おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

はぶさん

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【第百七十三話】聖域ブランドと、おゆまるの生産革命

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俺たちが手にした、温かいレンガに刻まれた感謝の紋章。それは、ロゼッタの町の再生の証であると同時に、マルス子爵の、より深く、そして狡猾な悪意を俺たちに突きつける、戦いの号砲でもあった。
『――同時に、ロゼッタの町の命綱そのものを、合法的に、そして経済的に支配し、奴隷同然にしようとしていたんだ…!』

アニカの手紙に記されていた、その冷徹な策略の全貌。それは、これまでの物理的な脅威とは全く質の違う、人の心と生活そのものを支配しようとする、底知れない悪意だった。
流しそうめんの宴が終わった後の、静かな夜。ダイニングテーブルを囲む空気は、祝祭の余韻ではなく、静かなる怒りと、確かな決意で満ちていた。

「許せん…!」
リディアが、テーブルを叩き割らんばかりの勢いで拳を握りしめる。
「武力で民を脅かすだけでなく、その生活の糧を奪い、経済という名の鎖で魂までをも縛り付けようとするとは…!彼奴こそ、王国にはびこる真の『病巣』だ!ユキ殿、もはや躊躇は無用!直ちに兵(?)を挙げ、かの堰を破壊し、子爵の喉元に我が剣の正義を叩き込んでくれる!」

「落ち着いてください、リディアさん。力で堰を破壊すれば、向こうの思う壺です。彼は、俺たちをこの聖域から引きずり出し、彼が得意とする『暴力』と『法』の土俵で戦わせたいんですよ」
俺は、激昂する彼女を静かに制した。そして、広げられた地図の上で、冷え切っていたはずの瞳に、静かな、しかし確かな闘志の炎を宿して言った。
「ええ。だからこそ、俺たちはもう、彼からの攻撃を待つ『守り』の戦いをやめます。こちらから、仕掛けるんです。彼が最も価値を置き、最も得意とする土俵…『経済』という名の戦場でね」

守りから、攻めへ。聖域の、歴史的な方針転換の瞬間だった。
俺が提案したのは、聖域の産品を本格的にブランド化し、王都の市場に戦略的に流通させる**『聖域ブランド設立プロジェクト』**だった。
「マルス子爵のような悪徳貴族が支配する旧来の経済圏に、俺たちの『本物』を叩きつけるんです。品質と、信頼と、そして何より、俺たちの『物語』で。聖域の産品が王都で圧倒的な評価を得れば、聖域の不可侵性は、法や武力ではなく、王都の民自身の『渇望』によって守られることになる。そして、そこで得られた利益で、ロゼッタの町のような、子爵の圧政に苦しむ人々を、今度は俺たちの手で救うんです」

富で、富を制する。その、あまりにも大胆で、しかしどこまでも俺たちらしい反撃の狼煙。リディアは、「…ユキ殿、あなたはついに商人としても、天下を獲るつもりか…!」と、驚きと期待に満ちた声を上げた。

プロジェクトの最初の主力商品は、王都で既に熱狂的なファン(という名の戦争)を生み出している、**『聖域のガラス宝石(UVレジンアクセサリー)』**に決定した。
だが、課題は明らかだった。これまでの、一つ一つ手作業での少量生産では、市場という名の戦場では戦えない。『量産体制』の構築こそが、この経済戦争の勝敗を分ける。
俺は、この生産革命を実現するため、100均の知恵が詰まった、二つの魔法を発動させた。
まず、アクセサリーの原型となる『型』の量産だ。

ポンッ!ポンッ!
【創造力:150/150 → 143/150】
※創造力は睡眠により全回復
俺が召喚したのは、Dランクの工作用品**『おゆまる(熱で柔らかくなるプラスチック粘土)』**と、Eランクの**『デコパーツ(ネイル用など)』**。コストは合わせて7。

「ユキ殿、それは…子供の粘土遊びの道具では…?」
「ええ。ですが、これは最高の『母型』になるんですよ。一つの芸術品を、千の兵士へと変える、魔法の粘土です」
俺は、お湯で柔らかくした「おゆまる」に、キラキラと輝く星や花の形のデコパーツを押し付け、冷水で一気に冷やして固める。すると、寸分の狂いもない、完璧な鋳型が、いとも簡単に完成した。これを何十個も作ることで、一度に大量のアクセサリーを成形できるのだ。

次に、生産速度のボトルネックである、硬化時間。
「太陽光だけでは、天候と時間に左右されすぎます。俺たちの手で、小さな『太陽』そのものを作り出すんです。二十四時間、決して沈むことのない、人工の太陽を」
俺は、内側を反射材で覆った木箱の中に、一つの文明の光を灯した。

ポンッ!
【創造力:143/150 → 128/150】
Cランクの**『ブラックライト(LEDタイプ)』**。コストは15。
箱の内側に**『アルミホイル』**を貼り付けて光を乱反射させ、効率よく紫外線を照射する**『UVライトボックス』**。その、あまりにも科学的で、工房レベルから工場レベルへと生産体制を飛躍させる圧倒的な技術革新の光景に、リディアは言葉を失っていた。

この、聖域初の『工場』稼働。仲間たちの愛らしい活躍があった。
繊細なアクセサリー作りにもすっかり慣れたリディアは、持ち前の驚異的な集中力で、驚異的な速さでパーツを組み立てていく。その姿は、もはやただの守護騎士ではない。聖域ブランドの未来をその両肩に担う、誇り高き『工場長』そのものだった。
そんな彼女の足元で、最高の『品質管理官』が、厳しい(?)目で製品をチェックしている。シラタマだ。彼は、キラキラと輝くデコパーツや、ブラックライトの不思議な紫色の光に興味津々。完成したアクセサリーを、まるで最高の宝物を見つけたとばかりに、こっそり自分の寝床に運ぼうとしては、リディア工場長に「こら、シラタマ!それは王都の経済を揺るがす戦略物資だぞ!つまみ食いは許さん!」と、優しく取り上げられるのだった。
そして、この量産体制を、神の領域から支えてくれるのが、つちのこだった。彼が、アクセサリーに封入するための「押し花」を、これまでにないほど多彩で美しい種類、そして驚異的な速度で「生産」してくれるのだ。神様による、原材料の完璧な安定供給だった。

この、これまでにない本格的な『労働』の後には、最高の『賄い飯』が必要だ。
俺が作るのは、夏の暑さを乗り切り、単純作業の疲れを吹き飛ばす、スタミナ満点の**『特製ビビンバ丼』**だった。
シラタタマ農園で採れた、瑞々しいキュウリ、ニンジン、豆もやしなどを、それぞれ自家製のごま油と燻製醤油でナムルにする。ひき肉は、甘辛い特製焼肉のタレで香ばしく炒める。炊きたての麦飯の上に、赤、緑、黄、茶と、色とりどりのナムルと肉そぼろを、まるで花が咲くように美しく盛り付け、その中央に、森の卵の、太陽のように輝く卵黄を、そっと落とす。仕上げに、自家製の唐辛子味噌(コチュジャン風)を添えれば、完成だ。
「さあ、皆さん!よく混ぜて、かき込んでください!これが、明日への活力です!」
スプーンで全てを豪快に混ぜ合わせ、一同で頬張る。シャキシャキの野菜、甘辛い肉、濃厚な卵黄、そしてピリ辛の味噌が口の中で一体となり、複雑で、しかし完璧な味わいのシンフォニーを奏でる。労働で火照った体に、そのエネルギーが満ちていく。疲れが、その一口で、完全に吹き飛んでいった。

数日後。工房のテーブルの上には、王都のどんな宝飾店も裸足で逃げ出すほどの、大量の、そして完璧な品質の『聖域のガラス宝石』が、山のように積まれていた。
そこへ、最高のタイミングで、あの男がやってきた。
チリン…チリン…
「賢人様!最高の品物を仕入れに来たぜ!王都の連中を、もっと熱狂させてやろうじゃねえか!」
行商人バロンだ。彼は、工房に足を踏み入れた瞬間、そのアクセサリーの山を見て、商人としての呼吸を、一瞬だけ忘れた。
「け、賢人様…!こ、これは…!?あんた、本気で、この世界の経済を、根こそぎひっくり返す気だな…!?」
腰を抜かさんばかりに驚く彼に、俺は、完成したばかりのギフトボックスの一つを、静かに手渡した。
そして、にやりと、これ以上ないほど不敵に笑って言った。
「バロンさん。これは、ただの商品じゃありません。マルス子爵に贈る、俺からの、ささやかな『宣戦布告』ですよ」

俺は、窓の外の、王都へと続く空を見上げた。
「本当の『価値』とは何か。本当の『豊かさ』とは何か。王都の、欲に目が眩んだ連中に、俺たちのやり方で、教えてやってください」
聖域は、ついに経済という新しい武器を、その手に握った。
それは、血の流れない、しかし、何よりも熾烈な、価値と価値のぶつかい合い。
俺たちの、静かなる反撃の狼煙が、今、高らかに上がったのだった。

***

いつもお読みいただきありがとうございます!
ついに、マルス子爵への本格的な反撃を開始したユキ。聖域ブランドという新しい武器は、権謀術数が渦巻く王都で、一体どのような波紋を広げるのか?そして、人質に取られたロゼッタの町の運命は?物語は、経済戦争という、新しいステージへと突入します!
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