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第七話:井戸と、父の信頼
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あの夏、リーフ村を覆う絶望は、日を追うごとにその色を深く、濃くしていった。
太陽は燃えるような輝きを増し、大地から最後の潤いを容赦なく奪い去っていく。畑の作物は黄色く枯れ始め、村を流れる小川は、もはや湿った黒い筋となってかろうじてその痕跡を留めるのみだった。
村の共同井戸も、底が見え始めて久しい。水を汲めるのは、夜露が降りる朝のわずかな時間だけ。各家庭に厳しく割り当てられたその水は、命を繋ぐための最小限の量でしかなく、人々の心から余裕を奪っていった。
俺たちの食卓から、温かいスープが消えた。代わりに並ぶのは、硬い黒パンと、干し肉を少し齧るだけの日々。母さんは、少ない食材で何とか俺たちを満足させようと努めてくれたが、その顔には隠しきれない疲労と心労が影を落としていた。妹のマキナは「どうしてスープないの?」と寂しそうに尋ねるようになり、その度に俺の胸は締め付けられるように痛んだ。
そして、父さん――アルフレッドは、ますます寡黙になった。彼は村で一番遠い、まだかろうじて水が流れている本流の川まで、毎日何往復もして水を運んでくる。その肩は痩せ、日に焼けた背中には、俺の知らない擦り傷が増えていた。
(このままじゃ、ダメだ……。父さんが倒れるのが先か、畑が完全に死ぬのが先か、それとも村人の心が折れるのが先か……)
俺は、夜ごとベッドの中で、ポイントシステムのウィンドウを睨みつけながら思考を巡らせた。ポイントを使えば、一時的に食料を買うことはできる。だが、そんなものは焼け石に水だ。この村が生き残るには、根本的な問題――水不足を解決するしかない。
(水……。この乾ききった大地の、どこかに水が……)
前世の記憶が、俺に答えを示していた。雨水や川の水だけが、水の全てではない。この地面の下には、人の目には見えない巨大な水の流れ、「地下水脈」が存在するはずだ。
(井戸だ……。井戸を掘るしかない!)
だが、どうやって?この村には、井戸を掘るという文化がない。天からの雨と、川の流れこそが「大地の恵み」だと信じている人々だ。地面に穴を掘って水を得るなど、彼らにとっては神への冒涜にすら聞こえるかもしれない。
ましてや、八歳の子供が「この下には水がある!」と叫んだところで、誰が信じるだろうか。
(証拠がいる……。彼らが信じられる、目に見える『しるし』が……!)
俺は、自分の持つ武器を再確認した。『鑑定』と『薬草知識』。そして、ブラック企業で培った、状況を分析し、最適解を導き出す思考能力。
翌日から、俺の森での活動は、マンドラゴラ探しから、ある特定の植物を探すことへと変わった。俺の記憶が正しければ、植物の中には、地中深くまで根を張り、地下の水分を吸い上げて生きる種類が存在するはずだ。
俺は、鑑定と薬草知識のスキルを常時発動させながら、村の周辺の土地をくまなく調査した。
そして、三日後。俺はついに、それを見つけた。村の広場から少し離れた、普段は誰も使っていない共有地の片隅に、この灼熱の干ばつの中でも青々とした葉を茂らせる、一本の奇妙な草が生えていたのだ。
【鑑定】
【深根草(ふかねそう)】
【非常に長い根を持つ植物。乾燥した土地でも生育可能。】
【売却時の参考価格:なし】
続けて、【薬草知識】を発動させる。
【深根草】
【効能:なし。特徴:主根が地中十数メートルまで達し、僅かな地下水脈からでも水分を吸い上げる驚異的な生命力を持つ。この草が生えている場所は、地下に水脈が存在する可能性が極めて高い。】
「……あった!」
俺は、思わず声を上げていた。これだ。これこそが、俺が探し求めていた「しるし」。村人たちの固く閉ざされた心をこじ開けるための、唯一の手がかりだ。
◇
俺は、村の大人たちが集まる広場へと、固い決意を胸に走った。村長のハンスさんを中心に、皆が深刻な顔で話し合っている。
「このままでは、秋の収穫は絶望的だ……」
「冬を越せるかどうか……」
重苦しい空気が、広場を支配していた。俺は、その輪の中に、ずかずかと割って入った。
「村長さん!お願いがあります!」
突然現れた子供に、大人たちは訝しげな視線を向ける。村長のハンスさんは、眉間に深い皺を寄せた。
「なんだ、アルフレッドのところの小僧か。子供はあっちで遊んでなさい」
「遊びじゃない!みんなを、村を助けるための話だよ!」
俺の必死の形相に、大人たちがざわめく。俺は、息を整えると、一世一代の大芝居を打った。
「僕、見つけたんだ!水のある場所を!」
その言葉に、広場はしんと静まり返った。そして、次の瞬間、誰かが吹き出したのを皮切りに、大人たちの間から乾いた失笑が漏れた。
「ははは、何を言ってるんだ、この子は」
「ルークス、暑さで頭がおかしくなったんじゃないのか?」
ハンスさんは、呆れたようにため息をついた。「小僧、馬鹿なことを言うんじゃない。水がどこにあるというんだ」
「あっちの共有地だよ!地面の下に、たくさん水が眠ってる!」
「地面の下だと?そんな馬鹿な話があるか。水は天から降るものか、川から引くものだ。昔からそう決まっとる!」
頭の固い村長は、俺の言葉を真っ向から否定した。やはり、正攻法ではダメか。俺は、懐に隠していた「小道具」――森で拾った、Y字型の木の枝を取り出した。
俺が披露したのは、前世で聞きかじった、Y字の枝で水脈を探すという古くからの知恵を、この世界の価値観に合わせて『水の竜が眠る場所』などと脚色した、即席の言い伝えだった。
「古い言い伝えで聞いたんだ!こういう枝を持って歩くと、水の竜が眠る場所で、枝がピクピクって動くんだって!それで、僕が試したら、あの場所で枝がすごく震えたんだ!」
だが、ハンスさんは鼻で笑った。
「言い伝えだと?そんなもので、村の運命を決められるか!帰れ帰れ!」
万策尽きたか。俺が唇を噛みしめ、俯いた、その時だった。
「村長」
静かだが、芯の通った声が響いた。声の主は、今まで黙って成り行きを見ていた、俺の父さんだった。
父さんは、ゆっくりと俺の隣に立つと、ハンスさんを真っ直ぐに見つめた。
「試してみる価値は、あるかもしれません」
「アルフレッド!?お前まで、息子の戯言に付き合う気か!」
「戯言かどうかは、掘ってみなければ分かりません」
父さんは、俺の肩に、節くれだった大きな手を置いた。その手は、驚くほど力強く、そして温かかった。
「村長。…この子は、ただの子供ではありません」父さんは静かに、しかしはっきりと続けた。「私は、この子が見せてきた小さな奇跡を…この子の言葉を、信じます。それに…このまま何もしなければ、我々の畑は、村は、どちらにせよ干上がってしまう。ならば、この子の言葉に賭けてみる価値が、本当の本当に、ないと言い切れますか?」
寡黙な父さんが、これほど長く、そして熱く話すのを、俺は初めて聞いた。その言葉は、不思議な重みを持って、広場の乾いた空気ごと震わせた。
大人たちが、再びざわめき始める。父さんの言葉が、彼らの心の奥底にあった、藁にもすがりたいという切実な気持ちを揺り動かしたのだ。
ハンスさんは、ぐっと言葉に詰まった。そして、父さんの真剣な目と、俺の必死の目、そして周りの村人たちの揺れる視線を順番に見比べると、やがて、天を仰いで大きく、大きくため息をついた。
「……分かった。そこまで言うなら、掘ってやろうじゃないか」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「だが、ルークス。もし水が出なかったら……覚悟はできとるんだろうな?」
ハンスさんの厳しい視線が、俺を射抜く。
「お前の家の畑に回す割り当て水は、一番最後だ。いや、残っていればくれてやる、というべきか。それでもいいな?」
それは、この状況では死刑宣告にも等しい言葉だった。だが、俺は迷わなかった。
「うん。それでもいいよ」
俺は、まっすぐに村長の目を見て、力強く頷いた。
俺のその返事を聞いて、ハンスさんは何かを決意したように、近くに置いてあった鍬を担ぎ上げた。
「よし、野郎ども!どうせ畑仕事もできなくて、暇を持て余してただろう!村長命令だ!アルフレッドの小僧が指さす場所を、水が出るまで掘るぞ!」
その号令を皮切りに、村の男たちが、半信半疑ながらも、次々と鍬や鋤を手に取った。
父さんは、俺の頭を一度だけ、力強く撫でた。言葉はなかったが、その手は「信じているぞ」と、何よりも雄弁に語っていた。
俺は、父さんと、そして村人たちを、深根草の生えていた場所へと導いた。俺の小さな指が指し示した、乾ききった地面の一点に、村の、そして俺たち家族の未来が、託されようとしていた。
【読者へのメッセージ】
第七話、お楽しみいただけましたでしょうか?
ついにルークスが村を動かしました!そして、寡黙な父の熱い信頼……!グッと来た方は、ぜひ下の評価(☆)や感想、ブックマークで教えてください!
果たして、井戸から水は出るのか!?村の運命やいかに!
次回、運命の結果が出ます。お見逃しなく!
太陽は燃えるような輝きを増し、大地から最後の潤いを容赦なく奪い去っていく。畑の作物は黄色く枯れ始め、村を流れる小川は、もはや湿った黒い筋となってかろうじてその痕跡を留めるのみだった。
村の共同井戸も、底が見え始めて久しい。水を汲めるのは、夜露が降りる朝のわずかな時間だけ。各家庭に厳しく割り当てられたその水は、命を繋ぐための最小限の量でしかなく、人々の心から余裕を奪っていった。
俺たちの食卓から、温かいスープが消えた。代わりに並ぶのは、硬い黒パンと、干し肉を少し齧るだけの日々。母さんは、少ない食材で何とか俺たちを満足させようと努めてくれたが、その顔には隠しきれない疲労と心労が影を落としていた。妹のマキナは「どうしてスープないの?」と寂しそうに尋ねるようになり、その度に俺の胸は締め付けられるように痛んだ。
そして、父さん――アルフレッドは、ますます寡黙になった。彼は村で一番遠い、まだかろうじて水が流れている本流の川まで、毎日何往復もして水を運んでくる。その肩は痩せ、日に焼けた背中には、俺の知らない擦り傷が増えていた。
(このままじゃ、ダメだ……。父さんが倒れるのが先か、畑が完全に死ぬのが先か、それとも村人の心が折れるのが先か……)
俺は、夜ごとベッドの中で、ポイントシステムのウィンドウを睨みつけながら思考を巡らせた。ポイントを使えば、一時的に食料を買うことはできる。だが、そんなものは焼け石に水だ。この村が生き残るには、根本的な問題――水不足を解決するしかない。
(水……。この乾ききった大地の、どこかに水が……)
前世の記憶が、俺に答えを示していた。雨水や川の水だけが、水の全てではない。この地面の下には、人の目には見えない巨大な水の流れ、「地下水脈」が存在するはずだ。
(井戸だ……。井戸を掘るしかない!)
だが、どうやって?この村には、井戸を掘るという文化がない。天からの雨と、川の流れこそが「大地の恵み」だと信じている人々だ。地面に穴を掘って水を得るなど、彼らにとっては神への冒涜にすら聞こえるかもしれない。
ましてや、八歳の子供が「この下には水がある!」と叫んだところで、誰が信じるだろうか。
(証拠がいる……。彼らが信じられる、目に見える『しるし』が……!)
俺は、自分の持つ武器を再確認した。『鑑定』と『薬草知識』。そして、ブラック企業で培った、状況を分析し、最適解を導き出す思考能力。
翌日から、俺の森での活動は、マンドラゴラ探しから、ある特定の植物を探すことへと変わった。俺の記憶が正しければ、植物の中には、地中深くまで根を張り、地下の水分を吸い上げて生きる種類が存在するはずだ。
俺は、鑑定と薬草知識のスキルを常時発動させながら、村の周辺の土地をくまなく調査した。
そして、三日後。俺はついに、それを見つけた。村の広場から少し離れた、普段は誰も使っていない共有地の片隅に、この灼熱の干ばつの中でも青々とした葉を茂らせる、一本の奇妙な草が生えていたのだ。
【鑑定】
【深根草(ふかねそう)】
【非常に長い根を持つ植物。乾燥した土地でも生育可能。】
【売却時の参考価格:なし】
続けて、【薬草知識】を発動させる。
【深根草】
【効能:なし。特徴:主根が地中十数メートルまで達し、僅かな地下水脈からでも水分を吸い上げる驚異的な生命力を持つ。この草が生えている場所は、地下に水脈が存在する可能性が極めて高い。】
「……あった!」
俺は、思わず声を上げていた。これだ。これこそが、俺が探し求めていた「しるし」。村人たちの固く閉ざされた心をこじ開けるための、唯一の手がかりだ。
◇
俺は、村の大人たちが集まる広場へと、固い決意を胸に走った。村長のハンスさんを中心に、皆が深刻な顔で話し合っている。
「このままでは、秋の収穫は絶望的だ……」
「冬を越せるかどうか……」
重苦しい空気が、広場を支配していた。俺は、その輪の中に、ずかずかと割って入った。
「村長さん!お願いがあります!」
突然現れた子供に、大人たちは訝しげな視線を向ける。村長のハンスさんは、眉間に深い皺を寄せた。
「なんだ、アルフレッドのところの小僧か。子供はあっちで遊んでなさい」
「遊びじゃない!みんなを、村を助けるための話だよ!」
俺の必死の形相に、大人たちがざわめく。俺は、息を整えると、一世一代の大芝居を打った。
「僕、見つけたんだ!水のある場所を!」
その言葉に、広場はしんと静まり返った。そして、次の瞬間、誰かが吹き出したのを皮切りに、大人たちの間から乾いた失笑が漏れた。
「ははは、何を言ってるんだ、この子は」
「ルークス、暑さで頭がおかしくなったんじゃないのか?」
ハンスさんは、呆れたようにため息をついた。「小僧、馬鹿なことを言うんじゃない。水がどこにあるというんだ」
「あっちの共有地だよ!地面の下に、たくさん水が眠ってる!」
「地面の下だと?そんな馬鹿な話があるか。水は天から降るものか、川から引くものだ。昔からそう決まっとる!」
頭の固い村長は、俺の言葉を真っ向から否定した。やはり、正攻法ではダメか。俺は、懐に隠していた「小道具」――森で拾った、Y字型の木の枝を取り出した。
俺が披露したのは、前世で聞きかじった、Y字の枝で水脈を探すという古くからの知恵を、この世界の価値観に合わせて『水の竜が眠る場所』などと脚色した、即席の言い伝えだった。
「古い言い伝えで聞いたんだ!こういう枝を持って歩くと、水の竜が眠る場所で、枝がピクピクって動くんだって!それで、僕が試したら、あの場所で枝がすごく震えたんだ!」
だが、ハンスさんは鼻で笑った。
「言い伝えだと?そんなもので、村の運命を決められるか!帰れ帰れ!」
万策尽きたか。俺が唇を噛みしめ、俯いた、その時だった。
「村長」
静かだが、芯の通った声が響いた。声の主は、今まで黙って成り行きを見ていた、俺の父さんだった。
父さんは、ゆっくりと俺の隣に立つと、ハンスさんを真っ直ぐに見つめた。
「試してみる価値は、あるかもしれません」
「アルフレッド!?お前まで、息子の戯言に付き合う気か!」
「戯言かどうかは、掘ってみなければ分かりません」
父さんは、俺の肩に、節くれだった大きな手を置いた。その手は、驚くほど力強く、そして温かかった。
「村長。…この子は、ただの子供ではありません」父さんは静かに、しかしはっきりと続けた。「私は、この子が見せてきた小さな奇跡を…この子の言葉を、信じます。それに…このまま何もしなければ、我々の畑は、村は、どちらにせよ干上がってしまう。ならば、この子の言葉に賭けてみる価値が、本当の本当に、ないと言い切れますか?」
寡黙な父さんが、これほど長く、そして熱く話すのを、俺は初めて聞いた。その言葉は、不思議な重みを持って、広場の乾いた空気ごと震わせた。
大人たちが、再びざわめき始める。父さんの言葉が、彼らの心の奥底にあった、藁にもすがりたいという切実な気持ちを揺り動かしたのだ。
ハンスさんは、ぐっと言葉に詰まった。そして、父さんの真剣な目と、俺の必死の目、そして周りの村人たちの揺れる視線を順番に見比べると、やがて、天を仰いで大きく、大きくため息をついた。
「……分かった。そこまで言うなら、掘ってやろうじゃないか」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「だが、ルークス。もし水が出なかったら……覚悟はできとるんだろうな?」
ハンスさんの厳しい視線が、俺を射抜く。
「お前の家の畑に回す割り当て水は、一番最後だ。いや、残っていればくれてやる、というべきか。それでもいいな?」
それは、この状況では死刑宣告にも等しい言葉だった。だが、俺は迷わなかった。
「うん。それでもいいよ」
俺は、まっすぐに村長の目を見て、力強く頷いた。
俺のその返事を聞いて、ハンスさんは何かを決意したように、近くに置いてあった鍬を担ぎ上げた。
「よし、野郎ども!どうせ畑仕事もできなくて、暇を持て余してただろう!村長命令だ!アルフレッドの小僧が指さす場所を、水が出るまで掘るぞ!」
その号令を皮切りに、村の男たちが、半信半疑ながらも、次々と鍬や鋤を手に取った。
父さんは、俺の頭を一度だけ、力強く撫でた。言葉はなかったが、その手は「信じているぞ」と、何よりも雄弁に語っていた。
俺は、父さんと、そして村人たちを、深根草の生えていた場所へと導いた。俺の小さな指が指し示した、乾ききった地面の一点に、村の、そして俺たち家族の未来が、託されようとしていた。
【読者へのメッセージ】
第七話、お楽しみいただけましたでしょうか?
ついにルークスが村を動かしました!そして、寡黙な父の熱い信頼……!グッと来た方は、ぜひ下の評価(☆)や感想、ブックマークで教えてください!
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