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第171話:未来を運ぶ車輪と、陽だまりの根っこ
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陽だまりの朝、創造主のリハビリ
創造主が目覚めてから、数週間。陽だまりの街は、初夏の柔らかな陽光と、未来へ向かう確かな槌音に満ち溢れていた。
アーク・ライナスの一日は、兄アルフォンスとの穏やかな朝餉から始まった。まだ体力は完全に戻っていないものの、日に日に回復していくのを実感していた。セーラの愛情がたっぷり込められたスープは、彼の魂と肉体を優しく満たしていく。
「……ん、美味いな、このスープ。今日は、南方の香辛料が少し入ってる?」
「ああ。カエラン殿が『盟主殿の弟君に、故郷の太陽の味を』ってな」
アルフォンスは、弟が味覚や嗅覚まで完全に回復していることに安堵しつつ、ぶっきらぼうに答えた。食卓の下では、ウルが主人の足元で気持ちよさそうに丸くなり、部屋を満たす温かい匂いに満足げに鼻をひくつかせている。
食後、アークは兄と共に街の視察へと向かった。まだ長距離を歩くことはできないため、ダグが特別に改良した、聖浄樹の木材で作られた軽量な車椅子に乗って。だが、それはもはや病人用の道具ではなく、創造主が自らの庭を巡るための、ささやかな玉座のようでもあった。
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未来を創る槌音
街の東側に新設された『連合共同工房』は、大陸の歴史上、誰も見たことのない熱気に満ちていた。
「もっとだ!もっと鋼をしならせろ!ただ硬いだけじゃ、始まりの村の悪路は越えられんぞ!」
西方の職人長グンナルが、鋼のような声で檄を飛ばす。彼らが創り上げていたのは、『始まりの村』への物資輸送を担う、新型の荷馬車だった。陽だまりの街の『鉄鋼樹』の強靭な車軸、西方の『特殊合金』による軽量な車体、そして南方の『耐熱・耐寒』の特殊な樹脂で覆われた幌。三つの国の最高の技術が、アルフォンスの「ただ一つの陽だまりを守る」という号令の下に、一つの形へと結集していた。
その隣の区画では、南方の農夫たちが、アカデミーの生徒たちと共に、小さな麻袋に種籾を詰める作業に追われていた。それは、カエランがアークの助言を得て品種改良した、痩せた土地でも力強く根を張るという、特別な麦の種だった。
「この一粒が、始まりの村の、最初の希望になるんだ。心を込めて、詰めてくれよ!」
老農夫バルドが、若者たちに、その仕事の尊さを熱く語っている。
そして、工房の最も奥まった一角。蒼の賢塔から派遣された魔術師たちが、エルフのリオンと共に、奇妙な水晶玉の調整を行っていた。
「なるほど……エルフの森の理では、マナの流れは、このように捉えるのですか。我らが論理とは、全く異なる……しかし、美しい」
魔術師長アズライトは、リオンが示す、自然と調和したマナの誘導法に、感嘆の声を漏らしていた。彼らが創っていたのは、始まりの村への険しい道筋を照らすための『道標の水晶』。賢塔の精密な魔術回路と、エルフの森の知恵が融合した、新たなる時代の光だった。
アークは、その、あまりにも活気に満ちた光景を、車椅子の上から、満足げに見守っていた。自分が蒔いた種が、それぞれの場所で、それぞれの美しい花を咲かせ、そして今、互いの花粉を交換し、全く新しい、より豊かな実を結ぼうとしている。
(……すごいな。僕一人では、決して創れなかった世界だ)
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使節団の支度
アカデミーの一室では、始まりの村への使節団の長に任命されたフィンが、旅立ちの準備を進めていた。机の上には、アークから託された『始まりの村』周辺の詳細な地図と、ローランがまとめた現地の風俗や習慣に関する報告書が広げられている。
だが、彼が最も熱心に見つめていたのは、そのどちらでもなかった。それは、ダグとグンナルが創り上げた、美しい木彫りの動物や、精巧な知恵の輪だった。
(……僕にできることは、なんだろう。アーク兄ちゃんみたいに、奇跡は起こせない。アルフォンス兄ちゃんみたいに、力で守ることもできない。でも……)
彼は、工房で見た、子供たちが玩具を前に目を輝かせる光景を思い出した。
(そうだ。僕には、物語がある。この、小さな玩具に、陽だまりの物語を吹き込んで、子供たちの心に、最初に笑顔の花を咲かせることなら、できるかもしれない)
彼は、木炭のペンを手に取ると、一つ一つの玩具に添えるための、短い、しかし心温まる物語を、夢中で書きつけ始めた。
一方、ガラス温室では、リーリエが、旅に持っていく『月光花』の種を、小さな布袋に、一つ一つ、大切そうに詰めていた。その傍らで、アークから贈られた『陽だまりの根っこ』の種子が植えられた鉢植えが、彼女の決意に応えるかのように、温かい光を放っている。
「……大丈夫かな、私に、できるかな……」
不安げに呟く彼女の足元に、どこからともなく現れたウルが、そっと寄り添った。彼は、リーリエの膝に前足をかけると、まるで「君ならできるよ」とでも言うかのように、その漆黒の瞳で、真っ直ぐに彼女を見つめ返した。その、聖なる獣からの、言葉のない励ましに、リーリエの瞳に、再び強い光が宿った。
####
陽だまりの根っこ、旅立ちの朝
出発の朝。街の門前には、これまでにないほど多くの人々が集まっていた。それは、ただの見送りではない。連合全体の、最初の公式な『事業』の成功を祈る、一つの巨大な家族の祈りだった。
完成した新型の荷馬車には、西方の技術の粋が詰め込まれた建設資材、南方の希望が詰まった種籾、そして、陽だまりの街の温もりが込められた食料や本、玩具が、満載されていた。
アルフォンスは、盟主として、旅立つフィンとリーリエ、そして各国の代表者たちの前に立った。
「フィン。お前は、もう、ただの学者じゃない。この陽だまりの『心』を伝える、俺の、誇り高き弟だ。……リーリエ。お前は、もう、ただの留学生じゃない。遠い地に、新しい春を届ける、俺たちの、自慢の娘だ」
その、若き王の、どこまでも温かい言葉に、二人は、深く、深く頭を下げた。
そして、アークが、兄に支えられながら、車椅子からゆっくりと立ち上がった。まだ少し足元はおぼつかないが、その姿には、完全なる創造主の威厳が戻っていた。
彼は、フィンとリーリエの手に、それぞれ、出発の前夜にウルが大切そうに咥えてきた、滑らかに磨かれた**『世界樹の若木の枝』**を、そっと握らせた。
「これは、ウルからの、祝福の贈り物だよ。道に迷った時、心が挫けそうになった時、きっと、君たちの進むべき道を、温かく照らしてくれるはずだ」
「行け、我が最高の友人たち。君たち一人ひとりが、この世界に蒔かれる、新しい時代の、最初の**『陽だまりの根っこ』**だ。どんなに冷たい大地にも、必ず、温かい花を咲かせることができると、世界に証明してきてほしい」
「「「行ってまいります!」」」
街中の人々の、割れんばかりの歓声に見送られ、新たなる時代の、最初の使節団を乗せた馬車は、希望の光が差す、東の空へと、ゆっくりと走り出した。
アークは、兄の隣で、その、あまりにも頼もしい後ろ姿を、静かに見送っていた。
(……始まったんだな、兄さん。僕らが、本当に創りたかった、新しい時代の、最初のページが)
その、温かい旅立ちの光景は、アークの魂を、深く、深く満たした。彼は、兄の肩に、安心したように、そっと頭を預ける。
その夜、眠りについたアークの夢の中に、これまでにないほど鮮明な光景が広がった。始まりの村で、フィンが目を輝かせる子供たちに囲まれ、陽だまりの物語を語り聞かせている。リーリエが創った小さな花壇で、病弱だったはずの弟ノアが、生まれて初めて、屈託のない笑顔で土に触れている。彼が蒔いた種が、仲間たちの手によって、世界中で、それぞれの美しい花を咲かせていく、輝かしい未来のビジョン。
現実世界。
アルフォンスが、弟の様子を見守る、その目の前で。
枕元の黄金の花が、これまでで最も強く、そして慈愛に満ちた輝きを放った。そして、八つの花が咲き誇るその中心で、これまで固く閉ざされていた、九つ目となる最後の黄金色の蕾が、まるで全ての準備が整ったことを祝福するかのように、音もなく、しかし、完璧な形で、その花弁を、完全に開いたのだ。
九つの、完璧な黄金色の花輪。そこから放これれる生命の光は、もはや部屋を満たすだけではない。それは、一つの、凝縮された光の奔流となって、アークの胸へと、優しく、吸い込まれていった。
彼の、永い眠りの代償として雪のように真っ白になっていた髪が、その根元から、まるで永い冬を越えた雪解けの大地に、春の陽光が一斉に差し込むかのように、完全に、あの美しい陽光の金色へと、力強く、そしてどこまでも優しく、戻っていったのだ。
アルフォンスは、その、あまりにも神々しく、あまりにも希望に満ちた光景に、息をすることも忘れ、ただ、立ち尽くしていた。主の魂の帰還を誰よりも敏感に感じ取っていたウルが、喜びを抑えきれずに「きゅぅぅん!」と魂からの歓喜の声を上げ、眠る主の頬に、その温かい体を何度も、何度もすり寄せている。その小さな体全体で、主の帰還を祝福している。
(……おかえり、アーク)
声にならない言葉が、魂の奥底から込み上げてくる。
(お前がいない世界は、広くて、重くて……寒かった。だが、もう大丈夫だ。お前が帰ってきた。俺たちの、たった一つの、太陽が)
アルフォンスは、これまで決して人前で見せることのなかった、子供のような嗚咽を漏らしながら、ただ、その奇跡の光景に、涙した。
***
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