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第20話 傲慢な役人と、常識を破壊するテリヤキバーガー (20-3)
しおりを挟む約束の時間。
ヴァレリウスは、食堂の中央の席に、ふんぞり返って座っていた。
俺は、出来立てのテリヤキバーガーを、大きな木の皿に乗せ、彼の前に、ドン、と置いた。
「……なんだ、これは」
ヴァレリウスが、目の前の料理を見て、眉をひそめる。
「ナイフとフォークは、どうした」
「ございません」
俺は、きっぱりと言った。
「その料理は、手で掴んで、大きな口でかぶりつくのが、唯一の作法ですので」
「……無礼な」
ヴァレリウスは、侮蔑の視線を俺に向けた後、忌々しそうに、しかし、その抗いがたいほどの香りに逆らえず、おそるおそる、バーガーを手に取った。
そして、一口。
その刹那。
ヴァレリウスの、蛇のように冷たかった瞳が、カッと、見開かれた。
(な……ななな、なんだ、この味の奔流は……!?)
まず、口の中に広がるのは、テリヤキソースの、甘じょっぱくて、香ばしい、衝撃的な味。
次に、それを追いかけるように、シャキシャキの野菜と、ジューシーな果実の、爽やかな酸味が駆け抜ける。
そして、最後に、主役である『森の黒牛』のパティ。噛みしめた瞬間、肉汁の洪水が、口の中の全てを支配する。
ふわふわのバンズが、その全てを、完璧に受け止めている。
「……んぐっ……!?」
彼は、貴族としての体面も忘れ、必死に、その味の暴力に耐えていた。
だが、もう遅い。
肉汁とソースが、彼の口の周りを、見事に汚していく。
「……う……うまい……」
ぽつりと漏れた呟き。
次の瞬間、彼は、我を忘れたように、夢中でバーガーにかぶりつき始めた。
プライドも、体裁も、全てがどうでもよくなっていた。
ただ、目の前にある、この圧倒的な「美味」という名の事実に、ひれ伏すしかなかった。
やがて、巨大だったバーガーが、跡形もなく消え去った頃。
ヴァレリウスは、ソースで汚れた口元を、絹のハンカチで拭うのも忘れ、ただ、呆然と、自分の手を見つめていた。
「……なぜだ……」
彼は、震える声で言った。
「なぜ、こんな……こんな、下品な庶民の料理が、私が王都で食べてきた、どんな高級料理よりも、美味いのだ……?」
俺は、静かに、彼に告げた。
「料理に、身分も、家柄も、関係ありません。そこにあるのは、食べる人を想う、作り手の『心』と、その土地で育まれた『知恵』だけです。あなたが見下していた、この街の全てが、この一皿には詰まっている」
俺の言葉に、ヴァレリウスは、何も言い返すことができなかった。
彼は、たった一杯のハンバーガーの前に、その価値観と、プライドを、完膚なきまでに、破壊されたのだ。
その日の午後。
ヴァレリウスは、誰にも何も告げず、まるで逃げるように、馬車で街を去っていった。
不当な税の話も、森の没収の話も、まるで、最初からなかったかのように。
食堂には、街の人々の、爆発的な歓声が、いつまでも、いつまでも、響き渡っていた。
この日、一人の料理人が、権力という名の壁を、痛快に打ち破った。
そして、日向耕介という男の名は、もはやただの料理人ではなく、この街を守る「英雄」として、人々の心に、深く、深く、刻まれることとなるのだった。
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