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第170話:陽だまりの工房と、兄弟の設計図
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創造主の休日、盟主の朝
創造主アークが永い眠りから目覚めて、数日が過ぎた。
陽だまりの街には、まるで待ちわびていた春が一斉に訪れたかのような、穏やかで、しかし確かな生命の息吹が満ち溢れていた。
その朝、アークは久しぶりに、兄アルフォンスと共に食卓についていた。まだ自力で椅子に座り続けるのは少し辛いようで、背中には母が用意してくれた柔らかなクッションが当てられている。だが、その表情は驚くほど晴れやかだった。**大部分が本来の美しい金色を取り戻した髪が**、窓から差し込む朝日に照らされ、キラキラと輝いている。
「……ん、美味いな、このパン」
「そうかよ。セーラが、お前のために特別に焼いたんだ。聖浄樹の蜂蜜が練り込んであるらしい」
ぶっきらぼうに答えながらも、アルフォンスは弟の顔色が昨日よりもさらに良くなっていることに気づき、安堵に胸を撫で下ろしていた。
食卓の下では、主の目覚めが嬉しくてたまらないウルが、アルフォンスの足にじゃれついたり、アークがこぼしたパン屑を小さな舌で拾ったりと、忙しなく動き回っている。その神々しい毛並みは、部屋に差し込む朝日を浴びてキラキラと輝き、まるで小さな太陽のようだった。
「兄さんは、これから評議会?」
「ああ。ディアナさんたちと、『宿木』の具体的な計画を詰めなきゃならん。お前も来るか?無理はするなよ」
「うん、少しだけ顔を出すよ。僕も、そろそろ仕事を始めないとね」
アークは悪戯っぽく笑った。その二色の瞳には、創造主としての好奇心と、この温かい日常への感謝の光が宿っていた。
####
陽だまりの香印工房
評議会の前に、アークはアルフォンスに支えられながら、街に新設された『陽だまりの香印』工房を訪れた。
聖浄樹の木材だけで建てられたその工房は、まるで森の中の小さな神殿のように、清浄な空気に満ちていた。
「アーク様、お待ちしておりました」
ミカエラが、穏やかな笑みで二人を迎える。工房の中では、セーラとエルフの薬草師たちが、真剣な面持ちで、しかしどこか楽しげに、最初の香印インクの量産準備を進めていた。
「見てくれよ、アーク坊ちゃん!あんたが創ったこの『魂の証明印』のおかげで、あたしの鼻も、まだまだ捨てたもんじゃないって分かったからね!」
セーラは、まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせ、様々な香油の配合を試している。
「ウル殿、こちらの新芽の香りはどうですかな?」
エルフの薬草師が、小さな葉をウルの鼻先に近づける。ウルは真剣な顔つきで匂いを嗅ぎ分けると、「きゅい!(こっちの方がいい!)」と別の葉を前足で指し示した。その的確な鑑定眼は、もはやこの工房に不可欠な『品質管理者』としての役割を果たしていた。
アークは、その光景を、満足げに見守っていた。彼は設計図を描いただけ。だが、仲間たちが、それぞれの才能と情熱で、その設計図に命を吹き込んでいる。創造とは、一人で成し遂げるものではない。共に創り上げる喜びこそが、その本質なのだと、彼は改めて感じていた。
####
新たなる時代の評議会
『盟約の館』の円卓には、陽だまり連合の未来を担う仲間たちが集結していた。
アルフォンスが盟主として議長席に座り、その隣に、アークが穏やかな表情で腰を下ろしている。彼の存在は、それだけで、この評議会に絶対的な安心感と、未来への確信を与えていた。
**評議会の議題は、『陽だまりの宿木』計画の具体的な実行段階について。兄が不在の間に蒔いた『友情』の種を、いかにして大陸全土で花開かせるか。連合の未来を左右する、最初の重要な設計会議だった。**
『皆様。最初の宿木を、あの名もなき『始まりの村』に建設するという盟主殿の気高い決断、わたくしも心より賛同いたしますわ』
ディアナの、どこまでも澄んだ声が響く。『ですが、理想を実現するためには、現実的な計画が必要です。**アルフォンス様の理想は理解できますが、現実的な資金の流れ、そして費用対効果を考えれば…** 我が銀月商会が試算したところ、資材の輸送、人材の派遣、そして現地のインフラ整備……少なくとも、半年以上の歳月と、莫大な費用が必要となります。特に、あの村へ至る道は、未だ整備されておらず……』
その、あまりにも現実的な壁に、カエランやヴォルカンが顔を曇らせる。カエランは立ち上がり、熱を込めて反論した。「ディアナ殿、費用対効果だけが全てではありません!**飢えを知る我らだからこそ、この温もりを誰よりも早く広めたいのです!**あの村の人々の心にも、一日も早く陽だまりを!」ヴォルカンもまた、静かに、しかし力強く続けた。「うむ。そして、その『温もり』を形にするには、確かな技術が必要だ。**技の継承こそが国家の礎!安易な拡大は、その価値を損ないかねません!**まずは我らが西方の職人が赴き、確かな『器』を創るべきです!」
それぞれの国の未来を背負った、三者三様の正論。それは、連合が初めて直面する、健全で、しかし、決して避けては通れない『対立』だった。だが、アルフォンスは動じなかった。
「そのための『仲間』だろう」
彼は、円卓を見回した。
「ヴォルカン殿。あんたたちの西方の技で、最短で物資を運ぶための、頑丈な荷馬車を創ってはくれまいか。カエラン殿。あんたたちの南方の知恵で、痩せた土地でも作物を育てるための、最初の種籾を、始まりの村へ届けてはくれまいか」
「そして、アズライト殿」アルフォンスは、光の姿で参加する賢塔の魔術師長へと向き直った。「あんたたちの魔法で、その道のりを、少しでも安全にするための、道標となる光を灯してはいただけないだろうか」
それは、命令ではなかった。盟主から、対等な仲間への、信頼の言葉。
ヴォルカンは「承知!」と力強く拳を打ち鳴らし、カエランは「我が故郷の再誕の恩を、今こそ!」と目に決意の炎を宿した。アズライトもまた、「謹んで。我らが論理の光が、あなたの温かい道の、一助となるならば」と深く頷いた。
連合という名の、多様な歯車が、一つの大きな目標に向かって、完璧に噛み合い始めた瞬間だった。
####
兄弟の設計図
評議会が終わり、書斎に戻ったアークは、兄と共に、始まりの村のための『宿木』の、最終的な設計図を詰めていた。
アルフォンスは、盟主として、必要な人員、資材、予算といった現実的な側面を、ローランの助言を受けながら、一つ一つ確認していく。
アークは、創造主として、その村の気候や風土に合わせ、最も効率的に陽光を取り入れ、少ない燃料で暖を取れる、建物の構造そのものを設計していく。彼の膝の上では、ウルが設計図の上に広げられた地図の上で、まるで新しい遊び場を見つけたかのように、小さな肉球で興味深げに『始まりの村』の位置をちょんちょんと触っている。
現実を見据える、揺るぎない守護者。
理想を描き出す、無限の創造主。
二人の英雄の、それぞれの才能が、一枚の羊皮紙の上で、完璧な形で融合していく。
「……それにしても、驚いたぜ」アルフォンスは、図面から顔を上げ、弟の横顔を見つめた。「お前、あの名もなき村に、そんな思い入れがあったとはな」
「うん」アークは、ペンを置くと、窓の外の、どこまでも続く青空を見上げた。その瞳には、あの日の記憶が、鮮やかに蘇っていた。
「あの村で、僕は初めて、自分の力が、見知ぬ誰かの、小さな希望になれることを知ったんだ。僕が蒔いたのは、ただの種だった。でも、彼らは、それを奇跡と呼び、涙を流して、天に祈った。あの時の、人々の涙の温かさを、僕は、決して忘れない」
「だから、兄さん。始まりの村の宿木には、教会のような高い塔も、アカデミーのような立派な講堂もいらない。ただ、一つだけ……」
彼は、設計図の、その中心に、一つの、小さな円を描き加えた。
「――どんなに凍える夜でも、旅人が、いつでも温かいスープを飲める、**決して火の消えることのない、大きな暖炉**。それだけがあれば、きっと、大丈夫だから」
その、あまりにもアークらしい、温かい設計思想。
アルフォンスは、言葉もなく、ただ、深く頷いた。そして、心の中で誓った。
(ああ。必ず創り上げてみせるさ。お前が夢見る、世界で一番、温かい暖炉を。そして、お前が完全に元気になるまで、その火を、この俺が、絶やさずに守り続けてやる)
創造主と、守護者。二人の英雄が見つめる先には、もはや一片の曇りもない、どこまでも続く、陽だまりの未来が広がっていた。窓の外では、陽だまりの街の無数の灯りが、まるで地上の星々のようにきらめき、二人が描く設計図を、優しく照らし出していた。
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