110 / 166
第108.5話:決着の銀光と魂の鉄槌
しおりを挟む
王城、謁見の間。
天井まで届く巨大なステンドグラスから差し込む陽光が、床に敷かれた真紅の絨毯に複雑な幾何学模様を描いている。
だが、その神聖さとは裏腹に、室内に充満しているのは、肌を刺すような冷たい緊張感と、ドブ川の底のような悪意だった。
「……辺境伯よ。これが、そなたの抱える鍛冶師が打った剣か? ふん、見るに堪えんな」
静寂を切り裂いたのは、宰相オルコの粘着質な声だった。
贅肉に埋もれた細い目を三日月のように歪め、彼が指さした先――豪奢なベルベットの布が掛けられたテーブルの上には、一本の剣が無造作に転がされていた。
ドス黒く濁った刀身。禍々しい紋様。そして、柄には確かにゴードンさんの工房印である「槌と葉」が刻まれている。
俺たちが昨夜、倉庫で見たあの偽物だ。あえて手入れを怠ったかのような、鉄錆と古い油の混じった不快な臭いが、数メートル離れた柱の陰にいる俺の鼻先まで漂ってくるようだった。
「……オルコよ。我が領地の鍛冶師が打つ剣は、そのような鉄屑ではない」
辺境伯レオナルド様が、静かに答える。
その声は平坦だが、長年北の魔物と戦い続けてきた武人特有の、腹の底にマグマのような怒りを孕んだ重みがあった。並の貴族なら、その威圧感だけで失禁していただろう。
だが、今日のオルコは違った。勝ち誇ったように鼻を鳴らし、脂ぎった額の汗をハンカチで拭う。
「ほほう? まだシラを切るつもりか? 証拠(モノ)はここにあるのだぞ? 王都の警備隊が押収した、呪いの剣だ。これを使って国家転覆を企てた疑い……晴らせるものなら晴らしてみよ!」
オルコが扇子をパチンと鳴らす。
それが合図だった。
周囲を取り囲んでいた近衛兵たちが、ガチャリと一斉に槍を構える。無数の穂先がレオナルド様に向けられる。
金属音が広間に冷たく響き、空気が凍りつく。完全に、こちらを大逆罪の罪人として捕らえる構えだ。
(……やれやれ。完全に『詰み』の盤面を作ったつもりか。役者が揃ってるねぇ)
俺は、太い大理石の柱の陰で、相棒のフェンと共に息を潜めながら、口の端を吊り上げた。
足元でフェンが「グルル……」と低く喉を鳴らす。漆黒の毛並みが逆立っている。「あいつ、喰っていいか?」という物騒な合図だ。
俺はフェンの頭を優しく撫で、なだめる。
(待て、フェン。最高のメインディッシュは、一番美味しいタイミングで出さないとな)
「……証明しよう」
重厚な扉が、ズズズ……と重苦しい音を立てて開いた。
そこから一人の男が歩み出る。
煌びやかな貴族たちの衣装とは対照的な、煤(すす)と鉄の匂いが染み付いた革の作業着。背中には、長年使い込まれ、持ち手が黒光りしている愛用のハンマーを背負っている。
ゴードンさんだ。
場違いな男の登場に、貴族たちが「なんだあの汚い男は」「野蛮な」と眉をひそめ、囁き合う。その嘲笑の視線が、無数の針となって彼に突き刺さる。
ゴードンさんの顔色は蒼白だった。膝が笑い、足取りはおぼつかない。無理もない。一介の鍛冶屋が、王の御前に立つのだ。
だが。
その太く節くれだった指先だけは、ある一点――彼が胸元に恭しく抱えた、純白の布に包まれた『細長い包み』だけは、決して落とすまいと、血が滲むほど強く握りしめられていた。
「な、なんだその薄汚い男は! 神聖な謁見の間を汚す気か! つまみ出せ!」
「待て。……見せてもらおうか、ゴードン」
レオナルド様が手を挙げ、喚き散らすオルコを制した。
主君の、信頼に満ちた静かな眼差し。それを受けた瞬間、ゴードンさんの震えが止まった。
彼は深く、長く息を吸い込み、腹に力を込めた。職人の顔に戻っていた。
震える手で、布を解く。
現れたのは、装飾の一切ない、黒檀の鞘。
レオナルド様が左手で鞘を掴み、右手で柄に手をかけた。
――スラリ。
鞘走る音。
それは、金属が擦れる音ではなかった。まるで氷柱(つらら)が触れ合うような、澄み切った鈴の音。
次の瞬間、謁見の間にいた全員が、呼吸をするのを忘れた。
現れたのは、刃ではない。
光そのものだった。
氷河の裂け目のような、透き通る蒼銀の刃。
刀身の表面には、俺の「化学知識」による完璧な温度管理と炭素量調整、そしてゴードンさんが人生の全てを掛けて叩き込んだ「魂」が融合して生まれた、水面のような美しい刃紋が浮かび上がっている。
不純物を極限まで取り除いたがゆえの、恐ろしいほどの透明感。窓から差し込む陽光を吸い込み、自ら発光しているかのような青白い輝きを放っていた。
それは、オルコが用意した偽物とは、もはや次元が違っていた。
月とスッポン、いや、夜空に輝くシリウスと、道端の泥団子ほどの差がある。
「……美しい」
レオナルド様が、恍惚としたため息を漏らす。
彼は剣の重さを確かめるように手首を返し、そして無造作に、本当に軽く横へ振るった。
ヒュンッ!
風切り音さえしなかった。
ただ、銀色の閃光が空間を走った、その直後。
オルコが寄りかかっていた、樹齢数百年の大木から切り出されたという重厚な黒檀の机の角が、音もなく滑り落ちた。
カタリ。
乾いた音が響く。
床に落ちた木片の断面は、鏡のように滑らかで、木目の繊維さえ潰れていない。摩擦熱すら生まれないほどの、神速の切れ味。
「ひ、ひぃッ!?」
一拍遅れて事態を理解したオルコが、裏返った悲鳴を上げて尻餅をついた。
腰が抜けたのか、彼は床を這うようにして後ずさる。
「……見よ、オルコ。これが『本物』だ。我が領の鍛冶師が魂を込めた剣に、邪悪な気配など微塵もない。……そこに転がっている鉄屑こそ、何者かが我が家を陥れるために作った、粗悪な贋作(がんさく)ではないのか?」
レオナルド様の言葉に、周囲の貴族たちがざわめき始める。
「ああ、なんと清らかな輝きだ……」「あれこそが魔を払う聖剣ではないか?」「それに比べて、宰相が出したあの剣は……」
誰の目にも、その剣の神々しさと、オルコの主張の矛盾は明らかだった。
「な、な……っ! ぐ、偶然だ! たまたま一本だけまともな物ができたからといって、罪が消えるわけではない!」
オルコが顔を真っ赤にして喚き散らす。
追い詰められた獣のように目を血走らせ、彼は懐に手を突っ込んだ。
「証拠だ! 奴らが裏で黒い繋がりを持っていたという証拠なら、この私が握っているのだぞ! この羊皮紙には……!」
オルコが何かを取り出そうとした、その時だ。
「証拠なら、ここにありますよ」
俺は、柱の陰から一歩踏み出した。
手には、昨夜の倉庫制圧戦で回収した「裏帳簿」と「手紙の束」を、これ見よがしに掲げて。
「き、貴様は……あの時の農民小僧!?」
「ご無沙汰しております、宰相閣下。……これ、お忘れ物ですよ? 随分と大事そうに、第三倉庫の隠し金庫の奥深くにしまってありましたけど」
俺は、証拠品の束を、レオナルド様の前にドンと積み上げた。
ドサリ、という重い音が、オルコの心臓を直接叩いたように見えた。
「これは……?」
「昨夜、我々が確保した『害虫』たちが持っていたものです。宰相閣下が雇ったゴロツキたちへの襲撃指示書、偽の剣を発注した際の覚書……そして、今回の計画に使われた裏金の出納帳ですね」
「な……な、な……!?」
オルコの顔から、みるみる血の気が引いていく。唇がパクパクと開閉する様は、陸に上がった魚のようだ。
俺は、一番上にある手紙を手に取り、わざとらしく大きな声で読み上げた。広間の隅々まで聞こえるように。
「えー、なになに。『辺境伯を失脚させた暁には、北の鉱山の権利を全て譲渡する』……署名は、オルコ宰相。ああ、この『ル』の字の独特な跳ね方、あなたの筆跡そのものですね? 鑑定に出しますか?」
「ば、馬鹿な! なぜそれがここに……! 倉庫は最高位の魔法錠で封印した完全な密室だったはず……! 農民風情が開けられるはずが……!」
「おや、ご自分で認めましたね? 倉庫の存在を」
俺はニッコリと、最大限の皮肉を込めて笑った。
沈黙。
そして、爆発するようなざわめき。
墓穴を掘ったオルコは、絶望に顔を歪めた。
「き、貴様ァァァ!! 罠だ! これは農民の罠だ! 衛兵! この無礼者を斬り捨てろ!! 私は宰相だぞ!!」
オルコが錯乱して叫ぶ。
だが、動いたのは衛兵ではなかった。
「……御意」
冷徹な声と共に、一陣の風が抜けた。
騎士団長ギデオンさんだ。
彼が抜刀した瞬間を見た者はいなかっただろう。瞬きする間にオルコの背後に回り込み、その首筋に切っ先を突きつけていた。
「動くな。……これ以上の醜態は、騎士として見過ごせん」
絶対零度の殺気。
オルコの喉から「ヒュッ」という音が漏れ、その場に崩れ落ちる。股間からじわりと熱いシミが広がっていくのが見えた。
勝負あり、だ。
その後、雪崩れ込んできた国王直属の近衛兵によって、オルコとその一派は引きずられるように連行されていった。
豪華な衣装を引き裂かれ、泥にまみれながら、去り際に俺の方を見て「農民んんんん! 覚えていろぉぉぉ!」と絶叫していたが、負け犬の遠吠えほど心地よいBGMはない。
「……ルークス殿。またしても、救われたな」
静まり返った広間で、レオナルド様が剣を丁寧に鞘に納め、深い安堵の息を吐いた。
「いえ。俺はただ、害虫駆除をしただけですから。……それに、一番頑張ったのは」
俺は視線を横に向ける。
そこには、ゴードンさんが自分の打った剣を抱きしめ、男泣きしている姿があった。
大きな肩が震え、煤けた頬を涙が伝い落ちる。
「ありがてぇ……俺の剣が……認められた……! 親父、じいちゃん……見ててくれたか……!」
その涙を見て、俺も少しだけ胸が熱くなった。職人の魂が、理不尽な暴力に屈することなく、正当に報われた瞬間だった。
◇
その日の夜。
王都の最高級宿『白鳥の止まり木亭』のスイートルームで、俺はベッドの上にダイブしていた。
ふかふかの羽毛布団が俺を受け止め、最高級のシルクのリネンが肌を包む。一日中張り詰めていた神経が、一気に弛緩していく。
「んふふふふ……! やばい、笑いが止まらん!」
俺は天井に向かって、だらしない笑い声を上げた。
視界の端に浮かんでいるのは、黄金色に輝くステータスウィンドウだ。
【クエスト『王都の陰謀を阻止せよ』達成】
【基本報酬:50,000pt】
【特別ボーナス:悪徳貴族の隠し財産没収(換金)】
【獲得:280,000pt】
【現在の所持ポイント:685,000 pt】
「ろ、ろくじゅうはちまん……!」
俺は枕に顔を埋めて足をバタバタさせた。
倉庫制圧で使った5万ポイントなんて、目じゃないほどの大黒字だ。
倉庫にあった裏金、横流し品、そしてオルコの隠し財産。それらを全て「不正な利益の回収」としてポイント変換したのが大きかった。システム曰く『悪党からの回収はレート1.5倍』らしい。なんて素晴らしいシステムだ。
「これだけあれば……できるぞ。アレも、コレも!」
俺は脳内でショッピングリストを展開する。
まずは村の冬越し対策。ビニールハウス用の『強化ポリマー』の大量購入。これで雪が降っても野菜が作れる。
それから、父さんと母さんには『疲労回復の布団セット』。マキナには『飛び出す絵本全集』と『クレヨンセット』。
そして何より、これからの旅のための装備だ。海を越えるための準備には金がかかる。
「クゥ~ン」
ベッドの下から、フェンが「おい、俺様を忘れてないだろうな?」と言いたげに鼻先でつついてくる。
「分かってるって。ほら、今日のMVPへの報酬だ」
俺はポイントを操作し、空間から『最高級・熟成骨付きマンモス肉(2,000pt)』を取り出した。
芳醇な肉の香りと、滴る肉汁が部屋に広がる。
「ワフッ!!」
フェンが目を輝かせ、肉にかぶりついた。ガリッ、ボリッと骨まで噛み砕く良い音がする。
俺は窓の外、王都の夜景を見下ろした。
宝石箱をひっくり返したような無数の灯り。その一つ一つに人々の生活があり、今日の騒動を知らずに眠りについている。
陰謀は晴れ、懐は温かい。
最高だ。これぞ、俺が求めていた「努力が正当に報われる世界」だ。
さて、次はいよいよ……海だ。
【読者へのメッセージ】
第108.5話、お楽しみいただけましたでしょうか!
ついに憎き宰相を成敗し、ゴードンさんの名誉と剣を守り抜きました!
職人の意地が見せた「本物の輝き」、そしてルークスの容赦ない証拠突きつけ&ポイント大量ゲット。
「スカッとした!」「ポイント長者おめでとう!」と思っていただけたら、ぜひ高評価や感想をお願いします!
次話は、いよいよ海への旅立ち。ポイントを使った大改造と、飯テロ満載でお届けします!
天井まで届く巨大なステンドグラスから差し込む陽光が、床に敷かれた真紅の絨毯に複雑な幾何学模様を描いている。
だが、その神聖さとは裏腹に、室内に充満しているのは、肌を刺すような冷たい緊張感と、ドブ川の底のような悪意だった。
「……辺境伯よ。これが、そなたの抱える鍛冶師が打った剣か? ふん、見るに堪えんな」
静寂を切り裂いたのは、宰相オルコの粘着質な声だった。
贅肉に埋もれた細い目を三日月のように歪め、彼が指さした先――豪奢なベルベットの布が掛けられたテーブルの上には、一本の剣が無造作に転がされていた。
ドス黒く濁った刀身。禍々しい紋様。そして、柄には確かにゴードンさんの工房印である「槌と葉」が刻まれている。
俺たちが昨夜、倉庫で見たあの偽物だ。あえて手入れを怠ったかのような、鉄錆と古い油の混じった不快な臭いが、数メートル離れた柱の陰にいる俺の鼻先まで漂ってくるようだった。
「……オルコよ。我が領地の鍛冶師が打つ剣は、そのような鉄屑ではない」
辺境伯レオナルド様が、静かに答える。
その声は平坦だが、長年北の魔物と戦い続けてきた武人特有の、腹の底にマグマのような怒りを孕んだ重みがあった。並の貴族なら、その威圧感だけで失禁していただろう。
だが、今日のオルコは違った。勝ち誇ったように鼻を鳴らし、脂ぎった額の汗をハンカチで拭う。
「ほほう? まだシラを切るつもりか? 証拠(モノ)はここにあるのだぞ? 王都の警備隊が押収した、呪いの剣だ。これを使って国家転覆を企てた疑い……晴らせるものなら晴らしてみよ!」
オルコが扇子をパチンと鳴らす。
それが合図だった。
周囲を取り囲んでいた近衛兵たちが、ガチャリと一斉に槍を構える。無数の穂先がレオナルド様に向けられる。
金属音が広間に冷たく響き、空気が凍りつく。完全に、こちらを大逆罪の罪人として捕らえる構えだ。
(……やれやれ。完全に『詰み』の盤面を作ったつもりか。役者が揃ってるねぇ)
俺は、太い大理石の柱の陰で、相棒のフェンと共に息を潜めながら、口の端を吊り上げた。
足元でフェンが「グルル……」と低く喉を鳴らす。漆黒の毛並みが逆立っている。「あいつ、喰っていいか?」という物騒な合図だ。
俺はフェンの頭を優しく撫で、なだめる。
(待て、フェン。最高のメインディッシュは、一番美味しいタイミングで出さないとな)
「……証明しよう」
重厚な扉が、ズズズ……と重苦しい音を立てて開いた。
そこから一人の男が歩み出る。
煌びやかな貴族たちの衣装とは対照的な、煤(すす)と鉄の匂いが染み付いた革の作業着。背中には、長年使い込まれ、持ち手が黒光りしている愛用のハンマーを背負っている。
ゴードンさんだ。
場違いな男の登場に、貴族たちが「なんだあの汚い男は」「野蛮な」と眉をひそめ、囁き合う。その嘲笑の視線が、無数の針となって彼に突き刺さる。
ゴードンさんの顔色は蒼白だった。膝が笑い、足取りはおぼつかない。無理もない。一介の鍛冶屋が、王の御前に立つのだ。
だが。
その太く節くれだった指先だけは、ある一点――彼が胸元に恭しく抱えた、純白の布に包まれた『細長い包み』だけは、決して落とすまいと、血が滲むほど強く握りしめられていた。
「な、なんだその薄汚い男は! 神聖な謁見の間を汚す気か! つまみ出せ!」
「待て。……見せてもらおうか、ゴードン」
レオナルド様が手を挙げ、喚き散らすオルコを制した。
主君の、信頼に満ちた静かな眼差し。それを受けた瞬間、ゴードンさんの震えが止まった。
彼は深く、長く息を吸い込み、腹に力を込めた。職人の顔に戻っていた。
震える手で、布を解く。
現れたのは、装飾の一切ない、黒檀の鞘。
レオナルド様が左手で鞘を掴み、右手で柄に手をかけた。
――スラリ。
鞘走る音。
それは、金属が擦れる音ではなかった。まるで氷柱(つらら)が触れ合うような、澄み切った鈴の音。
次の瞬間、謁見の間にいた全員が、呼吸をするのを忘れた。
現れたのは、刃ではない。
光そのものだった。
氷河の裂け目のような、透き通る蒼銀の刃。
刀身の表面には、俺の「化学知識」による完璧な温度管理と炭素量調整、そしてゴードンさんが人生の全てを掛けて叩き込んだ「魂」が融合して生まれた、水面のような美しい刃紋が浮かび上がっている。
不純物を極限まで取り除いたがゆえの、恐ろしいほどの透明感。窓から差し込む陽光を吸い込み、自ら発光しているかのような青白い輝きを放っていた。
それは、オルコが用意した偽物とは、もはや次元が違っていた。
月とスッポン、いや、夜空に輝くシリウスと、道端の泥団子ほどの差がある。
「……美しい」
レオナルド様が、恍惚としたため息を漏らす。
彼は剣の重さを確かめるように手首を返し、そして無造作に、本当に軽く横へ振るった。
ヒュンッ!
風切り音さえしなかった。
ただ、銀色の閃光が空間を走った、その直後。
オルコが寄りかかっていた、樹齢数百年の大木から切り出されたという重厚な黒檀の机の角が、音もなく滑り落ちた。
カタリ。
乾いた音が響く。
床に落ちた木片の断面は、鏡のように滑らかで、木目の繊維さえ潰れていない。摩擦熱すら生まれないほどの、神速の切れ味。
「ひ、ひぃッ!?」
一拍遅れて事態を理解したオルコが、裏返った悲鳴を上げて尻餅をついた。
腰が抜けたのか、彼は床を這うようにして後ずさる。
「……見よ、オルコ。これが『本物』だ。我が領の鍛冶師が魂を込めた剣に、邪悪な気配など微塵もない。……そこに転がっている鉄屑こそ、何者かが我が家を陥れるために作った、粗悪な贋作(がんさく)ではないのか?」
レオナルド様の言葉に、周囲の貴族たちがざわめき始める。
「ああ、なんと清らかな輝きだ……」「あれこそが魔を払う聖剣ではないか?」「それに比べて、宰相が出したあの剣は……」
誰の目にも、その剣の神々しさと、オルコの主張の矛盾は明らかだった。
「な、な……っ! ぐ、偶然だ! たまたま一本だけまともな物ができたからといって、罪が消えるわけではない!」
オルコが顔を真っ赤にして喚き散らす。
追い詰められた獣のように目を血走らせ、彼は懐に手を突っ込んだ。
「証拠だ! 奴らが裏で黒い繋がりを持っていたという証拠なら、この私が握っているのだぞ! この羊皮紙には……!」
オルコが何かを取り出そうとした、その時だ。
「証拠なら、ここにありますよ」
俺は、柱の陰から一歩踏み出した。
手には、昨夜の倉庫制圧戦で回収した「裏帳簿」と「手紙の束」を、これ見よがしに掲げて。
「き、貴様は……あの時の農民小僧!?」
「ご無沙汰しております、宰相閣下。……これ、お忘れ物ですよ? 随分と大事そうに、第三倉庫の隠し金庫の奥深くにしまってありましたけど」
俺は、証拠品の束を、レオナルド様の前にドンと積み上げた。
ドサリ、という重い音が、オルコの心臓を直接叩いたように見えた。
「これは……?」
「昨夜、我々が確保した『害虫』たちが持っていたものです。宰相閣下が雇ったゴロツキたちへの襲撃指示書、偽の剣を発注した際の覚書……そして、今回の計画に使われた裏金の出納帳ですね」
「な……な、な……!?」
オルコの顔から、みるみる血の気が引いていく。唇がパクパクと開閉する様は、陸に上がった魚のようだ。
俺は、一番上にある手紙を手に取り、わざとらしく大きな声で読み上げた。広間の隅々まで聞こえるように。
「えー、なになに。『辺境伯を失脚させた暁には、北の鉱山の権利を全て譲渡する』……署名は、オルコ宰相。ああ、この『ル』の字の独特な跳ね方、あなたの筆跡そのものですね? 鑑定に出しますか?」
「ば、馬鹿な! なぜそれがここに……! 倉庫は最高位の魔法錠で封印した完全な密室だったはず……! 農民風情が開けられるはずが……!」
「おや、ご自分で認めましたね? 倉庫の存在を」
俺はニッコリと、最大限の皮肉を込めて笑った。
沈黙。
そして、爆発するようなざわめき。
墓穴を掘ったオルコは、絶望に顔を歪めた。
「き、貴様ァァァ!! 罠だ! これは農民の罠だ! 衛兵! この無礼者を斬り捨てろ!! 私は宰相だぞ!!」
オルコが錯乱して叫ぶ。
だが、動いたのは衛兵ではなかった。
「……御意」
冷徹な声と共に、一陣の風が抜けた。
騎士団長ギデオンさんだ。
彼が抜刀した瞬間を見た者はいなかっただろう。瞬きする間にオルコの背後に回り込み、その首筋に切っ先を突きつけていた。
「動くな。……これ以上の醜態は、騎士として見過ごせん」
絶対零度の殺気。
オルコの喉から「ヒュッ」という音が漏れ、その場に崩れ落ちる。股間からじわりと熱いシミが広がっていくのが見えた。
勝負あり、だ。
その後、雪崩れ込んできた国王直属の近衛兵によって、オルコとその一派は引きずられるように連行されていった。
豪華な衣装を引き裂かれ、泥にまみれながら、去り際に俺の方を見て「農民んんんん! 覚えていろぉぉぉ!」と絶叫していたが、負け犬の遠吠えほど心地よいBGMはない。
「……ルークス殿。またしても、救われたな」
静まり返った広間で、レオナルド様が剣を丁寧に鞘に納め、深い安堵の息を吐いた。
「いえ。俺はただ、害虫駆除をしただけですから。……それに、一番頑張ったのは」
俺は視線を横に向ける。
そこには、ゴードンさんが自分の打った剣を抱きしめ、男泣きしている姿があった。
大きな肩が震え、煤けた頬を涙が伝い落ちる。
「ありがてぇ……俺の剣が……認められた……! 親父、じいちゃん……見ててくれたか……!」
その涙を見て、俺も少しだけ胸が熱くなった。職人の魂が、理不尽な暴力に屈することなく、正当に報われた瞬間だった。
◇
その日の夜。
王都の最高級宿『白鳥の止まり木亭』のスイートルームで、俺はベッドの上にダイブしていた。
ふかふかの羽毛布団が俺を受け止め、最高級のシルクのリネンが肌を包む。一日中張り詰めていた神経が、一気に弛緩していく。
「んふふふふ……! やばい、笑いが止まらん!」
俺は天井に向かって、だらしない笑い声を上げた。
視界の端に浮かんでいるのは、黄金色に輝くステータスウィンドウだ。
【クエスト『王都の陰謀を阻止せよ』達成】
【基本報酬:50,000pt】
【特別ボーナス:悪徳貴族の隠し財産没収(換金)】
【獲得:280,000pt】
【現在の所持ポイント:685,000 pt】
「ろ、ろくじゅうはちまん……!」
俺は枕に顔を埋めて足をバタバタさせた。
倉庫制圧で使った5万ポイントなんて、目じゃないほどの大黒字だ。
倉庫にあった裏金、横流し品、そしてオルコの隠し財産。それらを全て「不正な利益の回収」としてポイント変換したのが大きかった。システム曰く『悪党からの回収はレート1.5倍』らしい。なんて素晴らしいシステムだ。
「これだけあれば……できるぞ。アレも、コレも!」
俺は脳内でショッピングリストを展開する。
まずは村の冬越し対策。ビニールハウス用の『強化ポリマー』の大量購入。これで雪が降っても野菜が作れる。
それから、父さんと母さんには『疲労回復の布団セット』。マキナには『飛び出す絵本全集』と『クレヨンセット』。
そして何より、これからの旅のための装備だ。海を越えるための準備には金がかかる。
「クゥ~ン」
ベッドの下から、フェンが「おい、俺様を忘れてないだろうな?」と言いたげに鼻先でつついてくる。
「分かってるって。ほら、今日のMVPへの報酬だ」
俺はポイントを操作し、空間から『最高級・熟成骨付きマンモス肉(2,000pt)』を取り出した。
芳醇な肉の香りと、滴る肉汁が部屋に広がる。
「ワフッ!!」
フェンが目を輝かせ、肉にかぶりついた。ガリッ、ボリッと骨まで噛み砕く良い音がする。
俺は窓の外、王都の夜景を見下ろした。
宝石箱をひっくり返したような無数の灯り。その一つ一つに人々の生活があり、今日の騒動を知らずに眠りについている。
陰謀は晴れ、懐は温かい。
最高だ。これぞ、俺が求めていた「努力が正当に報われる世界」だ。
さて、次はいよいよ……海だ。
【読者へのメッセージ】
第108.5話、お楽しみいただけましたでしょうか!
ついに憎き宰相を成敗し、ゴードンさんの名誉と剣を守り抜きました!
職人の意地が見せた「本物の輝き」、そしてルークスの容赦ない証拠突きつけ&ポイント大量ゲット。
「スカッとした!」「ポイント長者おめでとう!」と思っていただけたら、ぜひ高評価や感想をお願いします!
次話は、いよいよ海への旅立ち。ポイントを使った大改造と、飯テロ満載でお届けします!
13
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~
向原 行人
ファンタジー
異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。
というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。
料理というより、食材を並べているだけって感じがする。
元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。
わかった……だったら、私は貴族を辞める!
家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。
宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。
育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!
医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる