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第百六十七話:さらば聖域、向かうは王都
しおりを挟む聖域の朝は、かつての停滞した重苦しさが嘘のように、瑞々しい光と生命の謳歌に満ちていた。
『アース・シェイカー』によって耕し直された大地は、聖樹が発する純粋な魔力を吸い込み、黒々と、そして温かく脈動している。その土から芽吹いた黄金色の苗たちは、風に揺れるたびにサラサラと心地よい音を立て、まるでルークスに感謝を告げているかのようだった。
「……本当に行くのですか、ルークス殿」
里の境界線、古びた石造りの門の前に、聖女セレナが立っていた。
彼女の瞳には、かつての冷徹な審判者の影は微塵もない。そこにあるのは、自分たちを救ってくれた「小さな巨人」に対する、言葉では言い尽くせない思慕と、別れの寂しさだった。
「はい。ここでの仕事は、一通り終わりましたから。あとは、ガリウス様たちがこの『温もり』をどう育てていくかです」
ルークスは、泥の汚れを綺麗に落とした――しかし、至る所に綻びがある――使い古した作業服の襟を正した。
彼の背後には、旅支度を終えたフェンが控えている。フェンの背には、エルフたちが感謝の印として持たせてくれた、最高品質の保存食や薬草、そしてルークスがリーフ村の家族のためにと求めたエルフ細工の工芸品が、大切に積み込まれていた。
「ルークス様、これ……私たちが焼いたパンです。お腹が空いたら食べてください!」
駆け寄ってきたのは、王女アクアと、昨日までルークスの「炊き出し」を手伝っていた若いエルフたちだ。彼女たちが差し出したのは、ルークスが教えた「旨味」の概念を取り入れ、聖域の恵みをふんだんに使った特製のパンだった。
「ありがとう、アクア。……みんな、僕がいなくなっても、ちゃんとお湯に浸かって、温かいスープを飲むんだよ。心が凍えそうになったら、それが一番の薬だからね」
「はい! 私、絶対に忘れません! 道具は心を守る盾だってこと、ルークス様が教えてくれたこと、全部!」
アクアの瞳からこぼれ落ちた一滴の涙が、ルークスの手の甲に触れる。
その温かさは、前世の冷え切ったオフィスでは決して得られなかった「生の実感」だった。ポイントという数値では測れない、魂の報酬。ルークスはそれを、自分の胸の奥にある一番大切な場所に仕舞い込んだ。
「……さて。そろそろ行かないと、辺境伯様をお待たせしてしまう」
門の向こう側には、レオナルド辺境伯が派遣した、王都へと向かう豪華な馬車と騎士団が待機していた。
ルークスが聖域で成し遂げた「奇跡」の噂は、既に辺境伯領全域、そして王都の耳にまで届き始めている。ルークス・グルトという名は、今や単なる「変わった農民」ではなく、国を揺るがす「希望の象徴」となりつつあった。
ルークスはフェンの背に飛び乗り、最後に一度だけ、里を振り返った。
そこには、長老会の筆頭ガリウスが、右手の杖を誇らしげに掲げ、エルフの民と共にこちらを見送っていた。
(……三万三千ポイント。前世の年収をぶち込んで作ったこの『余白』が、どうか長く続きますように)
ルークスは小さく呟くと、フェンの首を叩いた。
「行こう、フェン。次は、この世界の中心――王都だ」
「ガゥゥゥ! (ああ、主よ! 王都にはどんな美味いものが待っているのか楽しみだ。俺の腹は、もう次の戦いに向けて準備万端だぞ!)」
伝説の魔獣が力強く大地を蹴り、黄金の粒子を撒き散らしながら走り出す。
背後に流れていく深緑の森。視界の端に浮かぶシステムウィンドウには、次なる目的地を指し示す無機質なナビゲーションが展開されていた。
『メインクエスト更新:人族編(王都編)を開始します。』
『目標:国王リアムとの謁見、及び宰相オルコの陰謀を阻止せよ。』
『現在の物理的排除の可能性(ジルヴァによる干渉):(上昇中)』
「……$68%$か。エルフの里での一件で、向こうも相当イラついてるみたいだな」
ルークスの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
ブラック企業の理不尽な上司たちを相手に、不可能と言われたプロジェクトを何度も完遂させてきた彼にとって、敵の敵意が見える化されることは、むしろ好都合だった。
馬車が街道を進むにつれ、周囲の景色は森から広大な平原へと変わり、遠くの地平線には人族の繁栄の象徴である、白亜の城壁を巡らせた王都エストリアのシルエットが姿を現した。
そこは、華やかな社交界の裏で、どす黒い欲望と裏切りが渦巻く、新たな「戦地」だ。
ルークスがこれまでに積み上げてきた農業知識、インフラ技術、そしてポイントという名の武器。そのすべてを試される時が来ようとしていた。
「……さあ、始めようか。俺の『理想のスローライフ』を邪魔する奴らには、現実という名の『耕作』を叩き込んでやる」
馬車の車輪が立てる規則的な音が、まるで新たな戦いの幕開けを告げる秒針のように響く。
ルークス・グルト。
最強の農民が、ついに異世界の歴史の表舞台へと、その泥だらけの靴で踏み出した。
【読者へのメッセージ】
第百六十七話をお読みいただき、ありがとうございます!
エルフ編、堂々の完結です。聖域に「温もり」を残し、ルークスはいよいよ物語の中心地である王都へと向かいます。
これまでの「農村・辺境」という舞台から、一気に「国家・政治」へとスケールアップする王都編。そこには、ルークスの前世の知識をさらに高度に活用しなければならない強敵たちが待ち受けています。
そして、ついに姿を現すもう一人の転生者、ジルヴァ。
「ルークスとエルフたちの別れに感動した!」「王都編の無双も楽しみ!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価】【感想】【ブックマーク】で、ルークスの次なるポイントを支えてください!
次話、第百六十八話「王都エストリア、白亜の城壁と潜む影」。
最強農民の王都進撃、ご期待ください!
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