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【第百三十二話】孤児院の小さな太陽と、机上の革命
しおりを挟む『生きているパン』がもたらした感動は、一夜明けてもなお、マーサとエリアスの心に温かい余韻として残っていた。聖域での学びは、単なる調理技術の習得ではない。それは、凝り固まった常識を破壊し、新しい価値観を創造する、魂の錬金術なのだと、二人は確信し始めていた。
その日の授業は、工房ではなく、母屋のダイニングテーブルで始まった。
「マーサさん、エリアスさん。最高の食事を作るには、最高の『計画』が必要です」
俺は、孤児院の子供たちの、一週間の献立作りを提案した。役人であるエリアスが、栄養バランスと予算を計算し、料理長であるマーサが、調理の効率と子供たちの好みを反映させる。二人の専門知識を融合させる、初めての共同作業だ。
だが、すぐに壁にぶつかった。
「むぅ…計算上は完璧なのだが、これでは食材の種類が多すぎて、仕入れも調理も追いつかん…」
エリアスが、羊皮紙に書き連ねた理想の献立を前に、頭を抱える。マーサも「これだけの品数を、あの厨房で一人で作るのは不可能だよ」と、深く溜息をついた。
その、あまりにも現実的な壁。俺は、静かに頷いた。
「ええ。だからこそ、俺たちの聖域には『知恵』があるんです。今日は、皆さんの仕事を、半分以下にする魔法を教えましょう」
俺が提案したのは、**『下ごしらえの効率化』と『半調理品(キット)化』**という、現代の集団調理の根幹を成す革命だった。
「一週間分の献立を、先に決めてしまうんです。そうすれば、例えば、今日使う玉ねぎを刻むついでに、明後日のスープに使う分まで、一緒に刻んでしまえる。この、ほんの少しの『先読み』が、日々の労働を劇的に減らすんですよ」
その、あまりにも単純で、しかし誰も思いつかなかった発想の転換。エリアスは、まるで天啓を得たかのように、目を見開いた。
「な…!作業の最適化…だと…!?なぜ、今まで誰もこの可能性に気づかなかったのだ…!」
俺は、この革命を、さらに加速させるための道具を召喚する。
**ポンッ!**
【創造力:150/150 → 145/150】
※創造力は睡眠により全回復
Dランクの保存容器、『タッパー(大小様々なサイズセット)』。コストは5。
「刻んだ野菜は、こうして種類ごとに分けて保存しておけば、いつでもすぐに使えます。料理は、戦場での判断力と同じ。いかに素早く、正確な一手を打てるかが勝負なんですよ」
その、あまりにも機能的で美しい『下ごしらえキット』の光景に、マーサは言葉を失っていた。
そして、俺は、この日の授業の、最後の、そして最強の切り札を召喚した。
100円ショップの文房具コーナーの片隅に、しかし確実に存在する、事務作業の英雄。
**ポンッ!**
【創造力:145/150 → 143/150】
Eランクの、『複写式伝票(カーボン紙タイプ)』。コストは2。
「ユキ殿…それは、ただの紙切れでは…?」
「いいえ、エリアスさん。これは、あなたの仕事を半分にする、魔法の紙です」
俺は、エリアスが作った献立表と、食材の在庫管理表を重ね、その間に、黒いカーボン紙を挟む。そして、彼が献立で使った食材の数を、在庫表から引き算するように、上から羽根ペンで書き込んでいく。
書き終えて、上の紙をめくると、どうだ。
下の在庫管理表にも、全く同じ筆跡が、くっきりと写っているではないか。
「ば、馬鹿な…!?一度書くだけで、二つの書類が同時に完成するなど…!これさえあれば、毎夜、蝋燭の灯りの下で、帳簿を二度書きする悪夢から…!」
役人である彼にとって、それは、どんな魔法よりも奇跡的な光景だった。そのあまりの衝撃に、彼は椅子から崩れ落ち、その場にへたり込んでしまった。
この、あまりにも地味で、しかしあまりにも劇的な革命の最中、仲間たちの愛らしい活躍があった。
俺がタッパーの蓋をパチパチと閉めていると、その小気味よい音が気に入ったのか、シラタマが、自分も手伝うとばかりに、その巨大な前足で蓋をバン!と叩きつけ、中身の刻み野菜を少しだけ潰してしまった。リディアに「こら!」と叱られ、「キュゥン…」と反省のポーズを見せる。最高の癒やしだ。
そして、エリアスがカーボン紙の奇跡に打ち震えていると、いつの間にか現れたつちのこが、彼の足元に、一本の、インクが自然に湧き出る不思議な植物の茎を、そっと置いてくれた。神様からの、最高の『万年筆』のプレゼントだった。
その日の午後。俺たちは、完成した『下ごしらえキット』と、完璧な『献立・在庫連動管理表』を手に、工房に立っていた。
マーサとエリアスの動きは、昨日までとはまるで違う。無駄がなく、流れるようで、そして、どこまでも楽しそうだ。
彼らは、ただ料理を作っているのではない。自分たちの手で、未来の『時間』と『笑顔』を、今、確かに生み出しているのだ。
その、どこまでも温かい光景を、騎士セラフィナは、工房の入り口から、ただ静かに見つめていた。
(…恐るべき男。彼は、食料を与え、道具を与え、そして、ついに『システム』そのものを与え始めた。これは、もはや一孤児院の改革ではない。王国の行政そのものを、根底から覆しかねない、静かなる、しかしあまりにも偉大な革命だ…)
彼女は、王都へ送る報告書の、震える手で、最後の一文を書き加えることを、心に決めた。
『――この男の知恵は、王国にとって『劇薬』である。我らは、その力を正しく導く覚悟を、今、問われている』と。
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