ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第108.5話:決着の銀光と魂の鉄槌

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 王城、謁見の間。
 天井まで届く巨大なステンドグラスから差し込む陽光が、床に敷かれた真紅の絨毯に複雑な幾何学模様を描いている。
 だが、その神聖さとは裏腹に、室内に充満しているのは、肌を刺すような冷たい緊張感と、ドブ川の底のような悪意だった。

「……辺境伯よ。これが、そなたの抱える鍛冶師が打った剣か? ふん、見るに堪えんな」

 静寂を切り裂いたのは、宰相オルコの粘着質な声だった。
 贅肉に埋もれた細い目を三日月のように歪め、彼が指さした先――豪奢なベルベットの布が掛けられたテーブルの上には、一本の剣が無造作に転がされていた。
 ドス黒く濁った刀身。禍々しい紋様。そして、柄には確かにゴードンさんの工房印である「槌と葉」が刻まれている。
 俺たちが昨夜、倉庫で見たあの偽物だ。あえて手入れを怠ったかのような、鉄錆と古い油の混じった不快な臭いが、数メートル離れた柱の陰にいる俺の鼻先まで漂ってくるようだった。

「……オルコよ。我が領地の鍛冶師が打つ剣は、そのような鉄屑ではない」

 辺境伯レオナルド様が、静かに答える。
 その声は平坦だが、長年北の魔物と戦い続けてきた武人特有の、腹の底にマグマのような怒りを孕んだ重みがあった。並の貴族なら、その威圧感だけで失禁していただろう。
 だが、今日のオルコは違った。勝ち誇ったように鼻を鳴らし、脂ぎった額の汗をハンカチで拭う。

「ほほう? まだシラを切るつもりか? 証拠(モノ)はここにあるのだぞ? 王都の警備隊が押収した、呪いの剣だ。これを使って国家転覆を企てた疑い……晴らせるものなら晴らしてみよ!」

 オルコが扇子をパチンと鳴らす。
 それが合図だった。
 周囲を取り囲んでいた近衛兵たちが、ガチャリと一斉に槍を構える。無数の穂先がレオナルド様に向けられる。
 金属音が広間に冷たく響き、空気が凍りつく。完全に、こちらを大逆罪の罪人として捕らえる構えだ。

(……やれやれ。完全に『詰み』の盤面を作ったつもりか。役者が揃ってるねぇ)

 俺は、太い大理石の柱の陰で、相棒のフェンと共に息を潜めながら、口の端を吊り上げた。
 足元でフェンが「グルル……」と低く喉を鳴らす。漆黒の毛並みが逆立っている。「あいつ、喰っていいか?」という物騒な合図だ。
 俺はフェンの頭を優しく撫で、なだめる。
(待て、フェン。最高のメインディッシュは、一番美味しいタイミングで出さないとな)

「……証明しよう」

 重厚な扉が、ズズズ……と重苦しい音を立てて開いた。
 そこから一人の男が歩み出る。
 煌びやかな貴族たちの衣装とは対照的な、煤(すす)と鉄の匂いが染み付いた革の作業着。背中には、長年使い込まれ、持ち手が黒光りしている愛用のハンマーを背負っている。
 ゴードンさんだ。
 場違いな男の登場に、貴族たちが「なんだあの汚い男は」「野蛮な」と眉をひそめ、囁き合う。その嘲笑の視線が、無数の針となって彼に突き刺さる。
 ゴードンさんの顔色は蒼白だった。膝が笑い、足取りはおぼつかない。無理もない。一介の鍛冶屋が、王の御前に立つのだ。

 だが。
 その太く節くれだった指先だけは、ある一点――彼が胸元に恭しく抱えた、純白の布に包まれた『細長い包み』だけは、決して落とすまいと、血が滲むほど強く握りしめられていた。

「な、なんだその薄汚い男は! 神聖な謁見の間を汚す気か! つまみ出せ!」
「待て。……見せてもらおうか、ゴードン」

 レオナルド様が手を挙げ、喚き散らすオルコを制した。
 主君の、信頼に満ちた静かな眼差し。それを受けた瞬間、ゴードンさんの震えが止まった。
 彼は深く、長く息を吸い込み、腹に力を込めた。職人の顔に戻っていた。

 震える手で、布を解く。
 現れたのは、装飾の一切ない、黒檀の鞘。
 レオナルド様が左手で鞘を掴み、右手で柄に手をかけた。

 ――スラリ。

 鞘走る音。
 それは、金属が擦れる音ではなかった。まるで氷柱(つらら)が触れ合うような、澄み切った鈴の音。
 次の瞬間、謁見の間にいた全員が、呼吸をするのを忘れた。

 現れたのは、刃ではない。
 光そのものだった。

 氷河の裂け目のような、透き通る蒼銀の刃。
 刀身の表面には、俺の「化学知識」による完璧な温度管理と炭素量調整、そしてゴードンさんが人生の全てを掛けて叩き込んだ「魂」が融合して生まれた、水面のような美しい刃紋が浮かび上がっている。
 不純物を極限まで取り除いたがゆえの、恐ろしいほどの透明感。窓から差し込む陽光を吸い込み、自ら発光しているかのような青白い輝きを放っていた。
 それは、オルコが用意した偽物とは、もはや次元が違っていた。
 月とスッポン、いや、夜空に輝くシリウスと、道端の泥団子ほどの差がある。

「……美しい」

 レオナルド様が、恍惚としたため息を漏らす。
 彼は剣の重さを確かめるように手首を返し、そして無造作に、本当に軽く横へ振るった。

 ヒュンッ!

 風切り音さえしなかった。
 ただ、銀色の閃光が空間を走った、その直後。
 オルコが寄りかかっていた、樹齢数百年の大木から切り出されたという重厚な黒檀の机の角が、音もなく滑り落ちた。
 カタリ。
 乾いた音が響く。
 床に落ちた木片の断面は、鏡のように滑らかで、木目の繊維さえ潰れていない。摩擦熱すら生まれないほどの、神速の切れ味。

「ひ、ひぃッ!?」
 一拍遅れて事態を理解したオルコが、裏返った悲鳴を上げて尻餅をついた。
 腰が抜けたのか、彼は床を這うようにして後ずさる。

「……見よ、オルコ。これが『本物』だ。我が領の鍛冶師が魂を込めた剣に、邪悪な気配など微塵もない。……そこに転がっている鉄屑こそ、何者かが我が家を陥れるために作った、粗悪な贋作(がんさく)ではないのか?」

 レオナルド様の言葉に、周囲の貴族たちがざわめき始める。
「ああ、なんと清らかな輝きだ……」「あれこそが魔を払う聖剣ではないか?」「それに比べて、宰相が出したあの剣は……」
 誰の目にも、その剣の神々しさと、オルコの主張の矛盾は明らかだった。

「な、な……っ! ぐ、偶然だ! たまたま一本だけまともな物ができたからといって、罪が消えるわけではない!」
 オルコが顔を真っ赤にして喚き散らす。
 追い詰められた獣のように目を血走らせ、彼は懐に手を突っ込んだ。
「証拠だ! 奴らが裏で黒い繋がりを持っていたという証拠なら、この私が握っているのだぞ! この羊皮紙には……!」

 オルコが何かを取り出そうとした、その時だ。

「証拠なら、ここにありますよ」

 俺は、柱の陰から一歩踏み出した。
 手には、昨夜の倉庫制圧戦で回収した「裏帳簿」と「手紙の束」を、これ見よがしに掲げて。

「き、貴様は……あの時の農民小僧!?」
「ご無沙汰しております、宰相閣下。……これ、お忘れ物ですよ? 随分と大事そうに、第三倉庫の隠し金庫の奥深くにしまってありましたけど」

 俺は、証拠品の束を、レオナルド様の前にドンと積み上げた。
 ドサリ、という重い音が、オルコの心臓を直接叩いたように見えた。

「これは……?」
「昨夜、我々が確保した『害虫』たちが持っていたものです。宰相閣下が雇ったゴロツキたちへの襲撃指示書、偽の剣を発注した際の覚書……そして、今回の計画に使われた裏金の出納帳ですね」

「な……な、な……!?」
 オルコの顔から、みるみる血の気が引いていく。唇がパクパクと開閉する様は、陸に上がった魚のようだ。
 俺は、一番上にある手紙を手に取り、わざとらしく大きな声で読み上げた。広間の隅々まで聞こえるように。

「えー、なになに。『辺境伯を失脚させた暁には、北の鉱山の権利を全て譲渡する』……署名は、オルコ宰相。ああ、この『ル』の字の独特な跳ね方、あなたの筆跡そのものですね? 鑑定に出しますか?」
「ば、馬鹿な! なぜそれがここに……! 倉庫は最高位の魔法錠で封印した完全な密室だったはず……! 農民風情が開けられるはずが……!」

「おや、ご自分で認めましたね? 倉庫の存在を」
 俺はニッコリと、最大限の皮肉を込めて笑った。

 沈黙。
 そして、爆発するようなざわめき。
 墓穴を掘ったオルコは、絶望に顔を歪めた。

「き、貴様ァァァ!! 罠だ! これは農民の罠だ! 衛兵! この無礼者を斬り捨てろ!! 私は宰相だぞ!!」
 オルコが錯乱して叫ぶ。
 だが、動いたのは衛兵ではなかった。

「……御意」

 冷徹な声と共に、一陣の風が抜けた。
 騎士団長ギデオンさんだ。
 彼が抜刀した瞬間を見た者はいなかっただろう。瞬きする間にオルコの背後に回り込み、その首筋に切っ先を突きつけていた。

「動くな。……これ以上の醜態は、騎士として見過ごせん」
 絶対零度の殺気。
 オルコの喉から「ヒュッ」という音が漏れ、その場に崩れ落ちる。股間からじわりと熱いシミが広がっていくのが見えた。

 勝負あり、だ。

 その後、雪崩れ込んできた国王直属の近衛兵によって、オルコとその一派は引きずられるように連行されていった。
 豪華な衣装を引き裂かれ、泥にまみれながら、去り際に俺の方を見て「農民んんんん! 覚えていろぉぉぉ!」と絶叫していたが、負け犬の遠吠えほど心地よいBGMはない。

「……ルークス殿。またしても、救われたな」
 静まり返った広間で、レオナルド様が剣を丁寧に鞘に納め、深い安堵の息を吐いた。
「いえ。俺はただ、害虫駆除をしただけですから。……それに、一番頑張ったのは」

 俺は視線を横に向ける。
 そこには、ゴードンさんが自分の打った剣を抱きしめ、男泣きしている姿があった。
 大きな肩が震え、煤けた頬を涙が伝い落ちる。
「ありがてぇ……俺の剣が……認められた……! 親父、じいちゃん……見ててくれたか……!」
 その涙を見て、俺も少しだけ胸が熱くなった。職人の魂が、理不尽な暴力に屈することなく、正当に報われた瞬間だった。

 ◇

 その日の夜。
 王都の最高級宿『白鳥の止まり木亭』のスイートルームで、俺はベッドの上にダイブしていた。
 ふかふかの羽毛布団が俺を受け止め、最高級のシルクのリネンが肌を包む。一日中張り詰めていた神経が、一気に弛緩していく。

「んふふふふ……! やばい、笑いが止まらん!」

 俺は天井に向かって、だらしない笑い声を上げた。
 視界の端に浮かんでいるのは、黄金色に輝くステータスウィンドウだ。

【クエスト『王都の陰謀を阻止せよ』達成】
【基本報酬:50,000pt】
【特別ボーナス:悪徳貴族の隠し財産没収(換金)】
【獲得:280,000pt】

【現在の所持ポイント:685,000 pt】

「ろ、ろくじゅうはちまん……!」

 俺は枕に顔を埋めて足をバタバタさせた。
 倉庫制圧で使った5万ポイントなんて、目じゃないほどの大黒字だ。
 倉庫にあった裏金、横流し品、そしてオルコの隠し財産。それらを全て「不正な利益の回収」としてポイント変換したのが大きかった。システム曰く『悪党からの回収はレート1.5倍』らしい。なんて素晴らしいシステムだ。

「これだけあれば……できるぞ。アレも、コレも!」

 俺は脳内でショッピングリストを展開する。
 まずは村の冬越し対策。ビニールハウス用の『強化ポリマー』の大量購入。これで雪が降っても野菜が作れる。
 それから、父さんと母さんには『疲労回復の布団セット』。マキナには『飛び出す絵本全集』と『クレヨンセット』。
 そして何より、これからの旅のための装備だ。海を越えるための準備には金がかかる。

「クゥ~ン」
 ベッドの下から、フェンが「おい、俺様を忘れてないだろうな?」と言いたげに鼻先でつついてくる。
「分かってるって。ほら、今日のMVPへの報酬だ」

 俺はポイントを操作し、空間から『最高級・熟成骨付きマンモス肉(2,000pt)』を取り出した。
 芳醇な肉の香りと、滴る肉汁が部屋に広がる。
「ワフッ!!」
 フェンが目を輝かせ、肉にかぶりついた。ガリッ、ボリッと骨まで噛み砕く良い音がする。

 俺は窓の外、王都の夜景を見下ろした。
 宝石箱をひっくり返したような無数の灯り。その一つ一つに人々の生活があり、今日の騒動を知らずに眠りについている。
 陰謀は晴れ、懐は温かい。
 最高だ。これぞ、俺が求めていた「努力が正当に報われる世界」だ。
 
 さて、次はいよいよ……海だ。


【読者へのメッセージ】
第108.5話、お楽しみいただけましたでしょうか!
ついに憎き宰相を成敗し、ゴードンさんの名誉と剣を守り抜きました!
職人の意地が見せた「本物の輝き」、そしてルークスの容赦ない証拠突きつけ&ポイント大量ゲット。
「スカッとした!」「ポイント長者おめでとう!」と思っていただけたら、ぜひ高評価や感想をお願いします!
次話は、いよいよ海への旅立ち。ポイントを使った大改造と、飯テロ満載でお届けします!
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