ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百四十二話:至高の黄金色(プリン)と、揺れる辺境の心

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 辺境伯城の厨房は、まるで嵐の前の静けさのような緊張感に包まれていた。
 普段なら、屈強な料理人たちが数十人単位で怒号を飛ばし合い、領主一族や騎士たちの胃袋を満たすために鉄鍋を振るっている場所だ。だが今は、一人の五歳の少年を囲み、料理長を筆頭とした精鋭たちが、固唾を呑んでその手元を見つめていた。

「おい、小僧……。いや、ルークス殿。それは、本当に『菓子』なのか?」

 顔に大きな火傷の跡がある料理長が、震える声で尋ねる。
 彼の視線の先にあるのは、俺がポイントで召喚した、この世界ではあり得ないほど純白で粒子が細かい『精製された砂糖』と、黒い宝石のような『バニラビーンズ』だ。

「ええ。甘くて、柔らかくて、口の中で溶ける……。食べた人を、強制的に幸せにする魔法の食べ物ですよ」

 俺は微笑みながら、ボウルの中で卵を解きほぐす。
 卵は、辺境伯領でも最高級の地鶏のものを用意してもらった。そこに、ポイントで交換した『高品質な生クリーム』を、惜しげもなく投入する。

(よし……。ここからは、前世で「独身貴族の極み」として研究し尽くしたレシピの再現だ。あの頃の俺は、深夜のキッチンでこれを作っている時だけが、唯一、社畜である自分を忘れられる時間だった……)

 前世の記憶が、指先に宿る。
 卵液に、砂糖とバニラのエッセンスが混ざり合い、厨房にえも言われぬ甘く芳醇な香りが立ち込め始めた。その香りを嗅いだだけで、周囲の料理人たちが「ほう……」と、恍惚とした吐息を漏らす。

「ルークス、まだなの? フェンがもう、待ちきれなくて大変なのよ!」

 厨房の入り口で、エレナ様が苦笑いしながら黒い影を抑え込んでいる。
 俺の相棒、ブラックフェンリルのフェンだ。普段は伝説の魔獣としての威厳を(たまに)見せるフェンだが、今は「クゥーン、クゥーン!」と、鼻を鳴らしながら尻尾をメトロノームのように高速で振っている。その風圧で、近くの小麦粉の袋が倒れそうだ。

「主よ、早く! その甘き香りの源を、我の舌に捧げるのだ!」

 念話で届くフェンの声は、もはや理性を失いかけている。
 俺は苦笑しつつ、最後の難関である『カラメルソース』に取り掛かった。

 砂糖が熱され、黄金色から琥珀色へと変化していく。香ばしく、どこか切ない甘い香りが厨房を支配する。
 容器の底にカラメルを敷き、その上から慎重に卵液を注ぐ。あとは、蒸し器(ポイントで温度計を召喚し、一℃単位で管理した)で、じっくりと火を通すだけだ。

「……できた」

 一時間後。
 冷やし固められた黄金色の塊が、銀の皿の上でぷるぷると震えていた。
 窓から差し込む夕日がその表面に反射し、まるで宝石のような輝きを放っている。

「これが……『ぷりん』か……?」

 いつの間にか厨房に現れていたレオナルド様が、その神々しいまでの食べ物を凝視している。彼の隣には、騎士団長のギデオンもいた。戦場では一騎当千の猛者である二人が、五歳の子供が作った菓子を前に、まるで初陣のような緊張感で唾を飲み込んでいる。

「どうぞ。まずは閣下から」

 俺が銀のスプーンを差し出すと、レオナルド様は厳かな手つきでそれを受け取った。
 そして、慎重に、まるで爆発物を扱うような手つきでプリンの端を掬い取り、口へと運んだ。

 刹那。
 レオナルド様の動きが、完全に停止した。

「閣下……?」

 ギデオンが心配そうに声をかける。だが、レオナルド様は答えない。
 彼の目が見開かれ、やがて、その逞しい肩が小刻みに震え始めた。

「……なんだ、これは」

 絞り出すような声。

「舌に触れた瞬間、滑らかに解け、濃厚な卵の滋味と、雪のように甘いクリームの香りが爆発した……。そしてこの、底にある苦い蜜。これが甘さをさらに引き立て、深い余韻を残していく……。ルークスよ、これは……これはもはや、人の食うものではない。神の雫だ……!」

「そんなに!? ずるい、パパだけ! 私にも、私にも食べさせて!」

 エレナ様が我慢できずにスプーンを突っ込む。
 一口食べた瞬間、彼女の顔がパッと華やぎ、その大きな瞳からポロリと涙が零れ落ちた。

「おいしい……。こんなの、王都の晩餐会でも食べたことないわ……。ルークス、あなた、やっぱり魔法使いだったのね……」

「わ、我にも! 我にもその『神の雫』を!」

 フェンがたまらずエレナ様の腕をすり抜け、俺の用意した専用の皿に飛び込んだ。
 バグバグと音を立ててプリンを吸い込むフェン。
「んがぁぁぁ! 主よ! 我は今、宇宙の真理を見た! この甘美なる世界を護るためなら、我は世界の敵にだってなってやる!」

 ……いや、フェン、それは大袈裟すぎる。

「どれ、俺にも……。……ッ!?」

 ギデオンも、一口食べた瞬間に膝をついた。
「……負けた。俺のこれまでの人生、何を食ってきたんだ……。このプリン一個で、一日の疲れどころか、十年分の戦傷が癒えていくようだ……」

 厨房は、阿鼻叫喚ならぬ「驚愕と多幸感」の渦に包まれた。
 料理人たちは、自分たちが一生をかけても到達できない領域の味を前に、膝をついてレシピをメモしようとし、騎士たちはあまりの旨さに語彙力を失って天を仰いでいる。

 その光景を眺めながら、俺はふっと肩の力を抜いた。
 視界には、次々と通知が流れてくる。

【人々に『究極の幸福』を与えました。ボーナスポイント:3,000pt獲得】
【称号:胃袋の支配者 を獲得しました】
【スキル:料理の極意 Lv.1 が Lv.2 に上昇しました】

(……よし。狙い通りだ)

 一万ポイントという大きな力を手に入れたことで、俺は自覚した。
 この世界で、俺が「最強の農民」としてスローライフを送り続けるには、武力や政治力だけでは足りない。
 こうして、人々の胃袋を掴み、心を掴み、「ルークスがいない世界なんて考えられない」と思わせること。それこそが、最強の防衛策であり、最高の「人助け」になるのだ。

「ルークス、おかわり! おかわりはあるの!?」

 口の周りにカラメルをつけたまま、エレナ様が詰め寄ってくる。
 レオナルド様も、無言でスプーンを構え直している。

「あはは、まだありますよ。今日は材料をたっぷりポイント……じゃなくて、特別に仕入れましたから」

 俺は、忙しくおかわりを配り始めた。
 ブラック企業のオフィスで、一人冷めたコンビニ弁当を食べていた頃の俺に、教えてやりたい。

 ポイントを極めた先にあるのは、孤独な成功じゃない。
 こうして、みんなで美味しいものを食べて、笑い合える時間なんだと。

 窓の外。
 ランドールの街に、夜の帳が降り始める。
 だが、この厨房だけは、いつまでも温かな黄金色の光と、幸せな笑い声に包まれていた。

---



【読者へのメッセージ】
第百四十二話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに「奇跡のカスタードプリン」が披露されました。ルークスの現代知識とポイントによる高品質素材が、異世界の人々の価値観を(いい意味で)破壊していく様子を楽しんでいただけたでしょうか。

食べ物で絆が深まる……これこそスローライフの醍醐味ですね。
次回、このプリンがもたらした「思わぬ波紋」と、ルークスの次なる農業計画が動き出します!
「ルークスの料理をもっと見たい!」「フェンの食レポが面白かった!」という方は、ぜひ評価や感想、ブックマークをお願いします!
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