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【第百三十五話】森の小さな郵便局と、風の便り
しおりを挟む聖域に音楽が生まれてからというもの、俺たちの日常は、また一つ、豊かな彩りを増していた。
昼間は、畑仕事の合間にリディアがボンゴを叩き、それに合わせてシラタマが「あうー」とコーラスを重ねる。その陽気なリズムに誘われてか、農園の野菜たちの育ちが、心なしか良いような気さえした。
だが、その楽しげな音楽は、すぐに新たなる、そして幸福な『悩み』を生み出した。
その日の夕食後、リディアは、俺が作ったパンフルートを手に、少しだけ寂しそうな顔で呟いた。
「…ユキ殿。この音楽の喜びを、ロゼッタのアニカ殿や、親方たちにも分けてやれたなら、彼らはどれほど喜ぶだろうか」
彼女の言葉に、俺は深く頷いた。俺たちの幸福は、もうこの森の中だけで完結するものではなくなっていたのだ。
「それに、マーサ殿たちが、王都で元気にやっているかも気になりますね」
「うむ。手紙の一つでも、送れたなら…」
その、あまりにも当たり前で、しかし、この世界ではあまりにも困難な願い。それが、俺たちの次なる創造の扉を開いた。
「リディアさん。手紙が送れないなら、送れるようにすればいいんです。俺たちの聖域に、『郵便局』を作りましょう」
俺が提案したのは、物理的な手紙の配達ではない。聖域の仲間たちの力を借りた、全く新しい情報伝達システム…**『アニマル・エクスプレス』**の創設だった。
「この森の鳥や、小さな獣たちは、俺たちの仲間です。彼らに、俺たちの『声』を運んでもらうんですよ」
俺は、この画期的な通信網を実現するため、100均の知恵を総動員する。
まず、手紙そのものとなる『通信筒』作りだ。
**ポンッ!**
【創造力:150/150 → 145/150】
※創造力は睡眠により全回復
俺が召喚したのは、Eランクの実験用品、『プラスチック製のミニ試験管(キャップ付き)』。コストは5。
「ユキ殿、その小さなガラスの筒が、手紙に…?」
「ええ。軽くて、防水性も完璧。これなら、小さな鳥の足にも、無理なく括り付けられます」
その、あまりにも合理的で、ミニチュアのような通信手段に、リディアは目を輝かせた。
次に、この小さな運び屋たちに、正確な届け先を教えるための『標』作り。
**ポンッ!ポンッ!**
【創造力:145/150 → 130/150】
Dランクの園芸用品『木製ミニ黒板』と、同じくDランクの『カラフルな油性マーカー』セット。コストは合わせて15。
俺は、ミニ黒板に、届け先である『陽だまりのパン屋』の、不器用ながらも特徴を捉えた絵を描いていく。
「言葉の通じない彼らには、言葉よりも、『絵』と『匂い』で伝えるんです」
俺は、アニカの店で貰ったパンの包装紙の切れ端を、黒板の隅に貼り付けた。
「このパンの匂いを頼りに、この絵の場所まで、この手紙を届けてほしい。そう、彼らに『お願い』するんですよ」
その、動物たちを、ただの道具ではなく、対等な『仲間』として扱う、どこまでも優しい発想。リディアは、その温かさに、深く、深く感動していた。
この、聖域初の通信実験。仲間たちも、それぞれの形で協力してくれた。
俺が、森の小鳥たちのために、栄養満点の餌台を作っていると、シラタマが、どこからか、鳥たちが大好きな、キラキラと輝く木の実を、山のように運んできてくれた。最高の『接待』担当官だ。
そして、俺が書いた手紙を、ミニ試験管に丸めて入れようとした、その時。いつの間にか現れたつちのこが、その手紙の上に、一輪の、決して枯れることのない、小さな勿忘草(わすれなぐさ)の花を、ぽん、と咲かせせてくれたのだ。神様からの、最高の『消印』だった。
全ての準備が整った。
俺は、餌台に集まってきた、一羽の賢そうなコマドリの足に、祝福の消印が押された通信筒を、そっと結びつける。そして、パン屋の絵が描かれた黒板を見せ、その匂いを嗅がせた。
「頼みますよ、小さな郵便屋さん」
俺が、その背中を優しく撫でると、コマドリは一声「チチッ」と鳴き、春の青空へと、力強く羽ばたいていった。
一同は、その小さな黒い点が、空の彼方へと消えていくのを、祈るように、いつまでも見送っていた。
数日後。
ロゼッタの町、『陽だまりのパン屋』。
パンを焼く手を休め、アニカが空を見上げていた。最近、聖域の音楽が、ふと、風に乗って聞こえてくるような気がするのだ。
(…気のせい、だよね。ユキ師匠たち、元気にしているかな…)
彼女が、寂しさを紛らわすように、店の軒先に吊るした餌台に、パン屑を置いた、その時。
一羽のコマドリが、すっと舞い降りてきた。その足には、見慣れない、小さな筒が結ばれている。
彼女が、おそるおそるその筒を開け、中から出てきた羊皮紙を広げた瞬間。
ふわり、と。
そこから、聖域の森の匂いと、決して枯れることのない、小さな勿忘草の花びらが、春の風に舞った。
そして、羊皮紙には、懐かしい師匠の文字で、こう書かれていた。
『――元気ですか?今度、新しい音楽を、聴かせに行きます』
アニカの瞳から、一筋、温かい涙がこぼれ落ちた。
それは、どんな長文の手紙よりも、雄弁に、師匠の優しさと、聖域の温もりを伝える、風の便りだった。
俺たちの聖域と、外の世界を繋ぐ、小さくて、温かい心の郵便局が、今、静かに開局した瞬間だった。
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