狐月夜の終わりに

猫山はる

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静かな決意

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竹林の道は、焼け付くような日差しの熱を溜め込んでいた。
生ぬるい風が、肌にまとわりつく。
惣一は無言のまま、少し強引に柚月の手を引いて歩いている。
真っ直ぐ前を向いていて、表情はわからない。
その背中から、いつもの軽快さは消えていた。
彼の白いシャツに、木漏れ日がチカチカと反射している。

「惣一、待ちなさい」
「やだ」

短い言葉。
いつもの惣一らしくない、突き放すような態度。
柚月は一瞬口を閉ざしかけた。
しかし、惣一のペースに巻き込まれてはいけないと言葉を続けた。

「私は一人で大丈夫です。
貴方があそこに行っても嫌な思いをするだけですよ」
「別にいいよ。今さら何とも思ってないから」

竹林をずんずんと前に進む。
柚月は一度、腕を引き戻そうとして――できなかった。
惣一の歩幅に合わせるのが精一杯だった。

足元がもつれそうになり、大きな声が出る。

「惣一!」

その声で、ようやく惣一が振り返る。

「何?」

彼の顔には何の表情も浮かんでいなかった。
柚月は内心面食らいながらも、平静を装いつつ惣一をたしなめる。

「早く歩きすぎです。
危うく転ぶところでした」

「ああ、ごめん」

惣一は、竹林の奥でふいに足を止めた。
強く引かれていた腕が、解放される。

2人の間に、重苦しい沈黙が広がった。


――ミーンミーンミーン
――ジージージー
―――シャワシャワシャワ

蝉の声だけが響く。

「あんなところに顔を出したら、どんな目に合うかわかりませんよ」

惣一の顔に一瞬、影が落ちる。
だが柚月に向き直り、ゆっくりと口を開く。

「ねえ、柚月」

いつもよりも、真剣な声だった。
その顔には、普段の笑みはない。

生暖かい風が2人の間を吹き抜け、笹の葉を揺らした。

――サラサラサラ…

「黒い狐の呪いって、本当にあると思う?」

唐突な問いだった。
切れ長の目には、どこか張りつめたものが混じっている。
柚月は一瞬、言葉に詰まった。
何を意図しているのか、測りかねる。

「……どうして、そんなことを?」


惣一は答えない。
ただ、柚月の顔をじっと見ている。
視線を逸らすことを許されない、奇妙な沈黙。
柚月は小さく息を吸い、首をかしげた。

「あるか、ないかで言えば……」
 少し考えてから、淡々と続ける。

 「玉藻様が目の前に現れた以上、まったく無いとは言い切れませんね」

惣一の眉が、わずかに動いた。
「柚月は怖くないの?」

 声が、ほんの少しだけ硬くなる。
「呪いが自分にも振りかかると思わない?」

柚月は頬に手を当て、考える。
そういえば、惣一の家は黒い狐に呪われているというようなことを、小山内から聞いたような気がする。
真偽のほどはともかく、村人達はそれを理由に、黒崎一家を村八分にしているのだ。
惣一はいつも飄々としていて、気にしていないように見えるが、彼なりに色々と思うところがあるのだろう。

この場をやり過ごすためだけの、優しくて薄っぺらい言葉を、惣一は求めていない気がした。
柚月はふぅ、とため息をついて、

「その可能性もありますね」

と淡々と答える。

惣一の瞳が揺らぐ。
だが、柚月は続けた。

「けど、本当に起こるのかどうかわからないことを怖がっていても、何も始まらないでしょう」

 惣一の目を、しっかりと見つめ返す。

 「あなたがもし黒い狐に呪われていたとしても、あるいはあなた自身が黒い狐だったとしても、私にとっては些細なことです」

同年代にしては、落ち着いていたり、やけに狐伝説に詳しかったり。
柚月も最初、怪しむことはあったが、孤独だった祖母と親しくしてくれたり、美味しいお店に連れ出してくれたり、たまに年相応の笑顔を見せる彼を、どうしても疑いきれなかった。
今は、彼を信じてみてもいいかもしれないと思っている。
惣一が話したがらないことは、別に追及はしなくてもいい。


だから、続く言葉に迷いはなかった。

「惣一は、惣一ですから」

言い切ってから、柚月は惣一の目を覗き込む。
この答えは正解だっただろうか。

惣一は、しばらく黙っていた。

次の瞬間。

「……ふ、ふふ……」

小さく声を漏らし、惣一は俯いた。
肩が、微かに揺れる。

やがて、堪えきれないように笑い出した。

柚月は眉をひそめる。 

「何がおかしいのですか」
「いや、ごめん」

 惣一は目元を押さえながら、息を整える。

 「柚月の肝が据わりすぎて、なんか……可笑しくなってさ」

顔を上げた彼の表情は、
いつもの飄々とした感じとは違っていた。
どこか、力が抜けたような。
たまに見せる、年相応の少年の顔。

「柚月ってさ」
 穏やかな声で言う。

 「見かけによらず、結構男前だよね。」

この男は。
この期に及んで柚月をからかっているのだろうか。

「失礼ですね。花も恥らう乙女に向かって」
「褒めてるんだよ」 

惣一はくすりと笑う。
 「……ありがとう」

その言葉に、柚月はほんの少しだけ頬を緩めた。

「急に変なことを聞いてごめん」

 そう言って、惣一は踵を返す。 

集会所の扉の前に立つと、惣一は一度だけ振り返った。

「行こう」

 にこりと、いつもの胡散臭い笑顔で。
柚月は一瞬迷ったあと、静かに頷く。

――もうどうにでもなれ。

そう腹を括り、
惣一の背中に続いて、扉の中へ足を踏み入れた。

    
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