狐月夜の終わりに

猫山はる

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かき氷、苺、キャラメル

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鍾乳洞の外に出ると、炎天下の日差しが柚月の肌を刺した。

「やっぱり、外は暑いですね…」
柚月はハンカチで汗を拭きながらぼやく。
「そうだね。今度こそエアコンのあるところに行こうか」
その言葉を信じたわけでは無いが、
柚月はいそいそとバイクの後部座席に乗って、惣一の腰にしがみついた。
「今度はどこに行くんです?」
「秘密」
惣一はにこりと笑った。
柚月はもう行き先は聞くまいと心に決めた。

着いたのは天然かき氷専門店だった。
柚月は感動していた。

古民家風の小さな店構えで、窓はステンドグラスを嵌めており、レトロな雰囲気が洒落ていた。
柚月は店の扉を開ける。
すると、涼しい風がふわりと体を包んだ。
「まさか、本当にエアコンがあるお店に来られるとは…」
「約束は守らないとね」
「この村にこんなに洒落たお店があったなんて」
「ここ、もう隣町だからね」

なるほど、と柚月が納得していると、店員がメニュー表と水を運んできた。

2人でラインナップを眺める。

柚月の注文したものは、生の苺を煮詰めたシロップの、甘酸っぱさが爽やかなかき氷。
惣一の頼んだものは、焦がしキャラメル風味の少しビターな大人の味わいのかき氷だった。

柚月は、髪を耳にかける。
しゃく、とスプーンでかき氷をすくい、口に運んだ。
「!」
普段は表情の変化に乏しいその顔に、輝きが宿った。
「美味しいです。惣一、よくやりました」
惣一はその様子を観察しながら、笑みをこぼした。
「お気に召したみたいでよかった」
惣一もスプーンで自分のかき氷を掬う。

「ここのかき氷はどれもこだわりが強いんだ。僕のもひと口食べる?」
柚月はぶんぶんと首を縦に振った。
スプーンを差し出されたので、ぱくりと口に含む。
惣一は少し驚いた顔で目を瞬かせた。
スプーンを受け取った方が良かっただろうかと少し考えたが、まあいいだろう。

「……苦い」
小さく呟いたあと、柚月はほんの少し眉をひそめて、しかし続けた。
「でも、香ばしくて美味しいです」
柚月は惣一の前で、初めて微笑んだ。
その表情の変化は僅かなものだったが、心からの笑顔だった。

惣一が、一瞬だけ眩しそうに目を細めて、すぐにまたいつもの笑みに戻る。
「だよね」

食べ終わる頃にはすっかり身体が冷え切っていた。
会計は惣一が払った。
「連れ回したお詫び」とのこと。
店を出てから、バイクで村まで帰ってきた。
入道雲が天高くそびえ、このままどこまでも行けそうな気がした。

バイクで民家の並ぶ畦道を走っていると、村の人たちが、遠巻きに2人が乗るバイクを見ていた。
こそこそと何かを話している。
バイクの音がうるさかったのだろうか。

神社の階段を登り、鳥居を潜ると神主が柚月を迎え入れた。
この神主―――小山内は幼い頃からの知り合いで、ずっと祖母の補佐をしてきた男だ。
まだ若く、柚月にとっては兄のような存在だった。
優しげな風貌で、10歳以上年下である柚月に対していつも敬語で話す。
柚月はこの人が怒っているところを見たことがない。

「柚月さん、どこへ行っていたんですか」

「暑いので、かき氷を食べてきました」
柚月が答えると、
「そうでしたか」
ふっと微笑む。
続けて惣一をちらりと見る。
「それじゃ、また」
惣一は柚月にそう声をかけると、いつもの胡散臭い笑みを浮かべたまま、小山内に会釈してすぐに鳥居の外へ出ていった。

静けさが落ちる。

――ミーンミーン、ジージー、シャワシャワ
蝉の声だけが響いている。

柚月は祖母の家に戻ろうと
「では」
と小山内の横をすり抜けようとした。
「柚月さん」
神主は、柚月を呼び止めた。
「……あの少年とは、あまり深く関わらないほうがいい」
いつもは穏やかな小山内が、硬い表情だった。

柚月は眉をひそめる。
「どうしてですか?」

小山内は言いにくそうに口ごもる。
「彼の家は、その、少し特別なのです」
柚月はその様子に既視感を憶えた。
ああ、まただ。
この村の人は、何かのルールに縛られている。
よくわからない理由で、あれはやめたほうがいい、とかこうした方が良い、というのをよく聞く。
柚月にはそれが窮屈で、この村に来る足が自然と遠のいていた。
なぜ道理の通らないものに縛られなければならないのか、理解できなかった。

柚月は祖母のほうを振り返る。
神木の下に佇む祖母は、ただ黙ったままにこにこと柚月を見返している。

「……そうは見えませんけどね」
柚月は淡々と返した。

小山内が困惑したように眉尻を下げた。
「そうやって、私を困らせないでください」
しかしそれ以上は何も言わなかった。
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