狐月夜の終わりに

猫山はる

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異端の子

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――ガラッ

集会所の扉を開いた瞬間、二十名ほどの村人の視線が柚月と惣一に突き刺さった。


先ほどまで、がやがやと騒がしいほどだった飲みの席が、しぃんと静まりかえる。

ふたりは無言で、集会所の中へと足を踏み入れた。
数秒、村人たちは誰も口を開かなかったが―

ざわ――

水面に投げ込まれた小石のように、 1人が小声で隣のものに耳打ちすると、それが伝播し、村人たちのひそひそ声が一斉に波打つ。

「……あの子……」

 ひそひそ。

「どうして……」

ひそひそ。

柚月の隣にいる惣一を認めた瞬間、 ざわめきはさらに強くなる。

惣一は、きょとんとした顔で辺りを見回すと、 くすりと笑った。

「あれ――皆さん、今日は僕のこと見えるんですね」

その一言に、 空気が凍りつく。

これまで―― 彼は確かにそこにいたのに、 “いないもの”のように扱われてきた存在だった。

誰も名を呼ばず、 誰も視線を向けず、 誰も「そこにいる」と認めなかった。

それが、今。

普段は皆、惣一が見えない様に振る舞っているため、どうすべきか戸惑っていた。
まるで幽霊見えてしまったかのような、ざわめき。
誰かが―― はっきりと、言った。

「……よりにもよって……」 
ひそひそ。

「……呪いの子だ……」 
ひそひそ。

「黒い狐の……」
ひそひそ。

その言葉は、 ひそひそと、しかし確実に―― 毒のように広がっていく。
ねっとりとした悪意が、惣一を侵食していくようだった。

見ていられない。
柚月は、ため息をつき、一歩前に出た。
そして、ちらりと惣一を見て言った。

「この方――黒崎惣一さんは、生前の祖母と親しくしてくださっていました。
本日はぜひ、祖母の五十日祭に参加していただきたく、私の一存でお越しいただきました。」

その声は、 ざわめきを切り裂くほど、 静かで、はっきりとしていた。

「皆さんのお邪魔にはならないようにいたしますので、どうか――」

小山内が柚月の前に出てくる。
その目は明らかに怒気を孕んでいた。

「柚月さん、お戯れはやめてください。
勝手をされては困ります」

いつもは柔和な口調だが、今回ばかりは語気が強い。
だが、小山内の言葉に、柚月も微かに眉をひそめた。

(――勝手?)

「私の、家族のことでしょう?」
柚月は一歩も引かずに言い返す。

「ですが、これは村の祭りでもあるのですよ。
柚月さんにはわからないでしょうけど――」

そう言われるだろうとは思っていた。
確かに柚月は、この村で過ごすことは少なかった。

――しかし。

「……私は、白い狐の血を継いでいるのでしょう?」

柚月は喉がカラカラになりながらも、言葉を紡ぐ。
こんなとき、表情の変化に乏しい自分の顔はありがたかった。
大人と言い争うことに、柚月が緊張しているなどとは誰も思うまい。

すました顔で、心にもないことでも、何でも言ってやる。
せめて、できるだけ胸を張って。

「だとすれば―――、
私の言葉は、白い狐の言葉。
私の意思は、白い狐の意思」

小山内と村人たちが、息を呑む。
柚月はそんな彼らを、真っ直ぐに見つめた。

「なら――」

惣一ですら、驚いた顔をしている。
きっと柚月がこんなことを言い出すとは、思いもしなかったのだろう。
それが少し面白くて、続く言葉を言うのに抵抗がなくなった。

「この場所に、この少年を連れてきたのは、白い狐の意思です」

小山内の目を見て、一言一句、はっきりと。


柚月自身もわかっていた。
こんなのは口から出任せだ。
現に、白い狐張本人である玉藻は、横目でこちらを伺いつつも、我関せずと宴の食べ物を食い漁っている。

だが、小山内には効いたようだ。
 顔が引きつる。

「な、何を……白いお狐様の血を引く巫女が……」

柚月は、静かに続けた。

「私が、惣一がこの場に留まることを許します。」


小山内はしばらく何かを言おうとしていたが、やがて諦めたようにため息をつき、

「柚月さんがおっしゃるならそうしましょう」
と言った。

村人たちは皆、口を閉ざす。

しかし、誰ひとり納得いっていない表情だった。
数多のじっとりとした視線が、柚月と惣一を睨みつけていた。


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