異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第25話 幕間・王子の見た光

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夜。
大舞踏室の喧騒が、遠い夢のように聞こえる。
わたくし、テオドアは、自室のバルコニーから、月明かりに照らされた王城の庭園を、ただ黙って見つめていた。
頬を撫でる夜風が、心地よい。
こんなふうに、穏やかな気持ちで夜空を見上げるのは、一体、何年ぶりのことだろうか。

数時間前まで、あの舞踏室は、わたくしが最も嫌う場所だった。
華やかで、きらびやかで、しかし、氷のように冷たい場所。
そこに集う貴族たちは、皆、美しい仮面をかぶり、心にもない言葉を交わし合う。
完璧な作法。完璧な笑顔。完璧な会話。
そこには、温もりのかけらもなかった。
あの部屋は、わたくしを孤独にした、この王城そのものの縮図だった。

だから、あの料理人――日向耕介が、晩餐会であの料理を出すと聞いた時、わたくしは、我が耳を疑った。
『チーズフォンデュ』。
一つの鍋を、皆で囲んで食べる、庶民の料理。
正気の沙汰ではない、と。
あの、プライドだけが高い貴族たちが、そんな無作法なものを口にするはずがない。
晩餐会は、きっと、惨劇と化すだろう、と。

だが。
わたくしは、間違っていた。

目の前で繰り広げられた光景は、まさに、奇跡だった。
最初は、戸惑い、侮蔑の視線を向けていた貴族たちが。
あの、黄金色のチーズを一口食べた瞬間から、魔法にかかったように、変わっていったのだ。

「おおっ! この赤いのは、果実のように甘いぞ!」
「私のは、森のキノコのような、香ばしい味がする!」

自分のフォークで、同じ鍋のチーズをすくい、隣の者と、子供のようにはしゃぎながら、感想を語り合う。
そこにはもう、公爵も、伯爵も、男爵もなかった。
ただ、温かい料理を囲む、一人の「人間」がいるだけだった。
彼らが、あんなにも無防備で、あたたかい笑顔を浮かべるのを、わたくしは、生まれて初めて見た。

(……ああ、そうか)

わたくしは、その光景を見ながら、静かに、涙を流していた。
あの日、日向耕介が、わたくしのためだけに作ってくれた、あの『太陽のグラタン』。
あの温かさは、決して、わたくし一人のための、特別な魔法ではなかったのだ。

彼の料理は、誰の心の中にもある、氷の壁を溶かす。
身分も、家柄も、プライドも関係なく、人を、ただの「人」に戻してくれる。
そして、思い出させてくれるのだ。
誰かと、一つの食卓を囲んで笑い合うことが、どれほど、温かくて、幸せなことだったかを。

気づけば、わたくしも、笑っていた。
心の底から、父上が驚くほど、大きな声で、笑っていた。

バルコニーから、眼下の城下町を見下ろす。
そこには、無数の、小さな灯りが、またたいている。
一つ一つは、頼りない光かもしれない。
だが、その一つ一つに、きっと、今夜のあの舞踏室のような、温かい食卓があるのだろう。

(……行ってみようか。明日、目が覚めたら)

父上に、お願いしてみよう。
お忍びで、あの料理人がいたという、港町へ。
彼が、その魔法を学んだ、あの温かい食卓へと。

テオドア王子は、その夜、久しぶりに、未来への、小さな夢を見た。
それは、王として国を治める夢ではない。
ただ、大切な誰かと、一つの鍋を囲んで、心から笑い合うという、ささやかで、しかし、何よりも温かい夢だった。

◼️◼️◼️◼️◼️
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