おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百三十話】厨房の聖域と、料理人の涙

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『開かない瓶の蓋』という名の、凝り固まった常識。それを、俺が科学という名の鍵でいとも容易く開けてみせたあの日から、孤児院の料理長マーサの態度は、明らかに変わっていた。
彼女の瞳から、俺を試すような挑戦的な光は消え、代わりに、未知の知識を前にした職人としての、純粋な好奇心と、ほんの少しの戸惑いが浮かんでいる。

その日の朝、俺は最初の生徒たちを、聖域の心臓部…俺の工房兼厨房へと招き入れた。
「マーサさん、エリアスさん。今日から、本格的な授業を始めます。最初のテーマは、『厨房という名の戦場を、聖域に変える方法』です」
俺の言葉に、二人は息をのむ。彼らが足を踏み入れた工房は、およそ厨房とは思えぬほど、静かで、清潔で、そして機能的な光に満ちていたからだ。

壁には、マグネットホルダーに並んだ包丁が、まるで騎士の剣のように整然と輝き、ワイヤーネットには、鍋やフライパンが、その出番を静かに待つ兵士のように、機能的に吊るされている。床には余計なものは一切なく、水道橋から引かれた清らかな水が、常に清潔な環境を保っていた。

「…これが、厨房…だと…?」
マーサが、呆然と呟いた。彼女の知る孤児院の厨房は、薄暗く、湿気がこもり、限られたスペースに物が溢れかえる、混沌とした戦場そのものだった。

「マーサさん。最高の料理は、最高の環境から生まれます。まず、あなたの戦場が抱える問題点を、教えてください」
俺に促され、彼女は、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
湿気で根菜はすぐに芽吹き、粉物は虫に食われる。調理器具は棚の奥に押し込まれ、取り出すだけで一苦労。そして何より、限られた予算と時間の中で、数十人分の食事を作るための、終わりのない重労働…。
その、あまりにも切実な嘆き。それは、前世で俺が何度も聞いてきた、現場の料理人たちの、魂の叫びそのものだった。

「分かりました。その戦、今日で終わりにしましょう」
俺は、まず、湿気と害虫の問題を解決する。
「敵は、湿気だけではありません。食材が放つ『匂い』が、虫たちを呼び寄せるんです」

**ポンッ!ポンッ!**
【創造力:37/150 → 12/150】

俺は、Bランクの『タンクタイプの除湿剤』と、Dランクの『密閉式の保存容器』を数個セットで召喚した。コストは称号『クラフトマスター』の効果もあって合わせて25。

「この魔法の石が空気中の湿気を喰らい、この箱が匂いを完全に封じ込めます。これだけで、食材の寿命は、数倍に延びますよ」
その、あまりにも単純で、しかし完璧な解決策に、役人であるエリアスが目を見開いた。
「な…!これほどの効果を持つ道具が、それしきの魔力(コスト)で…!?王都の御用達商人が納める高価な乾燥剤は、一体…!」
彼の常識が、100均の圧倒的なコストパフォーマンスの前に、音を立てて崩れていく。

次に、調理の効率化だ。
「マーサさん、孤児院で一番時間がかかる作業は、何ですか?」
「…それは、野菜の皮むきと、みじん切りさね。あれだけで、日がな一日潰れてしまうよ」
その答えに、俺は静かに頷いた。そして、この世界の調理文化に、革命をもたらす二人の小さな英雄を召喚する。

**ポンッ!ポンッ!**
【創造力:12/150 → 8/150】

Eランクの『ステンレス製のピーラー』と、Dランクの『ハンドル式のフードカッター』。コストは合わせて4。
俺は、ゴツゴツとしたじゃがいもを手に取り、ピーラーの刃を当てる。シュッ、シュルシュルシュル…!これまでナイフで分厚く削いでいた皮が、まるで絹の布のように、薄く、滑らかに剥けていく。

「な…!?皮だけが…魔法のように…!?」
マーサが、自分の目を疑うように、その光景を凝視している。
次に、皮を剥いた野菜をフードカッターに入れ、ハンドルを数回引くだけで、数秒後には、完璧なみじん切りが完成していた。
その、あまりにも圧倒的な時間の短縮。マーsaは、その二つの小さな道具を、震える手で受け取った。彼女の脳裏に、これまで、その無駄な作業に費やしてきた、数え切れないほどの時間と、労力が、走馬灯のように駆け巡っていた。
その横で、フードカッターの「ビュンビュン!」という音が面白かったのか、シラタマが、ハンドルを引く俺の腕にじゃれつき、作業の邪魔(という名の応援)をしてくれていた。

その日の授業の集大成。俺は、生徒たちと共に、孤児院の子供たちが大好きな、しかし手間がかかるため、めったに作れないという一皿に挑戦した。
それは、ひき肉と、たっぷりの野菜を煮込んだ**『特製ミートソースパスタ』**だった。

ピーラーとフードカッターのおかげで、野菜の下ごしらえは、あっという間に終わる。俺が聖域のトマトで作った特製ソースをベースに、マーサが、長年の経験で培った愛情という名の隠し味を加えていく。
そして、パスタを茹でる、その時。ついに、この聖域の心臓部が、その真価を発揮する。
「リディアさん、お願いします!」
俺の合図で、リディアが、工房の隣にある『自動粉挽き所』のレバーを引く。水車の力が、歯車とチェーンを介して石臼を回し、ウィーン…という音と共に、挽きたての小麦粉が、シルクの滝のように流れ出してきた。その、あまりにも文明的で、力強い光景に、マーサとエリアスは、ただただ立ち尽くすしかなかった。
その、挽きたての粉で作った生パスタの味は、言うまでもない。

夕食の食卓。一同は、完成したミートソースパスタを、翡翠の器で味わっていた。
その、あまりにも深く、そして優しい味わいに、誰もが言葉を失う。
やがて、マーサが、静かにフォークを置いた。その目には、大粒の涙が、静かに、しかし、とめどなく溢れていた。
「…どうしました、マーサさん?」
俺の問いに、彼女は、涙を拭うこともせず、震える声で答えた。
「…嬉しいんだよ。こんなに美味しいものが作れたことがじゃない。…この料理が、たったこれだけの時間で出来てしまったことが…嬉しくてね」
彼女は、窓の外の、沈みゆく夕日を見つめる。
「…これなら、私にも、時間ができる。あの子たちの話を、もっと聞いてやれる時間が。怪我をした子の、膝をさすってやれる時間が…。私は、料理人である前に、あの子たちの、母親でいたかったんだ…」
それは、一人の料理人が、長年の重労働という名の呪縛から解き放たれ、本当にやりたかったことを、再びその手に取り戻した、魂の涙だった。
その、あまりにも温かい光景を、騎士セラフィナは、ただ静かに見つめていた。
彼女は、この聖域が持つ力の本当の意味を、今、確かに理解した。
それは、国を富ませる産業革命ではない。ただ、名もなき一人の料理人に、子供の手を握ってやるための『時間』を贈る、どこまでも優しく、そして、何よりも尊い革命なのだと。
彼女は、王都へ送る報告書の、最初の見出しを、心の中で、静かに決めるのだった。
『――ここに、王国が学ぶべき、真の豊かさあり』と。
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