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第19話:神の設計図と、新たな魔法
しおりを挟む母が全快し、穏やかで幸福な季節が、ライナス男爵領を包んでいた。
アークイモの初収穫は大成功を収め、村の食糧庫は史上初めて満たされた。村の冬の姿は、根本から変わったのだ。アーク自身も、この平和な時間の中で、心身ともに大きく成長していた。
だが、アークは知っていた。この幸福が、いかに脆い土台の上に成り立っているかを。
森の奥深くで、母なる世界樹が、今も死の瘴気に蝕まれ、悲鳴を上げている。
約束を、果たさなければならない。
その決意を胸に、アークは、父と、彼が最も信頼する仲間たちを、領主の書斎に集めた。
「みんな、集まってくれてありがとう」
アークは、領主が使う巨大なオーク材の机の上に、一枚の巨大な羊皮紙を広げた。
そこに描かれていたのは、森の境界線に沿って、まるで巨大な蛇のように描かれた、無数の木々からなる長大な壁の設計図だった。
「僕が考えた、『緑の防壁』の設計図だよ」
アークは、瀕死の世界樹を救うため、森を蝕む瘴気を浄化し、押し返す「生きた壁」を創り出す、という途方もない計画を説明した。
書斎は、水を打ったように静まり返った。
ダグも、ローランも、その計画のあまりの壮大さに、「不可能だ」「数百年はかかる」と、現実的な反論を口にする。
だが、アークは、その反応を予測していたかのように、静かに微笑んだ。
「うん、知ってるよ。今までのやり方じゃ、不可能だよね。だから、やり方そのものを、変えるんだ」
アークに導かれ、一行は屋敷の裏庭へと向かった。
アークは、仲間たちの前で、二つの種を掌に置いた。
一つは、強靭だが成長の遅い、樫の木の種。
もう一つは、成長は速いが脆く、すぐに枯れる、野生の蔓植物の種。
アークは、その二つの種を、両手でそっと包み込んだ。
彼の体から、これまでとは明らかに質の違う、より複雑で、より高密度な魔力の光が溢れ出す。
それは、祈りによる奇跡ではない。あまりにも高度な、神の領域の**『設計』**だった。
アークの魔法は、二つの生命が持つ遺伝子情報という名の**「ソースコード」**を解きほぐし、不要な弱点を削除し、長所だけを組み合わせて、全く新しい一つの生命として**「再構築(コンパイル)」**する。
スキルツリー第二部:青年期編へと至る、新たな魔法――**『種子合成』**。
光が収まった時、アークの手には、淡い光を放つ不思議な種が握られていた。
「……これが、僕の答えだよ」
アークは、その新しい種を、足元の土にそっと植えた。
そして、その地面に、再び両手をかざす。
「**『植物育成(中)』**!!」
今までとは比較にならないほどの、強大な生命エネルギーが、アークの手から大地へと注ぎ込まれる。
地面が、ゴゴゴゴ、と地響きを立てて盛り上がった。
次の瞬間、土を突き破って力強い芽が天へと突き出し、それは常識ではありえない速度で成長を始めた。
みるみるうちに、それは、わずか数分で、アークの背丈を遥かに超える、五メートルほどの、見事な一本の若木へと姿を変えた。その葉は、瘴気を浄化する力を持つ証であるかのように、聖なる光を帯びて、キラキラと輝いていた。
目の前の、あまりにも冒涜的で、あまりにも美しい奇跡を前にして、大人たちは、完全に沈黙していた。
最初に、その静寂を破ったのは、ダグだった。
彼は、ゆっくりとアークの前に進み出ると、その場に、深く、膝をついた。
「……俺は、命なき鉄を打つことしか知らなかった。だが、あんたは……生命そのものを、打ち上げるのか」
「アーク様。俺の槌は、あなたのものです。この命、燃え-尽きるまで、あなたの『設計図』を、この世界に打ち出すための、**鉄床(かなとこ)**となります」
続いて、ローランが、ゆっくりと口を開いた。
「……どうやら、私の引退は、もう少し先になりそうだな。これほどまでに壮大で、胸が沸き立つ戦は、生まれて初めてだ」
老騎士は、その背筋を伸ばし、客人としてではなく、一人の騎士として、主君に誓うように、深く頭を垂れた。彼が次に紡ぐ言葉は、もはや子供に向けるものではない。
「我が知恵と、この剣、全てをあなたに捧げます。――**我が君(マイロード)**」
そして、最後に、父が、アークの前に立った。
彼は、膝をつくことも、頭を下げることもしなかった。
ただ、一人の領主として、息子であり、そして、自分を超える後継者の、その小さな両肩に、大きな手を置いた。
その声には、領主としての、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「行け、アーク。お前の信じる道を。これより、**ライナス男爵家の全ては、お前の盾となり、剣となる**」
それは、父から子への激励ではない。現領主から、次代の、そして自分を超える領主への、事実上の**「全権委任」**。父が、息子を、ライナス家の未来そのものであると、完全に認めた瞬間だった。
ギデオンは、その光景を、ただ涙を流しながら見守っていた。
アークは、仲間たちの、そして父の、あまりにも温かく、そして、あまりにも重い信頼を、その小さな身体で、しかし、まっすぐに受け止めた。
彼は、自らが創り出した奇跡の若木を見上げた。
「この木を、『聖浄樹(せいじょうじゅ)』と名付けよう」
愛するたった一人を救うための、小さな冒険は終わった。
そして今、名も知らぬ無数の命を救うための、あまりにも壮大な『設計』が、始まる。
***
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