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白い狐の声
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近頃、毎日不思議な夢を見る。
どこか遠くの方から、祭り囃子の音が聞こえてくる。
笛や太鼓の音。
それらはどんどん近づいてくる。
柚木の頭上で、祭り用の提灯が紅く灯る。
提灯の灯りに照らされ、暗闇の奥から、古い祠が浮かび上がる。
祠の中から、ぼうっと白く光るキツネが姿を現す。
首には赤い縄をかけられ、縄には鈴が付いていた。
―――しゃん、しゃん
狐が動くと鈴が鳴る。
狐の瞳はどこか悲しげだった。
どこからか、女性のか細い声が聞こえる。
――はやく、みつけて。
今にも消え入りそうな弱々しい声。
声は続く。
―――でないと…
柚月は白い狐と目を合わせる。
狐は柚月の方へと、ゆっくりと近づいてくる。
―――しゃん、しゃん
柚月の足元まで来た。
そして、
狐の輪郭がどろりと崩れ落ちる。
崩れ落ちたそれは、液体のように広がり、蠕動運動を始める。
それはまた何かの形を取ろうとするが、維持できない。
やがて、柚月に縋るように蠢き、ずるずると足元を這い上がり侵食してくる。
ひやりとした感触が足首を伝って登ってくる。
全身に鳥肌が立った。
白い何かは、ずぶずぶと柚月の体を飲み込み、やがて柚月と一つになる。
***
「…っ!」
目を覚ましたときには、不快な感覚だけが残っていた。
何度も見る夢だ。
日に日に鮮明になっていく。
だが、最後の結月の体を侵食してくるような場面は初めてだった。
柚月は布団から起き上がる。
真夜中だというのに、蒸し暑い。
柚月は額にびっしょりと汗をかいていた。
汗は顎からひとしずく、ぽたりと落ちていく。
頭の中で女の声がこだまする。
―――はやく、みつけて。
―――はやく、はやく、はやく
「…わかっていますよ」
柚月は額に手を当て、ぼそりと呟く。
それに呼応するように、
『ほんとに?』
直ぐ側で声が聞こえた。
柚月は、びくりと声のほうを向く。
視線の先には、猫くらいの大きさの白い子ギツネがいた。
全身が丸っこく、ころりとした形状をしている。
それが、柚月に語りかけている。
『ゆずき、みつけてくれるの?』
柚月は子ギツネを見て固まった。
ふわふわとした毛並み、首には赤い縄、首もとに鈴が付いている。
夢に出てきた狐は成体で、もう少しキリリとした印象だったが、今目の前にいる子ギツネと瓜二つだ。
『ねえ、聞いてる?』
柚月は、子ギツネを無視して二度寝しようと布団を頭から被った。
これは、悪い夢だ。
寝て起きたら、この子ギツネは、きっと跡形もなく消えているに違いない。
『なんで、見えないふりするの』
布団の外からげしげしと頭をつつかれる。
「はあ…」
夢ではないらしい。
厄介なものだ。
狐は毎夜柚月の夢に現れては、柚月に何かを見つけろと訴えてくるだけでなく、ついに起きている時も声が聞こえ、姿が見えるようになってしまった。
柚月は観念して、布団から這い出る。
そして、白い子ギツネと目を合わせた。
『やっと出てきた』
「あなた、夢に出てきた狐さんですか?」
『いかにも』
狐はちょこんと前足を揃え、行儀よく座る。
東京の実家にいた時もたまに夢に見ていたが、祖母が亡くなってからというものの、毎日同じ夢を見るようになった。
柚月は原因を突き止めるために、この村にやってきた。
こう毎日不気味な夢を見させられてはかなわない。
きっとこの狐が元凶だ。
「あの変な夢を見せるの、やめていただけませんか?」
『柚月が言うことを聞いてくれれば、やめる』
「はあ。何をすればいいのですか」
『―――探し物だよ』
子ギツネは動物らしからぬ表情で、にいと笑った。
柚月は目の前にいる狐に取り憑かれたのだろうか。
白い狐の血。
それは、柚月の祖母から、父、そして柚月へと受け継がれている。
その血族の女子に不思議な力を与える。
柚月は幼い頃から稀にこの世ならざるものが見えることがあった。
今も、この子ギツネや亡くなった祖母が見えるのは、そのおかげだろう。
白い狐の血を引く女は、代々巫女としてこの神社に仕えてきた。
祖母もそうだった。
柚月はそんなの、まっぴらごめんだ。
狐の話を聞き、柚月は静かに目を閉じた。
***
次の日、惣一に連絡を取り、神社の前まで呼びつけた。
木陰に立っている惣一は、暑さを感じさせない涼やかな目元をしていた。
「君のほうから連絡が来るとは思ってなかったよ。
僕に何か?」
惣一は相変わらず飄々とした態度だった。
柚月は昨日の小山内とのやり取りを思い出し、複雑そうな顔をした。
「昨日は、その…」
なんと言うべきだろうか。
柚月は言葉を詰まらせる。
惣一はそれを察したのか、
「大丈夫。いつものことだから、気にしてないよ」
と言って笑った。
柚月はそんな惣一に質問を投げかけた。
「いつから、あの調子なのですか?」
「妹の体調が悪くなってからかな」
「妹さんの?」
「うん。原因はわからないんだ。
この村に来てから、高熱を出して、それ以降幻覚が見えるようになってね」
惣一は俯く。
口元は笑っていたが、どこか苦しそうだった。
「熱に浮かされたように、見えない何かとずっと話しているんだ」
「村の人達は、黒い狐の祟りだと言って、最初はお祓いとか、色々と手伝ってくれたけど、どれも効果はなかった」
惣一の目は、目の前の柚月を見ているようで、何も映していなかった。
「妹の病状はどんどん悪化していった。
村の人は気味悪がったよ。
そして、今みたいな状況になった」
惣一は目を伏せ、ふう、と小さくため息をつく。
「まともに話してくれるのは君のおばあさまだけだったよ」
「祖母は、妹さんのことをなんと?」
「妹は狐に魅入られてしまった、と言っていた」
「魅入られる…?」
「妹は小さい頃にこの村に来て、祭りで神楽舞を見てから、ずっと舞っていた巫女のことを慕っていたんだ」
「それって…」
「そう、君のことだよ」
「というより、君の中にいる狐に魅入られたんだろうね」
柚月は口を引き結び、眉根を寄せた。
「本当に厄介ですね」
「だね」
惣一は、ふっと笑った。
柚月は惣一の顔を見た。
妹の病に加え、村人の仕打ち。
そんな過酷な状況でも、惣一は飄々としている。
柚月は一呼吸置いてから言う。
「今日は、これを見てもらおうと思ってあなたを呼んだのです」
自分の肩を手で指し示す。
いや、正確には肩にちょこんと乗っている白い子ギツネを。
「…え」
さすがの惣一も目を丸くしていた。
「白峰神社のゆるキャラか何か…?」
「違います」
『私こそ、白峰神社に伝わる白き狐』
小さい胸を張り、精いっぱいふんぞり返っている。
『お前たちに、神託を授けよう』
柚月と惣一は顔を見合わせた。
どこか遠くの方から、祭り囃子の音が聞こえてくる。
笛や太鼓の音。
それらはどんどん近づいてくる。
柚木の頭上で、祭り用の提灯が紅く灯る。
提灯の灯りに照らされ、暗闇の奥から、古い祠が浮かび上がる。
祠の中から、ぼうっと白く光るキツネが姿を現す。
首には赤い縄をかけられ、縄には鈴が付いていた。
―――しゃん、しゃん
狐が動くと鈴が鳴る。
狐の瞳はどこか悲しげだった。
どこからか、女性のか細い声が聞こえる。
――はやく、みつけて。
今にも消え入りそうな弱々しい声。
声は続く。
―――でないと…
柚月は白い狐と目を合わせる。
狐は柚月の方へと、ゆっくりと近づいてくる。
―――しゃん、しゃん
柚月の足元まで来た。
そして、
狐の輪郭がどろりと崩れ落ちる。
崩れ落ちたそれは、液体のように広がり、蠕動運動を始める。
それはまた何かの形を取ろうとするが、維持できない。
やがて、柚月に縋るように蠢き、ずるずると足元を這い上がり侵食してくる。
ひやりとした感触が足首を伝って登ってくる。
全身に鳥肌が立った。
白い何かは、ずぶずぶと柚月の体を飲み込み、やがて柚月と一つになる。
***
「…っ!」
目を覚ましたときには、不快な感覚だけが残っていた。
何度も見る夢だ。
日に日に鮮明になっていく。
だが、最後の結月の体を侵食してくるような場面は初めてだった。
柚月は布団から起き上がる。
真夜中だというのに、蒸し暑い。
柚月は額にびっしょりと汗をかいていた。
汗は顎からひとしずく、ぽたりと落ちていく。
頭の中で女の声がこだまする。
―――はやく、みつけて。
―――はやく、はやく、はやく
「…わかっていますよ」
柚月は額に手を当て、ぼそりと呟く。
それに呼応するように、
『ほんとに?』
直ぐ側で声が聞こえた。
柚月は、びくりと声のほうを向く。
視線の先には、猫くらいの大きさの白い子ギツネがいた。
全身が丸っこく、ころりとした形状をしている。
それが、柚月に語りかけている。
『ゆずき、みつけてくれるの?』
柚月は子ギツネを見て固まった。
ふわふわとした毛並み、首には赤い縄、首もとに鈴が付いている。
夢に出てきた狐は成体で、もう少しキリリとした印象だったが、今目の前にいる子ギツネと瓜二つだ。
『ねえ、聞いてる?』
柚月は、子ギツネを無視して二度寝しようと布団を頭から被った。
これは、悪い夢だ。
寝て起きたら、この子ギツネは、きっと跡形もなく消えているに違いない。
『なんで、見えないふりするの』
布団の外からげしげしと頭をつつかれる。
「はあ…」
夢ではないらしい。
厄介なものだ。
狐は毎夜柚月の夢に現れては、柚月に何かを見つけろと訴えてくるだけでなく、ついに起きている時も声が聞こえ、姿が見えるようになってしまった。
柚月は観念して、布団から這い出る。
そして、白い子ギツネと目を合わせた。
『やっと出てきた』
「あなた、夢に出てきた狐さんですか?」
『いかにも』
狐はちょこんと前足を揃え、行儀よく座る。
東京の実家にいた時もたまに夢に見ていたが、祖母が亡くなってからというものの、毎日同じ夢を見るようになった。
柚月は原因を突き止めるために、この村にやってきた。
こう毎日不気味な夢を見させられてはかなわない。
きっとこの狐が元凶だ。
「あの変な夢を見せるの、やめていただけませんか?」
『柚月が言うことを聞いてくれれば、やめる』
「はあ。何をすればいいのですか」
『―――探し物だよ』
子ギツネは動物らしからぬ表情で、にいと笑った。
柚月は目の前にいる狐に取り憑かれたのだろうか。
白い狐の血。
それは、柚月の祖母から、父、そして柚月へと受け継がれている。
その血族の女子に不思議な力を与える。
柚月は幼い頃から稀にこの世ならざるものが見えることがあった。
今も、この子ギツネや亡くなった祖母が見えるのは、そのおかげだろう。
白い狐の血を引く女は、代々巫女としてこの神社に仕えてきた。
祖母もそうだった。
柚月はそんなの、まっぴらごめんだ。
狐の話を聞き、柚月は静かに目を閉じた。
***
次の日、惣一に連絡を取り、神社の前まで呼びつけた。
木陰に立っている惣一は、暑さを感じさせない涼やかな目元をしていた。
「君のほうから連絡が来るとは思ってなかったよ。
僕に何か?」
惣一は相変わらず飄々とした態度だった。
柚月は昨日の小山内とのやり取りを思い出し、複雑そうな顔をした。
「昨日は、その…」
なんと言うべきだろうか。
柚月は言葉を詰まらせる。
惣一はそれを察したのか、
「大丈夫。いつものことだから、気にしてないよ」
と言って笑った。
柚月はそんな惣一に質問を投げかけた。
「いつから、あの調子なのですか?」
「妹の体調が悪くなってからかな」
「妹さんの?」
「うん。原因はわからないんだ。
この村に来てから、高熱を出して、それ以降幻覚が見えるようになってね」
惣一は俯く。
口元は笑っていたが、どこか苦しそうだった。
「熱に浮かされたように、見えない何かとずっと話しているんだ」
「村の人達は、黒い狐の祟りだと言って、最初はお祓いとか、色々と手伝ってくれたけど、どれも効果はなかった」
惣一の目は、目の前の柚月を見ているようで、何も映していなかった。
「妹の病状はどんどん悪化していった。
村の人は気味悪がったよ。
そして、今みたいな状況になった」
惣一は目を伏せ、ふう、と小さくため息をつく。
「まともに話してくれるのは君のおばあさまだけだったよ」
「祖母は、妹さんのことをなんと?」
「妹は狐に魅入られてしまった、と言っていた」
「魅入られる…?」
「妹は小さい頃にこの村に来て、祭りで神楽舞を見てから、ずっと舞っていた巫女のことを慕っていたんだ」
「それって…」
「そう、君のことだよ」
「というより、君の中にいる狐に魅入られたんだろうね」
柚月は口を引き結び、眉根を寄せた。
「本当に厄介ですね」
「だね」
惣一は、ふっと笑った。
柚月は惣一の顔を見た。
妹の病に加え、村人の仕打ち。
そんな過酷な状況でも、惣一は飄々としている。
柚月は一呼吸置いてから言う。
「今日は、これを見てもらおうと思ってあなたを呼んだのです」
自分の肩を手で指し示す。
いや、正確には肩にちょこんと乗っている白い子ギツネを。
「…え」
さすがの惣一も目を丸くしていた。
「白峰神社のゆるキャラか何か…?」
「違います」
『私こそ、白峰神社に伝わる白き狐』
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