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【第百三十三話】聖域の卒業式と、小さな紋章
しおりを挟む聖域での学びの日々は、瞬く間に過ぎていった。
マーサとエリアスは、まるで乾いた砂が水を吸うように、俺の知識を吸収していく。厨房の革命、食材管理の最適化、そして、献立作りのシステム化。彼らは、もはやただの生徒ではなかった。この聖域の知恵を、王都の未来へと繋ぐ、最初の、そして最高の『使者』へと成長していた。
その日の朝、俺は、ついに最後の授業を始めることを告げた。
「マーサさん、エリアスさん。今日が、皆さんの卒業試験です」
俺が最後の課題として選んだのは、これまでの学びの全てを結集させた、**『孤児院の子供たちのための、一週間分の献主食表と、それに連動した調理キットの完全なプランニング』**だった。
ダイニングテーブルの上には、羊皮紙と、トーマスが置いていったシャープペンシル、そして、俺たちが作った様々な大きさのタッパーが並べられている。それは、彼らがこれから挑む、未来を創造するための、武器であり、羅針盤だった。
「ユキ殿は、手伝わんのか?」
リディアの問いに、俺は静かに首を横に振った。
「俺が答えを教えてしまっては、意味がありません。彼ら自身の力で、自分たちのための『答え』を見つけ出す。それが、本当の卒業ですから」
二人の、静かで、しかし熱い戦いが始まった。
エリアスが、栄養価と予算、そして食材の在庫を睨みながら、羊皮紙の上に緻密な数字の迷宮を組み上げていく。その横で、マーサが、子供たちの笑顔を思い浮かべながら、調理の順番と、下ごしらえの組み合わせを、長年の経験から導き出していく。
「エリアス、その献立では、金曜日に根菜が集中しすぎる。皮むきの手間を考えろ!」
「ですがマーサさん、栄養価の観点からは、この組み合わせが最適なのです!それに、皮むきはピーラーがあれば…!」
「馬鹿者!道具に頼り切るな!お前のその頭で、もっと最適な手順を考え出すんだ!」
二人の間には、もはや遠慮や戸惑いはない。最高の未来を創造するための、職人同士の、真剣な、そしてどこまでも温かいぶつかり合い。その光景を、俺は、我が子の成長を見守る親のような、誇らしい気持ちで眺めていた。
この、聖域初の卒業試験。仲間たちも、それぞれの形で、その門出を祝っていた。
俺が、二人のために温かい珈琲を淹れていると、シラタマが、どこからか、お気に入りの、一番大きくて甘い木の実を一つ、大切そうに運んできた。そして、それを、悩めるエリアスの足元に、そっと置く。まるで、「これを食べて、元気を出せ」とでも言うように。その、あまりにも健気な優しさに、エリアスの眉間の皺が、ふっと和らいだ。
そして、マーサが、どうしても献立の彩りに悩んでいた、その時。温室から、つちのこが、てちてちとやってきた。そして、彼女の羊皮紙の上に、一輪の、決して枯れることのない、太陽のように鮮やかなオレンジ色の花を、ぽん、と咲かせてくれたのだ。それは、「彩りなら、これを使いなさい」という、神様からの、最高のヒントだった。
数時間にわたる格闘の末、ついに、彼らの答えが完成した。
羊皮紙の上には、栄養、予算、効率、そして何より、子供たちの笑顔を想う『愛情』という名のスパイスが完璧に調和した、世界でたった一つの献立表が描かれていた。
俺は、その完璧な計画書に、静かに目を通すと、最高の笑顔で頷いた。
「…合格です。お二人とも、ご卒業、おめでとうございます」
その日の夜は、聖域で最も盛大な祝宴となった。
主役は、卒業生であるマーサとエリアスが、自分たちの立てた計画書通りに作り上げた、孤児院の未来の食事そのものだった。
その、どこまでも温かく、優しい味わいに、騎士セラフィナでさえ、その氷の仮面を外し、心からの笑顔で、拍手を送っていた。
旅立ちの朝。
俺は、二人に、卒業証書の代わりとなる、最後の贈り物を渡した。
それは、俺が数日かけて、夜なべして彫り上げた、二つの小さな『木彫りの紋章』だった。
一つは、マーサのための、温かいスープが盛られたお玉の紋章。もう一つは、エリアスのための、ペンと天秤が組み合わさった紋章。
そして、その二つの紋章には、聖域の仲間たちの祝福が込められていた。
**ポンッ!**
【創造力:150/150 → 148/150】
※創造力は睡眠により全回復
俺は、Eランクの『瞬間接着剤』を召喚。コストは2。
リディアが、自分の鎧から削り出した、ほんの小さな銀の欠片を、お玉の紋章に。シラタマが、自分の体から抜け落ちた、一本の、純白の毛を、ペンの紋章に。そして、つちのこが、決して枯れない双葉を、それぞれの紋章の隅に。
それらを、俺が接着剤で固め、ニスで仕上げる。
それは、もはやただの木彫りではない。聖域の仲間、全員の魂が込められた、世界でたった一つの、温かいお守りだった。
マーサとエリアスは、そのあまりにも温かい贈り物を、涙を浮かべて受け取った。
セラフィナに護衛され、彼らは、春の光が満ちる森の奥へと、去っていく。その背中は、この聖域に来た時とは比べ物にならないほど、大きく、力強く、そして、希望に満ちていた。
彼らを見送りながら、リディアは、誇らしげに、そして満足げに呟いた。
「…ユキ殿。我らの聖域は、ついに、人を育て、未来へと送り出す、『学び舎』にまでなったのだな」
その言葉に、俺は、最高の笑顔で頷いた。
俺たちの、ほんのささやかなお節介。それが、今、二人の卒業生の胸の中で、温かい紋章となり、王都の、名もなき子供たちの未来を、きっと、明るく照らし出すだろう。
春の風が、彼らの旅立ちを祝福するかのように、聖域の木々を、優しく、優しく揺らしていた。
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