ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百六十二話:【聖域の晩餐】胃袋を耕す、黄金のスープ

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 三日間の猶予。
 それは、悠久の時を生きるエルフたちにとって、瞬きほどの刹那に過ぎない。
 だが、この停滞しきった森に「変革」という名の種を蒔き、芽吹かせるには、ルークスにとって十分すぎる時間でもあった。
 彼は知っている。理屈や大義名分、あるいは高潔な理想論よりも、生物の魂を根源から揺さぶるのは、もっと原初的な「幸福」であることを。

「……よし。味の決め手は、やっぱりこれだな。前世じゃ、これ一つで救われた夜が何度あったことか」

 里の広場、巨木の根が複雑に絡み合う広場の中央に、ルークスは特設の野外キッチンを設営していた。
 火にかけられているのは、ポイントで交換した「熱伝導率に優れた大鍋」。その中には、ポイント産の『万能出汁の素(極)』が惜しみなく投入され、ベースとなる黄金色のスープが静かに波打っている。
 そこへ、ルークスが自ら里の森で厳選し、スキル『識別』で最高の収穫時期を見極めた瑞々しい野菜たちが投入された。
 煮込まれる野菜から溢れ出す大地の甘み。そして、干し肉から溶け出した動物性の脂。それらが出汁と出会い、化学反応を起こす。
 立ち上る湯気と共に、これまでこの里の住人が数千年の歴史の中で一度として嗅いだことのない、芳醇で、暴力的なまでに食欲をそそる香りが広場いっぱいに広がり始めた。

「……ルークス殿。これは、一体何をされているのですか?」

 背後から、戸惑いと好奇心が混ざり合ったような声がした。
 振り返れば、そこには聖女セレナが立っていた。彼女の鼻先も、無意識のうちにくんくんと動いている。エルフの鋭い嗅覚にとって、この「旨味」の香りは、抗いがたい誘惑の調べだった。

「エルフの伝統料理、『聖域の煮込み』のルークス流改良版ですよ。……セレナさん、エルフの料理は素材の尊さを守る素晴らしいものです。でも、今の里の人たちには『優しさ』だけじゃ足りない。特に、冬場の冷えで心まで凍てついている時は、胃袋から魂を熱くさせるような『エネルギー』が必要なんです」

 ルークスは、泥にまみれた手で、木べらをゆっくりとかき回す。
 広場に設置された共同浴場から、湯気を立てて出てきたばかりのエルフたちが、一人、また一人と、香りに引き寄せられるように集まってきた。
 お湯で温まり、感覚が研ぎ澄まされた彼らの身体を、このスープの香りが逃さない。

「さあ、皆さん! 湯冷めする前に、一杯食べていってください! 今日は無料(タダ)の試食会ですよ。遠慮はいりません!」

 ルークスが、ブラック企業時代の展示会で培った「人を呼び込む発声」で元気に声を上げる。
 最初に恐る恐る手を挙げたのは、昨日、初めてのお湯に涙した老婆マーサだった。

「……まあ、なんて香ばしい匂いかしら。お湯だけでも奇跡だと思ったのに、こんなご馳走まで振る舞ってくれるなんて……」

 ルークスは、木製の器になみなみとスープを注ぎ、彼女に手渡した。
 マーサが震える手でスプーンを取り、黄金色の液体を一口、口に運ぶ。
 その瞬間、彼女の時が止まった。

「……っ!!」

 老婆の瞳が、こぼれ落ちそうなほど大きく見開かれる。
 
「……何、これ。何なの、この味は……。身体の中に、温かい太陽が昇ったみたい。野菜が、まるで生きているみたいに語りかけてくるわ。甘くて、濃くて、それでいてこの……後を引く深み。私の長い一生の中で、こんなに『生きている喜び』を感じる味は初めてよ」

「それが『旨味(うまみ)』です。この里の豊かな土壌が作った野菜のポテンシャルを、百パーセント引き出した結果ですよ」

 ルークスは、満足げに微笑んだ。
 マーサの言葉は、集まったエルフたちの警戒心を一気に溶かした。彼らは競うように器を手に取り、次々とスープを口にしていく。

「美味しい……! なんだこれ、止まらないぞ!」
「身体の芯から、熱い力が湧いてくるみたいだ。指先の先まで、魔力が巡るのを感じる!」

 広場は、あっという間に「美味しい」という驚嘆の声と、幸せな咀嚼音(そしゃくおん)に包まれた。
 エルフたちが数千年にわたり美徳としてきた「質素こそが信仰の証」という戒律が、ルークスが持ち込んだ「圧倒的な美味しさ」という名の暴力の前に、なし崩し的に瓦解していく。
 胃袋を掴むことは、言葉を尽くして脳を説得するよりも、遥かに効率的で慈愛に満ちた「インフラ整備」だった。

 その光景を、議場のテラスから、拳を握りしめて見つめる影があった。
 長老ガリウスだ。
 彼は、ルークスから渡された『大地の雫』の小瓶を、懐の中でじっと握りしめていた。
 右手の痛みは、昨夜その薬を一度塗っただけで、嘘のように消え去っていた。痛みが消えたことで、彼の感覚は数百年ぶりに鋭敏さを取り戻し、それゆえに――階下のスープが放つ、抗いがたい生命の香りを、誰よりも鮮烈に感じ取ってしまっていた。

「……小賢しい真似を。食の快楽で民の心を惑わすとは、どこまで卑劣な小僧だ」

 吐き捨てるように呟くガリウス。だが、その声には以前のような確信はなかった。
 彼の胃袋が、本能が、あの黄金色の液体を求めて、裏切り者のように鳴っていた。

 そこへ、足音もなくルークスの相棒、ブラックフェンリルのフェンが現れた。
 その巨大な口には、ルークスが作ったばかりの、肉と野菜をこれでもかと詰め込んだ「聖域の特製サンドイッチ」が咥えられている。
 フェンは議場の床に、丁寧に包まれた一椀のスープとパンを置くと、ガリウスをあざ笑うように鼻を鳴らした。

「グゥ……(老いぼれ。そんなところで、独りで何をしている。主が、あんたの分も置いていったぞ。伝統とやらで腹は膨らまないだろう?)」

「……っ、この獣が!」

 フェンは悠然と去っていった。
 一人残されたガリウスは、月光に照らされて湯気を立てるスープを見つめる。
 伝統、誇り、戒律。
 彼を五千年の間縛り続けてきたすべての重石が、その一椀から立ち上る「温もり」を前に、今、激しく揺らいでいた。

 一方、ルークスはフェンの帰還を横目に、システムウィンドウを操作して、微かに口角を上げた。

『支持率:エルフ族(若年層) 98%』
『支持率:エルフ族(長老層) 15%(有意な上昇を検知)』
『物理的排除の可能性:12%(大幅低下)』

「……よし。胃袋の次は、本業(農業)だ。この満足を『一時の贅沢』で終わらせない仕組みを作る。フェン、次は『堆肥の改良』のデモンストレーションだ。この里の土を、今の三倍の収穫量に変えてやる。……聖樹を救うには、まずその根元を支える土から変えなきゃいけないからな」

 少年の瞳には、もはや「戦い」の気配はなかった。
 あるのは、未開の荒野を、誰もが笑い合える楽園へと変えようとする、純粋で強欲な「農民の野心」だけだった。

 停滞していた森の奥深くで、黄金色のスープが放つ温もりが、巨大な氷壁を静かに、しかし確実に溶かし尽くそうとしていた。


【読者へのメッセージ】
第百六十二話をお読みいただき、ありがとうございます!
ルークスの「胃袋攻略戦」、そして文字数を大幅に強化した本話、いかがでしたでしょうか。
「旨味」という、エルフが数千年無視してきた概念が、ついに長老会という牙城を崩し始めました。
ガリウス長老も、ついにその「毒(幸せ)」を口にしてしまうのか……?
そして、ルークスがいよいよ本領発揮する「農業の抜本的改革」。
聖域に新しい風が吹く一方、影で蠢く不穏な伏線「聖樹の異変」も顔を出し始めます。
「ルークスのスープ、飲みたい!」「長老のデレが待ちきれない!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価】【感想】【ブックマーク】で応援をよろしくお願いいたします!皆様の応援が、ルークスの次なるポイントになります!

次話、第百六十三話「伝統を耕す者」。ご期待ください!
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