ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第二百十五話:英雄、事後処理から全力逃走する

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 ふかふかの羽毛布団に顔を埋め、バターの香ばしい余韻に包まれながら微睡(まどろ)む。これ以上の幸福がこの世にあるだろうか。
 ……いや、あった。それは「二度寝」という名の至福だ。
 俺、ルークス・グルトは、王都の喧騒を夢の彼方へと追いやり、幸せな溜息をつきながら寝返りを打った。

 だが、その平穏は、部屋の扉を叩く凄まじい轟音によって無残に粉砕された。

「ルークス! 起きているか! 大変なことになっているぞ!」

 扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、辺境伯レオナルド様だった。
 俺は寝ぼけ眼をこすりながら、上半身を起こす。

「……辺境伯様、まだ朝の六時ですよ。農家の朝は早いですが、今は休暇中のはず……」
「馬鹿を言うな! 窓の外を見てみろ!」

 急かされて窓から外を覗いた瞬間、俺の睡魔は王都の外まで吹き飛んだ。
 辺境伯邸の広大な前庭を埋め尽くしているのは、眩いばかりの白銀の鎧に身を包んだ王宮騎士団。そして、派手な装飾を施した貴族たちの馬車が、門の外まで長蛇の列を作っている。
 掲げられているのは、王家の紋章が入った旗や、有力貴族たちの家紋だ。

「……なんです、あれ。今日、王都でパレードでもあるんですか?」
「お前のためのパレードだ! 国王陛下は『救国の聖農』という新たな爵位を授与する準備を始めておられるし、貴族たちは自分の領地に『奇跡の肥料』を分けてもらおうと、婚姻の申し込みから養子の縁組まで、あらゆる書類を持って押し寄せているぞ!」

 救国の聖農。
 ……何だその、字面だけで胃がキリキリ痛むような称号は。
 俺の頭の中で、前世のブラック企業時代の記憶が警告音を鳴らす。これは「昇進」という名の「無制限責任負わせ」だ。一度受ければ、一生、王国の農業全般のバグ取り――いや、問題解決に駆り出されることになる。

「嫌です。絶対に嫌です。俺はリーフ村でトマトを育てたいだけなんです。……辺境伯様、助けてください! 俺、今すぐ消えます!」
「ははは、無理を言うな。あんなに囲まれて……」
「今年の冬の『最高級ひまわり油』と、新種の『糖度限界突破トマト』、優先権はすべて辺境伯領に回します!」

 レオナルド様の目が、ギランと商人のように光った。
 彼はしばし沈黙した後、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……分かった。国王陛下には、私が上手く言っておこう。『ルークスは奇跡の代償として、一時的に魔力と記憶を失い、静養のために北の僻地へ消えた』とな」
「それだ! さすが辺境伯様、話が早い!」

 そこからは、まさに「戦い」だった。
 俺はフェンを叩き起こし、リリアとアルフレッド、そして「スパイごっこだよ!」と目を輝かせるマキナを急かして、脱出の準備を整える。

「ポイント消費! アイテム:『超加速の長靴(農作業・傾斜地用カスタム)』、および『農民の擬態マント(土塊色)』!」

 本来なら険しい山道での作業効率を上げるための長靴だが、今は王都の石畳を音もなく、かつ超高速で駆け抜けるためのレーシングシューズと化している。

「よし、フェン、マキナ、リリア、アルフレッド、みんな俺の『収納魔法【大】』で作った隠しコンテナに入れ!」
『主よ、扱いが雑ではないか?』
「背に腹は代えられないんだ。……いくぞ!」

 レオナルド様が表門で「ルークス殿は今、深い眠りについておられる! 面会はまかりならん!」と貴族たちを足止めしている隙に、俺は裏口の勝手口から飛び出した。

[スキル:『隠密行動Lv.2』起動。]
[スキル:『気配遮断(害獣観察用)』起動。]

 俺の姿は、周囲の風景……具体的には、路地裏に積まれた肥料袋の山や、建物の影に完全に溶け込んだ。
 王宮騎士たちが目を光らせる中、俺は壁を走り、屋根を飛び越え、驚異的な速度で城門へと向かう。

「待て! そこの肥料袋、今動かなかったか!?」
「馬鹿を言え、昨日の奇跡の余韻で、ただの石ころまで光って見えるだけだ。それより、聖農様へ贈る花束の準備を……」

 騎士たちの会話を背に、俺は心の中でガッツポーズを作った。
 よし、いける。あと少しで城門だ。

 だが、城門付近の検問所で、俺は一人の男と目が合った。
 市場でいつも俺の野菜を真っ先に買ってくれていた、農夫のロベルトだ。
 彼は荷車を引きながら、じっと俺のいる(はずの)空間を見つめていた。

(……しまった、ロベルトの直感は鋭いんだった)

 俺は覚悟を決めて、一瞬だけ隠密を解いた。
 ロベルトは目を見開き、それから周囲を警戒するように見渡すと、俺に向かってニカッと白い歯を見せて笑った。

「……あばよ、英雄様。あんたの作った大地は最高だ。ここからは俺たちが、あんたの野菜に恥じない実りを育ててみせる。……また、美味いもん持ってきてくれよな!」

 ロベルトは、ただそれだけを小声で告げると、何事もなかったかのように荷車を引いて去っていった。
 俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
 王族や貴族からの称賛よりも、その一言の方が、今の俺には何万倍も嬉しかった。

「……ああ。また来るよ。商売敵として、負けないくらいのやつを持ってくるからな」

 俺は再び姿を消し、手配しておいた辺境伯領直属の輸送馬車へと飛び込んだ。

 ガラガラと、小気味よい音を立てて馬車が王都の城門を抜ける。
 街道に出たところで、俺は隠しコンテナから家族とフェンを出した。

「ふぅ……。なんとか脱出したか」
「お兄ちゃん、すごかった! 忍術使いみたいだったよ!」
「もう……心臓に悪いわ。でも、これでようやくリーフ村に帰れるのね」

 リリアが安堵の息をつき、アルフレッドが黙って頷く。
 俺は馬車の荷台に寝転がり、流れていく王都の外壁を見上げた。
 数億ポイントを稼ぎ、世界の理を書き換え、災厄を粉砕した。
 だが、その結果として手に入れたのは、揺れる馬車の中の、家族の笑い声だ。

「……やっぱり、スローライフが一番だな」

 俺は、深い安堵感と共に、システムウィンドウの端に届いていた通知を、無意識にタップした。

[通知:大規模環境アップデートの副作用により、特殊ドロップアイテムを獲得しました。]
[アイテム:『解析不能な光る種子』×1]
[システムより:聖樹守護領域(エルフ・セクター)との共鳴を確認。所持しているだけで、特定領域への進入フラグが成立します。]

「……ん? なんだこれ、新しい肥料のサンプルか?」

 俺は、自分のポケットの中に、いつの間にか紛れ込んでいた、淡い翠色の光を放つ不思議な種を見つけた。
 その種からは、今まで嗅いだことのないような、深くて、清涼な森の香りが漂ってくる。

 だが、今の俺は、その香りの意味を考えるよりも先に、押し寄せてくる心地よい眠気に抗えなかった。

「……まあ、いいや。解析は……村に帰って、一眠りしてからだ……」

 馬車の揺れが、心地よい揺り籠のように俺を運んでいく。
 ポケットの中の種が、俺の体温に触れて、ほんの一瞬だけ強く、鼓動するように光ったことに、俺はまだ気づいていなかった。

---


**【読者へのメッセージ】**
いつもご愛読ありがとうございます!
第二百十五話、いかがでしたでしょうか?
「救世主」よりも「農民」であることを選び、全力で逃亡を図るルークス。
ロベルトとの短い、けれど確かな絆の確認、そして「肥料袋への擬態」という農民らしい脱出劇を楽しんでいただけていれば幸いです。
ですが、ルークスのポケットに紛れ込んだ「光る種子」。
それが彼を、次なる舞台――神秘と停滞の森「聖樹連合国(エルフ編)」へと導くことになります。
「ルークス、逃げ切れてよかった!」「次からの新展開も楽しみ!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価・感想・ブックマーク】で応援をお願いします!
皆様の声が、ルークスの次なる旅路を照らす光になります!
次回、第二百十六話――「帰還、そして森からの呼び声」。お楽しみに!
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