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君と一緒に
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――ミーンミーン、シャワシャワ、ジージー
集会所を出ると、生ぬるい風が頬を撫でた。
集会所の周りは竹林に囲まれ、夏の強烈な日差しは幾らかやわらいでいる。
生い茂った木々から溢れる木漏れ日が、優しく柚月を照らした。
柚月は深く息を吸う。
木と土の匂いが肺の奥に沈んで、やっと一息つける気がした。
――あの目。
老人たちの、値踏みするような視線。
小山内に掴まれた腕の感触が、まだ肌に残っている。
柚月は無意識に黒い制服の胸元を握った。
(お祖母ちゃん……)
――“自由に生きなさい”
記憶の彼方で、祖母の声がかすかに聞こえた。
(自由なんて、この村にあるのでしょうか。)
信仰がねじ曲げられ、神の使いの力まで削ぎ落としてしまうようなこの村に。
まるで、因習そのものが意思を持って人を縛っているようだった。
「柚月」
突然名前を呼ばれ、柚月の肩が跳ねる。
木漏れ日の中に、惣一が立っていた。
「あなたは、いつも急に現れますね…」
「あはは、ごめん、驚いた?」
軽い調子で言って、こちらへ歩いてくる。
その声に、柚月の緊張がふっと緩んだ。
「なんだか顔色、悪いよ」
惣一は覗き込むように、少し身を屈めた。
柚月は咄嗟に視線をそらす。
「いつもこんな顔ですよ。
惣一こそ、どうしてこんなところに?」
そう嘯きつつも、柚月の顔はいつもより青白かった。
「要石の手がかりを探して、ぶらぶらしてたんだ」
惣一の目が、ゆっくりと柚月の表情を探る。
「……集会所で、何かあった?」
言われた瞬間、胸の奥がざわりとした。
「何も……」
「何もないって顔じゃないよ」
逃げ道を塞ぐように、惣一は、柚月の前に立った。
距離が近い。
惣一の目が、柚月を射すくめた。
整った顔立ちを間近で見ることになり、気圧されそうになる。
彼の涼し気な目は、柚月の異変を見逃すまいとしていた。
柚月はなぜか、惣一に先ほどまでの出来事を知られたくないと思った。
その時、柚月の足元の影がふわりと揺らぎ、
そこから子狐――玉藻が姿を現した。
狐らしからぬ仕草で、やれやれと首を振る。
「柚月は老人たちに、品定めされてたんだよ」
「玉藻様……」
柚月は小声で諫めたが、惣一はすでに察したようだった。
形の良い眉をひそめ、ただ静かに言った。
「……嫌だったね」
憐れみではなく、寄り添うように穏やかな口調で。
柚月は惣一の顔を見ないで呟いた。
「よくあることです」
柚月は惣一の視線から逃れるように、近くの石段に腰掛ける。
すると、惣一も同じように柚月の隣に腰を下ろした。
肩と肩は触れない。
だが、気を抜けば触れそうなほど近い。
まるで今の2人そのもののような距離感。
「よくあること…か。
君はどうしてこんな嫌な思いをするとわかっていてこの村に帰ってきたの?」
惣一はいつも柚月の心に、すっと踏み込んでくる。
だが、不思議とそれが嫌ではなかった。
柚月は少し考えてから、
「――この村と、決別するために」
と静かな声で答えた。
境遇の似た惣一になら、少しだけ本心をさらけ出してもいいような気がしたのだ。
「お祖母ちゃんは昔、言ってくれました。
『柚月は自由に生きなさい』と
私にはそれが、お祖母ちゃん自身の夢だったのではないかと思うのです」
何にも縛られず、軽やかにしなやかに生きていきたい。
だが、村の因習がそれを許さなかった。
「私はそれを、叶えてあげたい」
静かに聞いていた惣一は、ふわりと微笑んだ。
「ふうん、君らしいね」
そして、空を見上げ、憂いを帯びた表情で言った。
「そして、羨ましいな」
「え…?」
「柚月はきっと、東京に帰って、色んなものを見て、経験して僕のことなんかすぐに忘れちゃうんだろうな」
柚月はふい、とそっぽを向く。
そして、ぼそりと呟いた。
「あなたのことは、忘れたくても忘れられませんよ」
「そうかなぁ?
おしゃれなお店でスイーツでも食べたらすぐ忘れるよ。幸せそうな顔でさ」
「…人を食いしん坊みたいに言わないでください」
柚月は不満げに惣一を半眼で見る。
くすりと惣一が笑う。
「なんで?それでこそ柚月だ」
ふいに――
惣一の手が、柚月の髪に触れた。
「そういうところ、僕は好きだよ」
驚くより早く、彼の指先が黒髪をそっとすくい上げる。
光を吸うような黒い髪が、惣一の指の中で揺れた。
「僕も君と一緒に行けたらいいのに」
毛先に、ゆっくりと唇が触れた。
触れるか触れないかというくらい優しく。
顔が熱くなるのを感じた。
柚月の心臓が、跳ねた。
視線と視線が絡み合う。
惣一は、茶化さない。
いつもの笑顔ではなく、どこか挑発的な目で柚月を見ていた。
そして、目を細めて――
「君が自由になるのを手伝うよ。
だからいつか、僕に東京を案内して。
――僕が君にしたみたいに」
ゆっくりと指をほどくと、なめらかな髪はするりと惣一の指から離れた。
柚月は返事をすることも忘れ、大きな目を見開いて、惣一を見ることしかできなかった。
惣一はしばらく柚月の顔をうかがっていたが、
――途端にぷっと吹き出す。
「よかった。顔色が少し良くなったよ
少しは気が紛れたかな?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべていた。
いつもの落ち着いた印象と違い、年相応の少年の笑い方だった。
柚月は、いつもと違う惣一の笑い方に少し驚き、まじまじと見つめた。
だが、すぐにからかわれたのだと気づき、むっとした表情になる。
鼓動はまだ耳元で早鐘を打っていた。
「あなたという人は――」
「ごめんごめん。
ねえ、また集会所に戻るんだろ?」
「ええ、そうですけど…」
柚月は首を傾げた。
何故そんなことを聞くのだろうか。
「なら、僕も一緒についていこうかな」
惣一はあっけらかんとした様子で、そう言った。
集会所を出ると、生ぬるい風が頬を撫でた。
集会所の周りは竹林に囲まれ、夏の強烈な日差しは幾らかやわらいでいる。
生い茂った木々から溢れる木漏れ日が、優しく柚月を照らした。
柚月は深く息を吸う。
木と土の匂いが肺の奥に沈んで、やっと一息つける気がした。
――あの目。
老人たちの、値踏みするような視線。
小山内に掴まれた腕の感触が、まだ肌に残っている。
柚月は無意識に黒い制服の胸元を握った。
(お祖母ちゃん……)
――“自由に生きなさい”
記憶の彼方で、祖母の声がかすかに聞こえた。
(自由なんて、この村にあるのでしょうか。)
信仰がねじ曲げられ、神の使いの力まで削ぎ落としてしまうようなこの村に。
まるで、因習そのものが意思を持って人を縛っているようだった。
「柚月」
突然名前を呼ばれ、柚月の肩が跳ねる。
木漏れ日の中に、惣一が立っていた。
「あなたは、いつも急に現れますね…」
「あはは、ごめん、驚いた?」
軽い調子で言って、こちらへ歩いてくる。
その声に、柚月の緊張がふっと緩んだ。
「なんだか顔色、悪いよ」
惣一は覗き込むように、少し身を屈めた。
柚月は咄嗟に視線をそらす。
「いつもこんな顔ですよ。
惣一こそ、どうしてこんなところに?」
そう嘯きつつも、柚月の顔はいつもより青白かった。
「要石の手がかりを探して、ぶらぶらしてたんだ」
惣一の目が、ゆっくりと柚月の表情を探る。
「……集会所で、何かあった?」
言われた瞬間、胸の奥がざわりとした。
「何も……」
「何もないって顔じゃないよ」
逃げ道を塞ぐように、惣一は、柚月の前に立った。
距離が近い。
惣一の目が、柚月を射すくめた。
整った顔立ちを間近で見ることになり、気圧されそうになる。
彼の涼し気な目は、柚月の異変を見逃すまいとしていた。
柚月はなぜか、惣一に先ほどまでの出来事を知られたくないと思った。
その時、柚月の足元の影がふわりと揺らぎ、
そこから子狐――玉藻が姿を現した。
狐らしからぬ仕草で、やれやれと首を振る。
「柚月は老人たちに、品定めされてたんだよ」
「玉藻様……」
柚月は小声で諫めたが、惣一はすでに察したようだった。
形の良い眉をひそめ、ただ静かに言った。
「……嫌だったね」
憐れみではなく、寄り添うように穏やかな口調で。
柚月は惣一の顔を見ないで呟いた。
「よくあることです」
柚月は惣一の視線から逃れるように、近くの石段に腰掛ける。
すると、惣一も同じように柚月の隣に腰を下ろした。
肩と肩は触れない。
だが、気を抜けば触れそうなほど近い。
まるで今の2人そのもののような距離感。
「よくあること…か。
君はどうしてこんな嫌な思いをするとわかっていてこの村に帰ってきたの?」
惣一はいつも柚月の心に、すっと踏み込んでくる。
だが、不思議とそれが嫌ではなかった。
柚月は少し考えてから、
「――この村と、決別するために」
と静かな声で答えた。
境遇の似た惣一になら、少しだけ本心をさらけ出してもいいような気がしたのだ。
「お祖母ちゃんは昔、言ってくれました。
『柚月は自由に生きなさい』と
私にはそれが、お祖母ちゃん自身の夢だったのではないかと思うのです」
何にも縛られず、軽やかにしなやかに生きていきたい。
だが、村の因習がそれを許さなかった。
「私はそれを、叶えてあげたい」
静かに聞いていた惣一は、ふわりと微笑んだ。
「ふうん、君らしいね」
そして、空を見上げ、憂いを帯びた表情で言った。
「そして、羨ましいな」
「え…?」
「柚月はきっと、東京に帰って、色んなものを見て、経験して僕のことなんかすぐに忘れちゃうんだろうな」
柚月はふい、とそっぽを向く。
そして、ぼそりと呟いた。
「あなたのことは、忘れたくても忘れられませんよ」
「そうかなぁ?
おしゃれなお店でスイーツでも食べたらすぐ忘れるよ。幸せそうな顔でさ」
「…人を食いしん坊みたいに言わないでください」
柚月は不満げに惣一を半眼で見る。
くすりと惣一が笑う。
「なんで?それでこそ柚月だ」
ふいに――
惣一の手が、柚月の髪に触れた。
「そういうところ、僕は好きだよ」
驚くより早く、彼の指先が黒髪をそっとすくい上げる。
光を吸うような黒い髪が、惣一の指の中で揺れた。
「僕も君と一緒に行けたらいいのに」
毛先に、ゆっくりと唇が触れた。
触れるか触れないかというくらい優しく。
顔が熱くなるのを感じた。
柚月の心臓が、跳ねた。
視線と視線が絡み合う。
惣一は、茶化さない。
いつもの笑顔ではなく、どこか挑発的な目で柚月を見ていた。
そして、目を細めて――
「君が自由になるのを手伝うよ。
だからいつか、僕に東京を案内して。
――僕が君にしたみたいに」
ゆっくりと指をほどくと、なめらかな髪はするりと惣一の指から離れた。
柚月は返事をすることも忘れ、大きな目を見開いて、惣一を見ることしかできなかった。
惣一はしばらく柚月の顔をうかがっていたが、
――途端にぷっと吹き出す。
「よかった。顔色が少し良くなったよ
少しは気が紛れたかな?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべていた。
いつもの落ち着いた印象と違い、年相応の少年の笑い方だった。
柚月は、いつもと違う惣一の笑い方に少し驚き、まじまじと見つめた。
だが、すぐにからかわれたのだと気づき、むっとした表情になる。
鼓動はまだ耳元で早鐘を打っていた。
「あなたという人は――」
「ごめんごめん。
ねえ、また集会所に戻るんだろ?」
「ええ、そうですけど…」
柚月は首を傾げた。
何故そんなことを聞くのだろうか。
「なら、僕も一緒についていこうかな」
惣一はあっけらかんとした様子で、そう言った。
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