おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百三十四話】静寂の代償と、音楽の処方箋

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聖域に最初の生徒たちを送り出してから、数週間が過ぎた。
森は春から初夏へと装いを変え、木々の緑は日に日にその深さを増し、シラタマ農園では、力強く育つ野菜たちが、豊かな収穫の近いことを告げていた。水車は休むことなく回り、工房からはリディアが熱中している機織り機の、カタン、トン、という心地よい音が響いてくる。
全てが満ち足りていた。あまりにも、完璧に。
だが、俺は、その完璧な日常の中に、一つの、目には見えない『空白』が生まれていることに、気づいていた。

それは、夕食の後の、暖炉の前での時間だった。
以前なら、マーサの頑固な料理談義や、エリアスの生真-目な質問が、この空間を温かく満たしていたはずだ。だが、今は、ぱちぱちと薪がはぜる音と、時折ページをめくるリディアの衣擦れの音だけが、静寂に吸い込まれていく。
その静寂は、心地よいものではなかった。まるで、大切なピースが抜け落ちてしまったかのような、どこか物寂しい静けさ。

一番正直なのは、シラタマだった。彼は、以前ならリディアの膝の上や俺の足元で満足げに寝息を立てていたのに、最近は、落ち着きなく部屋の中をうろうろとしては、ふと、誰もいない玄関の方をじっと見つめ、「きゅぅん…」と、か細く鼻を鳴らすのだ。まるで、去っていった仲間たちの帰りを、待っているかのように。

「…ユキ殿。少し、静かになりすぎたな」
リディアが、読んでいた本から顔を上げ、ぽつりと呟いた。彼女もまた、同じ『空白』を感じていたのだ。
「ええ。どうやら俺たちは、誰かに何かを教え、その成長を見守るという、新しい『喜び』を知ってしまったみたいですね」
俺は、静かに立ち上がった。
「この寂しさは、ただ時が解決するのを待つものではありません。俺たちの手で、新しい『彩り』で満たすんです」

俺が提案したのは、聖域に、全く新しい文化…本格的な**『音楽』**を根付かせることだった。
以前作った竪琴は、リディアの心の傷を癒やすための、一度きりのもの。今、俺たちが作るべきは、もっと多くの仲間と、共に音を奏で、共に歌うための、アンサンブルを生み出す楽器だ。
「音楽は、寂しさを埋める、最高の処方箋なんですよ」

俺は、この聖域初のオーケストラを結成するため、100均の知恵を総動員する。
まず、リズムの心臓部となる、打楽器からだ。

**ポンッ!ポンッ!**
【創造力:150/150 → 135/150】
※創造力は睡眠により全回復

俺が召喚したのは、Dランクの園芸用品『ミニプランター(素焼き)』と、Cランクの調理器具『ステンレス製の計量スプーンセット』。コストは合わせて15。
プランターの底にヤギの皮を張り、小さな太鼓(ボンゴ)を作る。大きさの違う計量スプーンを木の枝に吊るせば、キラキラと澄んだ音を奏でる、即席のウィンドチャイムだ。
その、あまりにも意外な材料から生まれる、どこまでも楽しげな音に、リディアの表情がふっと和らいだ。

次に、メロディを奏でるための、管楽器。

**ポンッ!**
【創造力:135/150 → 130/150】

Eランクの文房具、『カラフルなストロー』のセット。コストは5。
俺は、太さの違うストローを、長さの順番に並べてテープで固定し、素朴な『パンフルート』を作り上げた。息を吹き込むと、ポー、ポポポ…という、どこまでも優しく、温かい音色が響く。
その音色を、シラタマがいたく気に入ったらしい。彼は、俺が吹くパンフルートの音に合わせて、「あうー、あうー」と、どこか物悲しく、しかし見事なハーモニーを奏で始めたのだ。聖域に、初めての『もふもふコーラス隊』が誕生した瞬間だった。

そして、最後に、俺は、この日のための、とっておきの主役を召喚した。
100円ショップの楽器コーナーの片隅に、しかし確実に存在する、子供たちの英雄。

**ポンッ!**
【創造力:130/150 → 120/150】

Cランクの、『ミニキーボード(鍵盤ハーモニカ)』。コストは10。
蛇腹状のホースから息を吹き込み、鍵盤を押すと、誰でも簡単に、正確な音階を奏でることができる、魔法の楽器。その、あまりにも文明的で、完成された構造に、リディアは息をのんだ。

その日の夜。暖炉の前には、聖域初の『楽団』が結成されていた。
俺がキーボードで主旋律を奏で、リディアがボンゴで、最初はぎこちなく、しかしやがて楽しそうに、力強いリズムを刻む。計量スプーンのチャイムが、風に揺れてキラキラと彩りを添え、そして、シラタマが、魂を込めて遠吠えのコーラスを重ねる。
その、お世辞にも上手いとは言えない、ちぐはぐで、不揃いなアンサンブル。だが、そこには、ただ正しいだけの音楽にはない、確かな『魂の響き』があった。
俺たちは、音を奏でることに夢中になった。寂しさも、物憂げな静寂も、俺たちの生み出す、温かくて、少しだけ間抜けな音楽の中に、綺麗に溶けていく。

演奏が終わり、心地よい疲労感と、満ち足りた静寂が部屋を包む。
リディアは、自分の膝の上に置かれたボンゴを、愛おしそうに、ぽん、と一つ叩いた。
「…ユキ殿。私は、音楽とは、吟遊詩人が一人で奏でるものだと思っていた。だが、違うのだな」
彼女は、俺の顔を見て、最高の笑顔で言った。
「下手でも、不揃いでも、皆で音を重ねるだけで、寂しさは、これほどまでに温かい『喜び』に変わるのか」

その言葉に、俺は、最高の笑顔で頷いた。
俺たちが手に入れたのは、ただの楽器ではない。言葉がなくても、心を一つに繋ぎ、どんな寂しさも温かい喜びに変えてしまう、最高の『対話』の手段。
春の夜風が、俺たちの工房から、まだ見ぬ誰かの元へ、その楽しげな音楽の余韻を、そっと運んでいくような気がした。
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