がついてきている気がした。
柚月は思わず振り返る。
ざあ、と風が吹き抜け、周囲の木々が揺れた。
そこにはただ、黒々とした鍾乳洞の口があるだけだった。
沈黙が辺りを支配している。
「気にしすぎだよ」
惣一はさらりと言い、軽く笑ってみせた。
その穏やかすぎる声音が、柚月の胸をざわつかせた。
――まるで、私の心の内を知っているようだ。
柚月はふと、自分がまだ惣一の手を握っていることに気がついた。
ぱっ、と彼の手を離した。
惣一が一瞬だけ驚いたように目を瞬かせる。
「……もう1人で歩けますので」
柚月はそっけなく言い捨て、視線を逸らした。
惣一はふっと口元だけで笑う。
「そう?」
柚月は黙ったまま洞窟の闇を見つめ続けた。
まるで今にも、誰かがそこから出てきそうな気がして――。
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