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第百四十話:会議室という名の戦場
しおりを挟むランドール城、大会議室。
重厚な石造りの壁には歴代領主の肖像画が並び、高い天井からは精緻な装飾が施されたシャンデリアが吊り下げられている。部屋の中央に鎮座する、数百年ものの黒檀で作られた長テーブルには、この領地の行政を司る文官たちがずらりと顔を揃えていた。
その顔ぶれは、昨夜失脚したバルカスの息がかかった残党、中立を装いつつも保身に走る中間層、そして純粋に「五歳の子供」がこの場にいることに、生理的な嫌悪と不快感を隠さない者たちで構成されている。
俺、ルークス・グルトは、閣下の隣に用意された、脚の長い特別仕様の椅子に座っていた。大人たちの視線の高さに合わせるための配慮だろうが、それがかえって、周囲の文官たちの反発を煽っているのが空気で分かった。
部屋を支配しているのは、張り詰めたような、そしてどこか俺を侮蔑するような、粘りつくような重苦しい空気だ。
「……閣下、お言葉ですが。いくらバルカスの汚職を暴いた功労者とはいえ、この神聖なる財務会議に、農村の子供を招くというのは……。建国以来、前例がございません」
沈黙を破ったのは、財務次官のケインだった。彼は鼻先にかけた銀縁の眼鏡を指で押し上げながら、俺を一度も視界に入れようとせず、レオナルド閣下へ訴えかける。その声には、長年領地の数字を支配してきた自負と、それを揺るがそうとする「異物」への排除の意志が、明確に混じっていた。
「左様ですな。飢饉対策は、我ら文官が幾世代にもわたり、膨大な古文書と予算を投じて頭を悩ませてきた難題。それを、土を弄るしか能のない農民の子供に何がわかるというのか……。魔法も通じぬ、呪われた北部の乾燥地帯をどうにかするなど、夢物語ですぞ」
周囲の文官たちが、同調するようにクスクスと乾いた笑い声を漏らす。
その光景を見て、俺の胸の奥で、前世の「あの感覚」が蘇った。
(ああ……これ、見覚えがある。……新企画の会議で、内容も見ずに『若い奴の言うことは』『現場を知らない理想論だ』って切り捨ててた、あのクソ上司たちの顔だ)
深夜、胃酸が喉まで上がってくる感覚に耐え、エナジードリンクを胃に流し込みながら作成した企画書。それを、一瞥しただけで「前例がない」という魔法の言葉でゴミ箱へ放り投げた、あの理不尽な会議室。
あの時、俺はただ黙って頭を下げることしかできなかった。だが、今の俺はあの時とは違う。俺には、現代日本の冷徹な論理と、システムがもたらす奇跡、そして何より「守るべき家族の笑顔」がある。
「――『前例』ですか。ケイン様」
俺が口を開くと、文官たちの嘲笑がピタリと止まった。鈴を転がすような、あまりにも場違いな子供の、透き通った声。だが、その響きには、前世の過酷なプレゼンで培った「相手の呼吸を止める」ための、静かな圧力が宿っていた。
「前例を重んじた結果が、昨夜のバルカスさんの不祥事と、北部の村々の疲弊だったのではないですか? 過去の成功例にしがみついて、現在の異常値から目を背ける。……それは、管理ではなく、ただの怠慢……あるいは、無能の証明です」
「なっ、貴様、何を……! 控えろ、ただの平民のガキが!」
ケインが激昂し、テーブルを叩く。だが俺は、瞬き一つせず彼を直視し続けた。
「怒る前に、これを見てください。感情で数字は動きませんから」
俺は懐から、昨夜の余ったポイントでこっそり交換しておいた『万能筆記セット』を取り出した。そこから魔法のインクが滲む特製の羊皮紙を広げる。
そこには、俺がダウジングスキルで把握した地質データに基づき、現代日本の「費用対効果(ROI)」を応用したグラフと、工程管理図(ガントチャート)が、鮮やかに描かれている。
ただの羊皮紙ではない。ルークスの魔力がわずかに通っており、見る者の視線に合わせて、重要な数値が明滅するよう加工してある。
「これは……何だ? この奇妙な、山のような図形は……」
「ランドール領北部の、今後三ヶ月の収支予測、および灌漑設備投資による『期待利益率』の可視化データです。……閣下。没収した三千枚の金貨。これを単なる『備蓄』に回すのは、経営学……いえ、領地運営の観点から言えば、最も愚かな選択です」
俺は立ち上がり、小さな指で地図の一点を指した。
「ここ、黒い岩盤が続く『死の土地』と呼ばれている場所です。文官の皆様は『水がない』と仰いますが、違います。水は『地下百二十メートル』に流れています。……ここを起点に、この工程図通りに三つの井戸を掘り、同時にこの『特殊肥料』を投入した実験農場を作れば、初期投資は半年で回収できます。その後は、領地全体の税収を二割向上させる、持続可能な資産(アセット)へと変わるんです」
「地下百二十メートルだと!? そんな深さ、魔法師を何十人動員するつもりだ! その人件費だけで予算が吹き飛ぶわ!」
「魔法師は一人も使いません。……必要なのは、効率的な『道具』と、緻密な『手順』。そして、労働に対する正当な『報奨(インセンティブ)』です」
俺は、前世で「プロジェクトマネージャー」として、やる気のない現場の士気を上げるために奔走した経験を総動員して言葉を紡ぐ。
「没収金の一部を、工事に携わる農民への『特別手当』として直接還元してください。彼らは奴隷ではありません。自分の働きが、自分の家族の今日のパンに直結すると理解した農民の労働力は、魔法よりも確実に、そして安価に土を動かします。……これが、私が提案する『新しい取引(ニュー・ディール)』――名付けて、ランドール・ニューディール政策です」
「ニュー……ディール……?」
文官たちは、俺が提示した資料――あまりにも緻密で、論理的で、かつ「現場」の泥臭さを知り尽くした計画案――を前に、言葉を失っていた。彼らが使っている「これまでの感覚」という曖昧な物差しを、俺が持ち込んだ「数字」という絶対的な定規が、完膚なきまでに叩き折ったのだ。
特にケインは、資料に記された「投資利益率」の計算式をなぞり、その正確さに震えていた。五歳の子供が、自分たちが一生かけても辿り着けなかった「管理の極致」を見せつけているのだから。
「……ルークス」
それまで黙って、獅子のような鋭い眼光で俺と文官たちのやり取りを観察していたレオナルド閣下が、低く、重厚な声を響かせた。
「お前は、この計画を、本気で実行できると考えているのか。……わしの領民を、飢えから救えると。この、わずか数枚の紙切れに記された通りに」
「はい、閣下。……いえ、救うだけじゃ足りません」
俺はレオナルドの目を、真っ直ぐに見つめ返した。その瞳の奥には、前世で失った後輩への償いと、今世で手に入れた家族への誓いが燃えている。
「彼らに『明日が楽しみだ』と思わせる。……不透明な未来に怯えるのではなく、自分の努力が報われると確信させる。そこまでやって、初めて『スローライフ』……いえ、『平和な領地』の第一歩だと思っていますから」
静まり返る会議室。
シャンデリアのロウソクがパチリと爆ぜる音だけが響く。
数秒の沈黙の後、レオナルド閣下が、椅子の背もたれに体を預け、ニヤリと――獲物を追い詰めた猛獣のような、恐ろしくも頼もしい笑みを浮かべた。
「面白い! ケイン、反論がなければ即刻予算を承認しろ! ぐずぐずするな、数字で負けたのなら、あとは手を動かすだけだ!」
「は、はっ! 承知いたしました、閣下!」
ケインたちが慌てて書類にサインし、部屋を飛び出していく。その背中を見送りながら、俺はそっと息を吐いた。
「ルークス・グルト。お前を今日この時より、ランドール辺境伯領の『技術顧問』に任命する。……ただし、失敗は許さんぞ。わしの期待は、この城よりも重いと思え」
「……望むところです、閣下。効率の悪い仕事は、嫌いですから」
その瞬間、俺の視界にシステムメッセージが流れる。
【特殊ミッション:辺境伯領の意識改革 完了】
【報酬:10,000pt 獲得】
【称号:収穫を守る者 の効果が上昇しました】
【称号:若き賢者 を獲得しました】
【スキルレベル上昇:鑑定 Lv.2 → Lv.3】
俺は一礼して、会議室を後にした。
廊下に出ると、待ち構えていたフェンが俺の足元に擦り寄ってくる。
『主よ、終わったか? 腹が減った。城の厨房から美味そうな匂いがしているぞ』
「ああ、終わったよ。……でも、ここからが本当の戦いだ」
俺の心は、すでに城の外――これから開拓される、広大な大地へと向かっていた。
次は、ミスリル鋼を抱えて、あの頑固な鍛冶屋ゴードンのところへ行かなきゃならない。
伝説の金属で「最強の剣」ではなく「最強の鍬」を作れと言ったときの、彼の顔が今から楽しみで仕方なかった。
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【読者へのメッセージ】
いつも応援ありがとうございます!
第百四十話、ルークスの「プレゼン無双」編、いかがでしたでしょうか。
「前例がない」と宣う保守的な大人たちを、現代日本の論理性と「泥臭い現場力」で圧倒するカタルシスを感じていただければ幸いです。
次話、第百四十一話では、いよいよ獲得したポイントで交換した「ミスリル鋼」が登場します。
「伝説の金属で、鍬(くわ)を作れ!」
その暴挙とも言える依頼を、鍛冶屋ゴードンはどう受け止めるのか。そして、ミスリル製の農具が、異世界の土をどう変えていくのか……。
面白い!このまま改革を進めてくれ!と思っていただけましたら、ぜひ**【評価、ブックマーク、感想】**をお願いします。皆様の応援が、ルークスの「次なる設備投資」の大きな力になります!
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