狐月夜の終わりに

猫山はる

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巫女神楽

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柚月と惣一の登場で、一度はざわついたものの、五十日祭はつつがなく進んだ。
だが、集会所に戻ってからの空気は、柚月にとって針のむしろだった。

小山内に通された席で、柚月と惣一は並んで座る。
親族である柚月の席は、最前列。

それが村人達の下卑た視線と噂話に拍車をかけてしまった。

祭りの進行中にもかかわらず、色々な所でひそひそと話す声が聞こえる。

「きっとあいつが、柚月さんを誑かしたんだ」

ひそひそ。

「そういえばあのふたり、最近よく一緒にいるわ…」

ひそひそ。

「やだ、いやらしい」

ひそひそ。


見えない黒い手に、喉元を緩く締め付けられているような、そんな息苦しさ。

惣一は、ずっとこんな場所で、こんな視線の中で、生きてきたのだろうか。


「…ごめん、柚月。君まで悪く言われて」

惣一は、小さく笑ってそう言った。
いつもと同じ笑顔のはずなのに、どこかやるせなさを感じ、柚月の胸はじくりと痛んだ。

柚月は、一度息を吸ってから、小さく首を振った。

「惣一は、何も悪くありませんよ」


***

柚月は、席を立つ。
――そろそろ時間だ。


祭りの終盤、巫女が狐に舞を捧げる。
去年までは祖母の役目だったが、今年からは柚月が担うことになっていた。
とはいえ、村人からだいぶ不況を買ったので、誰も柚月の舞を観たいとは思っていないだろうが。

舞台袖から、神楽の舞台へ。

村人達は不満気な表情を隠しもせず、品定めするような視線で柚月を出迎えた。


集会所の隅で寝っ転がっていた玉藻が、ちらりと柚月を見て尻尾を揺らす。


柚月は、舞台の真ん中に立ち、すっと顔をあげた。

――その姿を見るや、皆が息を呑む。

誰も、舞台の上の柚月から、目を逸らせなかった。

緋袴ひばかま白衣はくえに千早。
長い黒髪は水引でまとめ、頭には天冠と花かんざしを挿している。
両の手には榊と鈴を持ち、
白いかんばせの目尻には朱を、唇には紅をひいていた。

その姿は、ぞっとするほど美しく、この世のものではないようだった。

男達の視線が、絡みつくようなものに変わる。
柚月の嫌いな視線だ。

それを振り払い、清めるように、柚月は舞った。

―――シャララララララ、ラン

澄んだ鈴の音が響く。
柚月が動くたび、白と緋がゆっくりと揺れる。

誰も喋らない。
咳ひとつ、衣擦れひとつ、聞こえない。


笛の演奏が始まり、太鼓が鳴る。
続いて、小山内の祝詞の声が重なった。
柚月はそれに合わせて鈴を鳴らす。



――シャン、シャン

(お祖母ちゃん)

この舞も、祖母に教えてもらったことを思い出す。

『なんで、巫女さんは踊るの?』
『神様に舞を捧げて、楽しんでもらうことで、その体に降りてきてもらえるようになるのですよ。』

温かくて、優しい声。

―――お祖母ちゃん、見ていますか?

柚月は祖母への想いを込めて舞う。

祖母の魂がもうここになくても、それでもこの瞬間だけは、戻ってきてくれている気がして、柚月は周囲を見渡した。
けれど、どこにもいなかった。

名残惜しく観覧席を見つめる。

――ふと、惣一と目が合った。

惣一は、ほんの一瞬目を見開き、
口元を隠して、目を伏せた。

(…?)

柚月は深く考えず、舞に意識を戻す。
巫女舞は終盤だ。

いつの間にか、ひそひそ声は止んでいた。

袖で顔を隠し、その隙間から客席を覗く。

――すると。

玉藻がいない。

白いものが視界を横切る。

気づいた瞬間、玉藻は柚月の目の前にいた。



「――え…」


ことり、と足元に座り、
次の瞬間、すうっと溶けるように柚月の体へ吸い込まれる。



―――リィン



鈴の音が、異質な響きに変わった。
澄んで、冷たく、張り詰めた音。

ぴくり、と緊張が走った。

柚月の舞が止まる。


袖に隠れていた柚月の顔が、ゆっくりと現れる。

そこにあったのは、
慈愛に満ちた、穏やかな微笑み。

普段の柚月からは、想像ができない表情だった。
紅い唇が言葉を紡ぐ。


『――愚かで可愛い人の子たち。』


静かなのに、頭の中に直接響くような声音。
透き通っていて、全てを包み込むような。


――瞬間。
その場にいた誰もが理解した。


人ならざるものが憑依したのだ、と。
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