狐月夜の終わりに

猫山はる

文字の大きさ
10 / 24

白い狐の声

しおりを挟む
近頃、毎日不思議な夢を見る。

どこか遠くの方から、祭り囃子の音が聞こえてくる。
笛や太鼓の音。
それらはどんどん近づいてくる。

柚木の頭上で、祭り用の提灯が紅く灯る。


提灯の灯りに照らされ、暗闇の奥から、古い祠が浮かび上がる。
祠の中から、ぼうっと白く光るキツネが姿を現す。
首には赤い縄をかけられ、縄には鈴が付いていた。

―――しゃん、しゃん

狐が動くと鈴が鳴る。
狐の瞳はどこか悲しげだった。
どこからか、女性のか細い声が聞こえる。


――はやく、みつけて。


今にも消え入りそうな弱々しい声。
声は続く。

―――でないと…

柚月は白い狐と目を合わせる。

狐は柚月の方へと、ゆっくりと近づいてくる。

―――しゃん、しゃん

柚月の足元まで来た。

そして、
狐の輪郭がと崩れ落ちる。

崩れ落ちたそれは、液体のように広がり、蠕動運動を始める。

はまた何かの形を取ろうとするが、維持できない。
やがて、柚月に縋るように蠢き、ずるずると足元を這い上がり侵食してくる。
ひやりとした感触が足首を伝って登ってくる。

全身に鳥肌が立った。

白い何かは、ずぶずぶと柚月の体を飲み込み、やがて柚月と一つになる。


***

「…っ!」

目を覚ましたときには、不快な感覚だけが残っていた。
何度も見る夢だ。
日に日に鮮明になっていく。

だが、最後の結月の体を侵食してくるような場面は初めてだった。

柚月は布団から起き上がる。
真夜中だというのに、蒸し暑い。
柚月は額にびっしょりと汗をかいていた。
汗は顎からひとしずく、ぽたりと落ちていく。

頭の中で女の声がこだまする。

―――はやく、みつけて。
―――はやく、はやく、はやく

「…わかっていますよ」

柚月は額に手を当て、ぼそりと呟く。


それに呼応するように、

?』


直ぐ側で声が聞こえた。
柚月は、びくりと声のほうを向く。

視線の先には、猫くらいの大きさの白い子ギツネがいた。
全身が丸っこく、ころりとした形状をしている。
それが、柚月に語りかけている。

『ゆずき、みつけてくれるの?』

柚月は子ギツネを見て固まった。
ふわふわとした毛並み、首には赤い縄、首もとに鈴が付いている。
夢に出てきた狐は成体で、もう少しキリリとした印象だったが、今目の前にいる子ギツネと瓜二つだ。

『ねえ、聞いてる?』

柚月は、子ギツネを無視して二度寝しようと布団を頭から被った。 
これは、悪い夢だ。
寝て起きたら、この子ギツネは、きっと跡形もなく消えているに違いない。

『なんで、見えないふりするの』

布団の外からげしげしと頭をつつかれる。

「はあ…」

夢ではないらしい。
厄介なものだ。

狐は毎夜柚月の夢に現れては、柚月に何かを見つけろと訴えてくるだけでなく、ついに起きている時も声が聞こえ、姿が見えるようになってしまった。

柚月は観念して、布団から這い出る。
そして、白い子ギツネと目を合わせた。

『やっと出てきた』
「あなた、夢に出てきた狐さんですか?」
『いかにも』

狐はちょこんと前足を揃え、行儀よく座る。

東京の実家にいた時もたまに夢に見ていたが、祖母が亡くなってからというものの、毎日同じ夢を見るようになった。
柚月は原因を突き止めるために、この村にやってきた。
こう毎日不気味な夢を見させられてはかなわない。

きっとこの狐が元凶だ。

「あの変な夢を見せるの、やめていただけませんか?」
『柚月が言うことを聞いてくれれば、やめる』
「はあ。何をすればいいのですか」
『―――探し物だよ』

子ギツネは動物らしからぬ表情で、と笑った。

柚月は目の前にいる狐に取り憑かれたのだろうか。

白い狐の血。
それは、柚月の祖母から、父、そして柚月へと受け継がれている。
その血族の女子に不思議な力を与える。

柚月は幼い頃から稀にこの世ならざるものが見えることがあった。
今も、この子ギツネや亡くなった祖母が見えるのは、そのおかげだろう。

白い狐の血を引く女は、代々巫女としてこの神社に仕えてきた。
祖母もそうだった。
柚月はそんなの、まっぴらごめんだ。

狐の話を聞き、柚月は静かに目を閉じた。

***


次の日、惣一に連絡を取り、神社の前まで呼びつけた。
木陰に立っている惣一は、暑さを感じさせない涼やかな目元をしていた。

「君のほうから連絡が来るとは思ってなかったよ。
僕に何か?」

惣一は相変わらず飄々とした態度だった。

柚月は昨日の小山内とのやり取りを思い出し、複雑そうな顔をした。
「昨日は、その…」
なんと言うべきだろうか。
柚月は言葉を詰まらせる。
惣一はそれを察したのか、
「大丈夫。いつものことだから、気にしてないよ」
と言って笑った。
柚月はそんな惣一に質問を投げかけた。
「いつから、あの調子なのですか?」
「妹の体調が悪くなってからかな」
「妹さんの?」
「うん。原因はわからないんだ。
この村に来てから、高熱を出して、それ以降幻覚が見えるようになってね」
惣一は俯く。
口元は笑っていたが、どこか苦しそうだった。
「熱に浮かされたように、見えない何かとずっと話しているんだ」
「村の人達は、黒い狐の祟りだと言って、最初はお祓いとか、色々と手伝ってくれたけど、どれも効果はなかった」
惣一の目は、目の前の柚月を見ているようで、何も映していなかった。
「妹の病状はどんどん悪化していった。
村の人は気味悪がったよ。
そして、今みたいな状況になった」
惣一は目を伏せ、ふう、と小さくため息をつく。
「まともに話してくれるのは君のおばあさまだけだったよ」
「祖母は、妹さんのことをなんと?」
「妹は狐に魅入られてしまった、と言っていた」
「魅入られる…?」
「妹は小さい頃にこの村に来て、祭りで神楽舞を見てから、ずっと舞っていた巫女のことを慕っていたんだ」
「それって…」
「そう、君のことだよ」
「というより、君の中にいる狐に魅入られたんだろうね」
柚月は口を引き結び、眉根を寄せた。
「本当に厄介ですね」
「だね」
惣一は、ふっと笑った。
柚月は惣一の顔を見た。
妹の病に加え、村人の仕打ち。
そんな過酷な状況でも、惣一は飄々としている。

柚月は一呼吸置いてから言う。
「今日は、これを見てもらおうと思ってあなたを呼んだのです」

自分の肩を手で指し示す。
いや、正確には肩にちょこんと乗っている白い子ギツネを。

「…え」

さすがの惣一も目を丸くしていた。

「白峰神社のゆるキャラか何か…?」
「違います」

『私こそ、白峰神社に伝わる白き狐』
小さい胸を張り、精いっぱいふんぞり返っている。

『お前たちに、神託を授けよう』

 柚月と惣一は顔を見合わせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ウインタータイム ~恋い焦がれて、その後~

さとう涼
恋愛
カレに愛されている間だけ、 自分が特別な存在だと錯覚できる…… ◇◇◇ 『恋い焦がれて』の4年後のお話(短編)です。 主人公は大学生→社会人となりました! ※先に『恋い焦がれて』をお読みください。 ※1話目から『恋い焦がれて』のネタバレになっておりますのでご注意ください! ※女性視点・男性視点の交互に話が進みます

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

きさらぎ駅

水野華奈
ホラー
親友から電話があった。 きさらぎ駅という場所にいるらしい… 日常の中の小さな恐怖が今始まる。 触れてしまったが最後。 二度と戻れない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...