狐月夜の終わりに

猫山はる

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五十日祭

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翌日。
村の空気は蒸し暑く、どこか湿っていた。
晴れた空なのに、淀んだ気配が漂っている。

今日は祖母の五十日祭だ。
神道における忌明けの儀式であり、
四十九日が明け、故人の魂を家の守護神として迎え入れるために行う祭りと言われている。

小さな集会所には、20人ほどの村の老人たちと柚月の親戚たちが集まっていた。
5つのテーブルに分かれ、食事を取りながら歓談している。
皆、祖母の思い出話に耽っていた。

「より子さんは、立派に務めを果たしたもんだ。
文句一つ言わずに、お狐様に奉仕し続けてくれた」

黙々と料理を食べる柚月に話しかけてくるものもいた。

「柚月ちゃん、もう高校生なんだって?
大きくなったねぇ。それにべっぴんさんだ。」

「――でも、もう少しにこにこしていたほうがいいかもねえ。ほら、女は愛嬌っていうだろ?」

「はあ」
柚月は生返事をした。
ずいぶんと偏った女性像だ、と思った。
だが、この場にいる大多数は同じ考えを持っているようで、うんうんと頷いている。
自分と周囲の認識のずれからくる疎外感や息苦しさが、柚月の胸にじわじわと広がっていく。

やはりこういう集まりは苦手だ。
こんなに人がいるのに、柚月は孤独を感じた。

テーブルには手作りの料理が並び、
どの皿にも、やけに多くの油揚げが添えられている。

「式典の料理は美味しいなあ」
玉藻がテーブルの上に鎮座し、堂々と皿に乗った料理を食べているが、誰もそれを気に留めない。
と言うより、柚月以外には玉藻が見えていないようだ。

「より子さんの孫なんだから、いずれは神社を継ぐんだろう?」
「そうだ、小山内くんがまだ独り身でねぇか」
「そうそう、二人ならお似合いじゃないか。
小さい時から知り合いだしな。
年はちと離れてるが」


喧騒の中。
柚月はこういう時、聞こえないふりをするか、心を無にしてやり過ごす。
昔から小山内と柚月を神社の跡取りとして結婚させようとする声は、ちらほらと聞こえていた。
村人たちはいつも柚月の気持ちを置き去りにして、柚月の将来の話をする。

父に助けを求めたいところだが、挨拶回りで他のテーブルを回っていた。

酔っ払った老人達からは酒の匂いがする。


こういった話になるであろうことは、予想していた。
柚月の意思など関係ない。
白峰家の者は神社の跡を継ぐことが当然なのだ。

「あんたの親父さんは、村を出ちまってふらふらしてたようだけど、小山内くんはその点真面目だよなあ」
白髪混じりの村人たちが、当たり前のように笑い合っている。
村の外に出た父は、村での立場が弱い。
けれど、柚月には村を出た父の気持ちがよくわかった。

「まだ若いのに、神主を継ぐなんて立派だよ。結婚するならああいう真面目な男がいい」

「そうだ、お似合いだよ。
それに“お狐様の血”はこの村で守らにゃいかん」

(……)
胸の奥がぞわりと冷たくなった。

酔っ払って赤く血走った目で、柚月を舐め回すように見る。
まるで値踏みするような男達の視線。

柚月はかすかに眉毛を寄せた。
「より子さんも安心してるさ。
これでお狐様の血は絶えん。
柚月ちゃんは、きっと可愛い子を産むだろうて」

老人の一人が、柚月の肩に手を置こうと手を伸ばした。

瞬間、背筋に寒気が走る。

柚月はひらりとその手をかわし、立ち上がっていた。
「すみません、お手洗いに行ってきます」

誰も止めなかった。
一人が、柚月に触れようとした老人をたしなめた。

「ほれ、あんたが柚月ちゃんに馴れ馴れしくするから逃げちまった」

―――あははははははははははははははははは

皆、表面上は笑っているが、どこか作り物の笑顔のような気がした。

背中にいくつもの“視線”を感じる。

空気がじっとりと重苦しい。
きっと夏の蒸し暑さのせいだけではない。

どこまでも目が追ってくる。
廊下に出ると柚月はそれから逃げるように、早足で歩いた。
遠くで笑い声が聞こえる。

少し外の空気を吸ってこよう。
そう考え、土間から降りようとした。

―――しかし、
不意に、腕をつかまれる。

「柚月さん」

小山内だった。

「すみません、皆さん久しぶりに柚月さんに会えて、羽目を外しすぎてるみたいで。
後で注意しておきます」

頭をかきながら、困ったように眉がハの字になっている。
それだけ見ると、本当に人が良さそうに見えた。
――だが、

さっきの老人達の話のせいか、普段と小山内の雰囲気が違うのは気のせいだろうか。

「…ありがとうございます」
いつもより距離が近い気がして、柚月は一歩後ずさる。

だが、小山内の手がそれを許さなかった。

柚月は息を呑んだ。

小山内の手に、さらに力が籠もる。


「考えておいてください。
あなたの中に流れる血は、とても尊いものなのです」

一瞬世界に音がなくなった気がした。
しかし、それは錯覚だ。
遠くで蝉の鳴き声が聞こえる。

―――ミーンミーン、シャワシャワ、ジージージージー…


その目はやけに熱を帯びていた。
今まで見たことのない表情だった。
まるで、先ほどの老人たちのような。

柚月の背中に、汗が伝う。

その目は、柚月自身を見ていない。
柚月の中に流れるという白い狐の血を見ているのだ。

小山内にそういった感情を抱いたことはなかった。
優しい歳上の兄のような存在だと思っていた。
だからこそ、急にそういう対象として意識されていたと分かると、どうしようもなく嫌悪感を抱いてしまった。

反射的に小山内の手を振り払う。
小山内は驚いた顔をして柚月を見ていた。

「…すみません。動揺してしまって。
まだそういう事は考えられません」
先ほどまで掴まれていた腕をさすりながら、静かに言った。

「私の方こそ、急にこんなことを言って驚かせてしまいましたね」

小山内はいつも通り人が良さそうに微笑む。


――柚月にはその笑みが、とても恐ろしいものに思えた。
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