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村の因習
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村人は家々の影から二人の様子を見ていた。
玄関や窓、家々の隙間から目がこちらを覗いている。
その気配に気づいて、柚月はぞっとした。
「惣一…」
柚月はバイクに揺られながら、惣一のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
「君が考えていることを当てようか?」
惣一はバイクで走りながら柚月に語りかける。
前を見据えたまま、低く笑う。
表情は見えない。
その声にはどこか、この村を突き放すような暗い響きがあった。
「『やっぱりこの村は、おかしい』だろ?」
***
柚月が祖母の神社に戻ると神主の小山内が近づいてきた。
「柚月さん、こんな遅くまで出歩いたら危ないですよ」
「…すみません、小山内さん」
隣には惣一もいる。
だが、彼は惣一に一切視線を向けなかった。
まるで、そこに存在しないかのように。
惣一は表情を変えなかった。
柚月の背筋を冷たいものが這い上がった。
――まさか。
惣一は、私にしか見えていないのだろうか?
しかしすぐに思い直す。
昨日小山内は確かに言っていた。
「あの子には近づかないほうがいい」
と。
だとすれば。
見えているのに、あえて無視している。
その証拠に、小山内の動きはぎこちなく、惣一を視界に入れまいとしていた。
柚月や祖母に対しては穏やかで優しい青年だ。
だからこそ余計に気味が悪かった。
柚月は隣の惣一を横目で見る。
惣一の口元には薄い笑みが浮かんでいたが、その目は凍りつくほど空虚だった。
ずっとこんな生活を送っていたのだろうか。
柚月は惣一に向き直る。
惣一は少し驚いたように柚月を見て、ちらりと小山内にも目を向けた。
「惣一」
柚月は真正面から惣一の顔を見据えた。
惣一は黙って柚月の視線を受け止める。
「送ってくれてありがとうございます」
柚月はあえてゆっくりと喋った。
隣で小山内が息を呑むのが伝わってきた。
「また、明日」
惣一の瞳が一瞬揺れた。
そして、
「うん、またね」
そう言うと、肩の力が抜けたようにくすりと笑った。
***
惣一が帰ったあと、小山内が口をひらいた。
「柚月さん…あの子には関わるべきではありません」
「なぜですか」
眉根を寄せた小山内の顔は、今まで見たことがないくらいの険しい表情だった。
小山内は逡巡しているようだった。
しかし、意を決したようにはっきりと言った。
「あの子の家には、黒い狐が憑いているのです」
「黒い、狐…」
柚月は小山内の言葉を反芻した。
「柚月さんは信じないかもしれません。でも、確かに存在するのです。」
「白峰伝説の白と黒の狐のことですか」
「はい。黒い狐は、村に災厄をもたらします。村人は取り憑かれないように、狐が憑いたものには話しかけてはならないのです」
「…」
柚月は小山内の剣幕に言葉を失った。
「私は、柚月さんが心配なんです…!」
柚月の肩をがっと掴む。その力は強く、柚月は顔を歪めた。小山内の瞳は底が見えなかった。
「きっとあなたのお祖母様も、あの子に関わったから亡くなったのです…」
柚月はその言葉に、目を見開いた。
祖母の笑顔が脳裏をよぎる。
どんどん肩を掴む力が強くなっていく。
「私は何度も忠告したのに…!」
柚月は小山内の瞳の奥に僅かな狂気を感じた。
「…痛いです、小山内さん」
柚月は静かに言った。
はっとして、小山内は手を放す。
「す、すみません…」
柚月は一歩後ろに下がり、軽く会釈をした。
「今日はもう帰ります」
そして、背を向けて歩き出す。
その背に向かって、ねっとりとした声が追いかけてきた。
「忘れないでください」
結月は振り返らない。
「あなたは、白い狐の血を引いた尊い存在だと」
柚月は眉をひそめ、返事をしないまま、暗い社殿の中へ姿を消した。
玄関や窓、家々の隙間から目がこちらを覗いている。
その気配に気づいて、柚月はぞっとした。
「惣一…」
柚月はバイクに揺られながら、惣一のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
「君が考えていることを当てようか?」
惣一はバイクで走りながら柚月に語りかける。
前を見据えたまま、低く笑う。
表情は見えない。
その声にはどこか、この村を突き放すような暗い響きがあった。
「『やっぱりこの村は、おかしい』だろ?」
***
柚月が祖母の神社に戻ると神主の小山内が近づいてきた。
「柚月さん、こんな遅くまで出歩いたら危ないですよ」
「…すみません、小山内さん」
隣には惣一もいる。
だが、彼は惣一に一切視線を向けなかった。
まるで、そこに存在しないかのように。
惣一は表情を変えなかった。
柚月の背筋を冷たいものが這い上がった。
――まさか。
惣一は、私にしか見えていないのだろうか?
しかしすぐに思い直す。
昨日小山内は確かに言っていた。
「あの子には近づかないほうがいい」
と。
だとすれば。
見えているのに、あえて無視している。
その証拠に、小山内の動きはぎこちなく、惣一を視界に入れまいとしていた。
柚月や祖母に対しては穏やかで優しい青年だ。
だからこそ余計に気味が悪かった。
柚月は隣の惣一を横目で見る。
惣一の口元には薄い笑みが浮かんでいたが、その目は凍りつくほど空虚だった。
ずっとこんな生活を送っていたのだろうか。
柚月は惣一に向き直る。
惣一は少し驚いたように柚月を見て、ちらりと小山内にも目を向けた。
「惣一」
柚月は真正面から惣一の顔を見据えた。
惣一は黙って柚月の視線を受け止める。
「送ってくれてありがとうございます」
柚月はあえてゆっくりと喋った。
隣で小山内が息を呑むのが伝わってきた。
「また、明日」
惣一の瞳が一瞬揺れた。
そして、
「うん、またね」
そう言うと、肩の力が抜けたようにくすりと笑った。
***
惣一が帰ったあと、小山内が口をひらいた。
「柚月さん…あの子には関わるべきではありません」
「なぜですか」
眉根を寄せた小山内の顔は、今まで見たことがないくらいの険しい表情だった。
小山内は逡巡しているようだった。
しかし、意を決したようにはっきりと言った。
「あの子の家には、黒い狐が憑いているのです」
「黒い、狐…」
柚月は小山内の言葉を反芻した。
「柚月さんは信じないかもしれません。でも、確かに存在するのです。」
「白峰伝説の白と黒の狐のことですか」
「はい。黒い狐は、村に災厄をもたらします。村人は取り憑かれないように、狐が憑いたものには話しかけてはならないのです」
「…」
柚月は小山内の剣幕に言葉を失った。
「私は、柚月さんが心配なんです…!」
柚月の肩をがっと掴む。その力は強く、柚月は顔を歪めた。小山内の瞳は底が見えなかった。
「きっとあなたのお祖母様も、あの子に関わったから亡くなったのです…」
柚月はその言葉に、目を見開いた。
祖母の笑顔が脳裏をよぎる。
どんどん肩を掴む力が強くなっていく。
「私は何度も忠告したのに…!」
柚月は小山内の瞳の奥に僅かな狂気を感じた。
「…痛いです、小山内さん」
柚月は静かに言った。
はっとして、小山内は手を放す。
「す、すみません…」
柚月は一歩後ろに下がり、軽く会釈をした。
「今日はもう帰ります」
そして、背を向けて歩き出す。
その背に向かって、ねっとりとした声が追いかけてきた。
「忘れないでください」
結月は振り返らない。
「あなたは、白い狐の血を引いた尊い存在だと」
柚月は眉をひそめ、返事をしないまま、暗い社殿の中へ姿を消した。
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