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第16話 初めての“飲む”お菓子と、神様の飲み物 (16-1)
しおりを挟む太陽を焼いたあのお好み焼きの夜から一月が過ぎた頃。
街に、本格的な冬の足音が聞こえ始めていた。木々の葉はすっかり落ち、北の海から吹き付ける風は、日増しにその冷たさを増していく。
人々は、暖かい暖炉の火を囲み、温かい飲み物を求めるようになっていた。
「木漏れ日の食卓亭」も、冬支度を始めていた。
ベアトリスが分厚いカーテンを窓にかけ、リリィアは薪(まき)の数を数えている。そんな穏やかな光景を眺めながら、俺は一つのことを考えていた。
(……何か、新しいものが欲しいな)
シチューやミートパイも、もちろん冬の定番だ。だが、食事ではなく、もっと気軽に、この宿屋を訪れる全ての人々の心と体を、芯から温めることができる、新しいメニュー。
それは、誰かの悩みを解決するためじゃない。ただ純粋に、新しい「ほっこり」を、この街に届けたい。そんな、俺自身の楽しみとしての挑戦だった。
「日向さん、どうしたの? 難しい顔をして」
リリィアが、不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「ああ、冬の新しい名物を考えていてね。何か、体の芯から温まる、甘くて美味しい飲み物はないものかと」
「飲み物……。ハチミツを入れたホットミルクも美味しいけど、もっと特別なもの?」
「そう。飲むだけで、幸せな夢が見られるような、そんな魔法の飲み物さ」
俺がそう言うと、リリィアは「わあ、素敵!」と目を輝かせた。
その日の午後、俺は街の薬屋を訪れていた。何かヒントがないかと、珍しい薬草や木の実を見て回っていたんだ。
「おや、日向さんじゃないか。珍しいね、あんたがここに来るなんて」
店の奥から出てきたのは、気難しそうな顔つきの、しかし腕は確かだと評判の老薬師、ゲッコーさんだった。
「こんにちは、ゲッコーさん。何か、料理のヒントになるようなものはないかと」
「ふん、ここは料理屋じゃねえ。薬屋だ。……まあ、いい。何か探しているものがあるのかね?」
俺は、店の棚に並べられた、様々な木の実や薬草を眺める。
そして、その一番奥の棚に、見覚えのある、しかしどこか違う、一つの茶色い粉が入った瓶を見つけた。
「ゲッコーさん、これは?」
「ああ、そいつかい? そいつは『ニガの実』の粉さ。滋養強壮に効くんだが、いかんせん、とんでもなく苦くてな。よほどの物好きか、病人でなけりゃ、誰も買わん代物だよ」
ニガの実。カカオ豆に、よく似ている。
俺は、ゲッコーさんに頼んで、その粉の香りを嗅がせてもらった。
鼻を近づけると、確かに、土のような、薬草のような、青臭い苦味のある香りがした。
だが、その奥に。
その苦味の、ずっとずっと奥の方に、俺は感じていた。まだ眠っている、とてつもなく芳醇で、甘い香りのポテンシャルを。
「……これだ」
俺は、思わず呟いた。
「ゲッコーさん、この粉を、少し分けていただけませんか?」
「本気かね? 忠告しとくが、砂糖を山ほど入れても、常人には飲めたもんじゃないぞ」
「ええ。この苦い薬を、俺が、この街で一番甘くて、幸せな飲み物に変えてみせますよ」
俺の自信に満ちた言葉に、ゲッコーさんは呆れたように、しかし、どこか面白そうに、鼻を鳴らした。
宿屋に戻った俺は、早速、リリィアにその茶色い粉を見せた。
「日向さん、これ、ゲッコーさんの店にあった、あの苦いお薬でしょ? これで、本当に甘い飲み物が作れるの?」
「ああ。リリィアちゃん、今から、この苦い薬が、甘いお菓子に生まれ変わる、魔法の物語をしてあげよう」
俺は、鉄のフライパンを火にかけながら、語り始めた。
「俺の世界でね、この豆を最初に飲んでいたのは、大昔の王様や神官だけだったんだ。当時は砂糖を入れず、スパイスと一緒に飲む、苦くて、滋養強壮の効果がある**『神々の飲み物』**として、神聖な儀式で飲まれていたんだよ」
「神様の……飲み物……」
「そう。この粉は、まだその頃の、気高い神様だった頃の記憶しか持っていない。だから、苦くて、人を寄せ付けないんだ。でもね、今から、俺たちが、この粉に新しい記憶を教えてあげるのさ」
俺は、熱したフライパンに、その茶色い粉を、そっと広げた。
まだ眠っているお姫様に、魔法のキスをする、王子様のように。
俺たちの、新しい「大発見」の物語が、今、始まろうとしていた。
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