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【第百七十二話】薔薇色の町に届く川と、流しそうめんの宴
しおりを挟むその日、薔薇色の町ロゼッタは、絶望という名の灰色の空に覆われていた。
町の心臓であったはずの水車は、まるで巨大な骸のようにその動きを止め、生命線であった川は、か細い流れを残すのみ。パン屋の工房からは人々の心を温めていたはずの香ばしい匂いが消え、レンガ工房の窯の火は落ち、職人たちは日中から安酒場で虚ろな時を過ごしている。人々の顔から笑顔が消え、町全体が、ゆっくりと、しかし確実に死へと向かっている。その重苦しい空気を、誰もが肌で感じていた。
『陽だまりのパン屋』のアニカは、小麦粉のつかない、冷たい店のカウンターに突っ伏し、静かに祈っていた。
(ユキ師匠…どうか…私達の町を、見捨てないで…)
だが、彼女の祈りは、あまりにも無力に思えた。聖域は、ここから遥か遠い森の奥。どんな奇跡を願ったとて、この乾ききった大地に、今すぐ恵みの雨が降るわけではないのだから。
その、時だった。
町の外れで、乾いた川床を眺めていた子供の一人が、空耳を疑った。
ちょろちょろ…
乾いた川床とは違う、町の北側、聖域の森へと続く丘の方から、微かに、しかし確かに聞こえる、水の音。
「…水だ!」
子供の、甲高い声。その一声が、死んだように静まり返っていた町に、小さな、小さな波紋を広げた。一人、また一人と、人々が家から顔を出す。そして、誰もが、信じられないという顔で、丘の方角を見つめた。
丘の斜面を、一本の、キラキラと輝く銀色の筋が、まるで天から遣わされた龍のように、自分たちの町を目指して、まっすぐに伸びてくる。それは、やがて確かなせせらぎとなり、町の干上がった水路へと、勢いよく流れ込んできたのだ!
「水が…!水が来たぞぉぉぉっ!」
誰かの叫び声を合図に、町中から、割れんばかりの歓声が上がった。人々は、新しく生まれた川の流れに駆け寄り、その清らかな水を手にすくい、神に祈るように顔に浴び、子供のように声を上げて泣き、そして笑った。
やがて、その命の水は、沈黙していた水車小屋へとたどり着く。
ギ…ギギギ…
最初は、長い眠りから目を覚ます巨人のように、重々しく。
やがて、ゴトン…ゴトン…と、確かな鼓動を刻み始め、ついには、カラカラカラ…と、町に活気を取り戻す、力強い歌声を、高らかに歌い始めた。
その音を聞いて、パン屋の親方は、レンガ工房の親方は、そして町中の人々が、空を見上げ、森の賢人と、聖域の仲間たちへの、声にならない感謝を、何度も、何度も捧げるのだった。
その頃、聖域では。
俺たちは、数週間にわたる大工事を終え、心地よい疲労感と、そして、やり遂げたという確かな達成感に包まれていた。
「…ユキ殿。我らの川は、無事に、ロゼッタの町までたどり着いただろうか」
リディアが、少しだけ不安そうな顔で、丘の向こうを見つめている。俺たちの手から放たれた水が、今頃どうなっているのか。それを知る術は、まだない。
「大丈夫ですよ。俺たちの『絆』は、必ず届いています」
俺は、そんな仲間たちの労をねぎらい、そして、この歴史的な大事業の完成を祝うため、最高の宴を提案した。
「今日は、この新しい水の流れそのものを味わう、最高の『祭り』にしましょう!」
俺が作るのは、夏の風物詩の王様…**『流しそうめん』**だった。
俺は、工房の裏に生えている、太く、見事な竹を一本切り出すと、愛用の**『折りたたみノコギリ』**で節を抜き、**『鉈(なた)』**で綺麗に真っ二つに割っていく。その断面を、**『紙やすり』**でつるつるに磨き上げれば、最高の麺が滑り降りる、美しい一本の『道』が完成した。
それを、聖域の緩やかな斜面に、リディアが、測量で培った精密さで寸分の狂いもなく設置していく。
ポンッ!
【創造力:133/150 → 123/150】
俺は、この祭りをさらに盛り上げるため、Cランクの調理器具**『卓上コンロ』**と**『カセットボンベ』**を召喚。コストは10。これで、茹でたての麺を、最高のタイミングで流すことができる。
自動粉挽き所で製粉した、最高級の小麦粉で作った、絹糸のように細く、美しいそうめん。それを大鍋で茹で上げ、氷室の冷水で一気に締める。
つけ汁は、もちろん自家製の燻製醤油をベースにした、秘伝の出汁。薬味には、温室で採れたばかりの、清涼感のあるハーブと、ピリリと辛い大根によく似た根菜のおろしを添える。
全ての準備が整った。
「いきますよ!」
俺が、竹の樋の上流から、キラキラと輝くそうめんの束を放つ。
それは、新しく生まれた川の流れに乗って、心地よい音を立てながら、俺たちの元へと滑り降りてきた!
「おお…!麺が、川を泳いでおる…!なんと風流な!」
「キュイ!(待てー!捕まえてやるー!)」
リディアは、そのあまりにも風流で、楽しい光景に、子供のようにはしゃぎ、シラタマは、流れてくる麺を、川魚と勘違いしたのか、前足で捕まえようとしては、空振りを繰り返している。
箸で、すくい上げる。冷たい麺を、香り高いつけ汁にさっとくぐらせ、一気にすする。
つるり、とした喉越し。噛みしめる間もないほどの、軽やかな食感。そして、鼻腔を突き抜ける、小麦と、燻製醤油の、どこまでも豊かな香り。
「う…うまい…!こんなに、楽しくて、美味しい食事が、この世にあったとは…!ユキ殿、私の分まで流れてきてしまうぞ!」
リディアは、騎士の威厳も忘れ、夢中で麺を追いかけていた。
その、どこまでも平和で、笑い声に満ちた宴の、まさに最中。
一羽のコマドリが、空の彼方から、一直線に、俺たちの元へと舞い降りてきた。その足には、小さな、しかし、ずしりと重い何かが結びつけられている。アニカからの、返信だ。
手紙は、喜びと感謝の涙で、滲んでいた。
『――水が、届きました。水車が、回りました。町が、生き返りました。ユキ師匠、あなたは、この町の、私達の救世主です』
そして、手紙に添えられていたのは、一つの、まだ温かいレンガだった。
それは、新しい川の水でこねられ、新しい水車の力で動く工房で焼かれた、記念すべき最初のレンガ。その表面には、誇らしげに、俺たちの紋章…『もふもふの白熊と、聖なる剣』が刻まれていた。
その、あまりにも温かい贈り物を手に、一同は、言葉にならない感動に包まれた。
だが、俺は、手紙の最後に書き加えられた、小さな追伸の文字を見逃さなかった。
『追伸:一つ、奇妙なことが。川が干上がったあの日、王都から来たという商人が、町の長に、古い川の利水権を破格の安値で買い叩こうと持ちかけていました。新しい川が来たのを見て、悔しそうに舌打ちして帰っていきましたが…』
その一文を読んだ瞬間、俺の背筋を、冷たいものが走った。
(…そういうことか。マルス子爵の狙いは、俺たちを聖域から誘き出す陽動だけじゃなかった。同時に、ロゼッタの町の命綱そのものを、合法的に、そして経済的に支配し、奴隷同然にしようとしていたんだ…!)
俺は、手の中の、温かいレンガを、強く、強く握りしめた。
俺たちが打ち破ったのは、ただの物理的な堰ではない。罪なき人々を、貧困と絶望で縛り付けようとする、冷徹で、巨大な『悪意』そのものだったのだ。
リディアは、俺の表情の変化に気づき、静かに、しかし鋭く尋ねた。
「ユキ殿…何か、あったのですか?」
俺は、静かに頷くと、新しい、そしてより深く、狡猾な戦いの始まりを、仲間たちに告げるのだった。
***
いつもお読みいただきありがとうございます!
聖域の奇跡は、ロゼッタの町を救いました。しかし、その裏で、マルス子爵の、より狡猾な策略が明らかになります。物語は、ただの善悪の対決ではない、経済と、人の心を巡る、深い戦いへと突入していきます。次回の展開に、どうぞご期待ください!
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