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第二百六話:輸送隊の危機と、フェンの課金進化(ペイ・トゥ・ウィン)
しおりを挟む王都の市場に革命を起こしたスラム農園の野菜たち。
その評判は日増しに高まり、直売所には毎朝長蛇の列ができている。
だが、事業が拡大すれば、新たなボトルネック(障害)が発生するのは世の常だ。
「……遅いな」
俺はスラムと市場を繋ぐ路地裏で、腕時計代わりの太陽の位置を確認して眉をひそめた。
現在の最大の問題点。それは「物流」だ。
生産拠点はスラムの奥地。販売所は平民街の広場。この間を移動する手段は、今のところスラムの住人たちが引く、人力の古ぼけた荷車しかない。
道は悪く、時間はかかり、何より――
「……嫌な予感がする。フェン、行くぞ」
「ふん。主よ、鼻が利くな。風に乗って、焦げ臭い硝煙と、腐った人間の臭いがするぞ」
俺とフェンは路地を駆けた。
---
予感は的中した。
路地裏の開けた場所で、我らが輸送隊は立ち往生していた。
荷車を取り囲んでいるのは、柄の悪い男たち。お揃いの黒い鉢巻を巻き、手には斧や鉄パイプを持っている。
王都の裏社会で幅を利かせる半グレ集団『黒牙(ブラック・ファング)』だ。
「お、おい! やめてくれ! これは俺たちが育てた大事な野菜なんだ!」
「どいてくれ! お客さんが待ってるんだ!」
スラムの若者たちが必死に懇願するが、男たちはニヤニヤと笑いながら道を塞いでいる。
「あぁん? 知らねぇなぁ。ここは俺たちの縄張りだ。通行料を払ってもらおうか」
リーダー格の男が、荷車に積まれたトマトの木箱を蹴り上げた。
ガシャァッ!
箱が地面に落ち、真っ赤な完熟トマトが飛び散る。
男はそれを革靴の底で、グリグリと踏みにじった。
「おっと、滑っちまった。……へへっ、いい音だ。どうせスラムのゴミ野菜だろ? ゴミがゴミに戻っただけじゃねぇか」
「ああっ……! 俺のトマトが……!」
若者が悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、別の男が斧を一閃させ、荷車の車輪を叩き割った。
バキィッ!
荷車が傾き、大根やカボチャが泥の中に転がり落ちる。
男たちは人間を殴らない。王室御用達の農民に手を出せば、騎士団が動くことを知っているからだ。だからこそ、より陰湿に、俺たちの「心」と「財布」を狙い撃ちにしてきている。
「ヒャハハ! 運が悪かったな! これじゃあ売り物にならねぇなぁ!」
男たちが野菜を次々と踏み潰していく。
瑞々しい果汁が、汚い泥と混ざり合う。
その光景を見た瞬間、俺の頭の中で何かが切れる音がした。
「……おい」
俺は路地の入り口から、低く声をかけた。
男たちが振り返る。
「あ? なんだテメェは……」
「俺を殴るのはいい。俺の悪口を言うのも許そう。……だがな」
俺は踏み潰されたトマトを見つめ、静かに、しかし煮えたぎる怒りを込めて告げた。
「俺の商品(金ヅル)に手を出す奴は……万死に値する」
「ハッ! なんだその貧弱な兄ちゃんは! やっちまえ!」
男たちが一斉に襲いかかってくる。その数、三十人以上。
しかも彼らは散開し、俺ではなく残りの荷車を破壊しようと動き出した。
「くそっ、数が多い! 散らばられたら守りきれない!」
今の俺には広範囲を制圧する魔法はない。フェンも子犬の姿では、一度に制圧できる範囲に限界がある。
このままでは、野菜が全滅する。
今日の売上が、スラムのみんなの努力が、ゼロになる。
(主よ、迷っている暇はないぞ! アレを使え!)
フェンの鋭い念話が響く。
(アレだ! 先週、アイテム交換リストに追加された『高純度魔石』! あれを我に食わせろ! 一時的だが、全盛期の力を取り戻せる!)
俺は走りながらウィンドウを開いた。
【アイテム交換:『高純度魔石(闇属性)』 5,000pt】
「ご、五千だと……ッ!?」
俺は絶句した。
5,000ポイント。スープを何杯売れば稼げると思っているんだ。スラムの住民百人分の食費に匹敵する大金だ。
それを、たかが一回の戦闘で使い捨てるだと!?
「高い! 高すぎる! フェン、お前いつもタダ飯食ってるんだから気合でなんとかしろ!」
「バカ者! 野菜が全滅すれば損失はそれ以上だぞ! これだけの『損害(あか)』を出して、経営者として恥ずかしくないのか!」
フェンの正論が突き刺さる。
その時、目の前で、丹精込めて育てた巨大カボチャが、男の鉄パイプで粉砕された。
パァンッ!
黄色い中身が飛び散る。
「――あ」
俺の理性が消し飛んだ。
カボチャスープ百杯分が。俺のポイントが。
「……食えッ! その代わり、一人残らず殲滅(掃除)しろォッ!!」
俺は怒号と共に購入ボタンを連打した。
亜空間から現れた、拳大の漆黒の魔石。それを放り投げると、フェンが空中でパクりと食らいついた。
ガリッ、ボリボリッ。
次の瞬間。
路地裏の空気が凍りついた。
「グルァアアアアアアアッ!!!」
子犬の姿が黒い霧に包まれ、爆発的に膨れ上がる。
霧が晴れた其処にいたのは、体高3メートルを超す、伝説の魔獣。
漆黒の毛並み、燃えるような金色の瞳、そして世界を食い千切るような巨大な顎。
ブラックフェンリル――成獣モード、顕現。
「ひ……ひぃッ!?」
「な、なんだアレは……! 狼……いや、化け物……!?」
半グレたちの動きが止まる。腰を抜かし、武器を取り落とす者もいる。
生物としての格が違いすぎる。食物連鎖の頂点に立つ存在の前に、チンピラ風情が立っていられるはずがない。
「……我の主の供物を踏み荒らした罪」
フェンが低い声で唸るだけで、路地裏の窓ガラスがビリビリと震えた。
「その薄汚い魂で償ってもらうぞ」
「――『絶叫(ハウル)』」
WOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!
フェンが一吠えした瞬間、物理的な衝撃波が路地を駆け抜けた。
男たちの鼓膜が破れんばかりに振動し、平衡感覚を失い、全員が白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
爪も牙も使わない。ただの声だけで、三十人の暴徒が制圧された。
「……やりすぎだバカ犬。荷車までひっくり返ってるじゃないか」
俺はフラフラになりながらも、全滅した敵を見下ろした。
野菜は守られた。だが、被害は甚大だ。
壊された車輪、踏み潰されたトマト、そして何より……消費した5,000pt。
「……赤字だ。今日一日、タダ働き決定だ」
元の可愛い子犬に戻り、「ぷふー、食った食った」と欠伸をしているフェンを睨みつけながら、俺は膝をついた。
「見事な手並みだ。……それに、凄まじい従魔だな」
その時、路地の影から拍手が聞こえた。
俺が警戒して振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
油の染み付いた革ジャンに、商人とは思えない鋭い目つき。背後には、屈強な男たちと、頑丈そうな大型の荷馬車が控えている。
「誰だ。……ギルドの追手か?」
「いいや。俺はロベルト。この界隈で運送業をやってる者だ。……ずっと見てたぜ、あんたらの商売」
ロベルトと名乗った男は、壊れた荷車と、俺の絶望的な顔を見てニヤリと笑った。
「あんた、商品は最高だ。だがあの犬っころ以外、運び方が素人すぎる。……どうだ? 俺と手を組まないか? あんたの野菜を、俺のルートで王都中に運んでやるよ」
物流のプロ。
まさに今、俺が喉から手が出るほど欲しかった人材。
だが、タダで話に乗るほど俺は甘くない。
「……話は聞こう。だが、手数料は高いぞ?」
「ハッ、強気だな。……面白ぇ。商談といこうか、王室御用達の農民様」
破壊された野菜の残骸の上で、新たな契約の芽が生まれようとしていた。
経済戦争・第二ラウンド。
次は「物流」を制した者が、王都を制する。
---
読者の皆様、第二百六話「輸送隊の危機と、フェンの課金進化」をお読みいただきありがとうございました!
5,000ポイントという巨額投資(課金)による、フェンの圧倒的無双!
スカッとしましたが、ルークスの懐事情は氷河期です……。
しかし、そこで現れた新たな協力者。
ここからルークスの「販売網」はどう進化するのか!?
次回、第二百七話。
「王都物流網の構築と、貴族街への逆襲」。
ロベルトとの提携で、ついにルークスの野菜が貴族の食卓へ!?
続きが気になる方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】をお願いします!
皆様の一票が、ルークスの「赤字補填」になります!(泣)
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