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第28話 幕間・女海賊の故郷
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嵐が去った、静かな夜。
『海竜の牙』号の、船長室。あたし、イソラは一人、窓の外に広がる、穏やかな夜の海を眺めていた。
手の中には、上等のラム酒が入った、銀の杯。
だが、今夜は、この自慢の酒が、ひどく味気なく感じられた。
あたしの舌と、腹の底には、まだ、あの『竜窯』の炎の熱さと、焦げたチーズの香ばしい匂いが、こびりついて離れないのだ。
(……やられたよ、全く)
心の内で、そう呟く。
あの『木漏れ日の食卓亭』とかいう宿屋。
最初は、少し脅してやれば、有り金全部を巻き上げてやれると、そう思っていた。
嵐で疲弊した船乗りたちを前に、あの料理人が、どんな顔をするか、見ものだと。
だが、あの男――日向耕介は、違った。
百人前という、絶望的な要求を前に、あいつは、笑いやがったのだ。
そして、あの厨房で始まった、狂乱の宴。
ジュウウウウウッ!という、命が焼ける音。
立ち上る、トマトとチーズの、抗いがたいほどに食欲をそそる香り。
そして、あの、熱々の『ピッツァ』とかいう、太陽のかけら。
一口、食べた瞬間。
あたしの、何年も忘れていたはずの記憶の蓋が、いともたやすく、こじ開けられてしまった。
――あれは、あたしがまだ、『女海賊』なんて大層な名前で呼ばれる前の、ただの腹を空かせた、港町のガキだった頃。
親もいない。家もない。仲間たちと、ゴミを漁って、その日暮らしをしていた。
そんなあたしたちにとって、一番のご馳走は、パン屋の親父が、気まぐれで窯の隅っこで焼いてくれる、パンの切れ端だった。
トマトのソースなんて、しゃれたもんは乗っちゃいない。ただ、少しだけ岩塩と、ハーブが乗っただけの、不格好な、平べったいパン。
それを、仲間たちと奪い合うようにして、腹に詰め込んだ。
熱くて、しょっぱくて、でも、世界で一番、美味かった。
あのパンを食べている時だけは、未来への不安も、孤独も、全てを忘れられた。
(……ああ、そうか)
あの日向耕介が出してきたのは、ただの料理じゃない。
あいつは、あたしの、心の奥底に眠っていた、あのガキの頃の、原風景を、見つけ出しやがったのだ。
技術や、食材じゃない。
『お前たちが腹を空かせているのは知ってる。さあ、難しいことは考えずに、これを食って、元気を出せ』
あのピッツァには、そんな、ぶっきらぼうで、最高に温かいメッセージが、込められていた。
「……はっ。敵わねえな」
乾いた笑いが、口から漏れた。
あの男は、ただの料理人じゃない。
人の魂を、丸裸にしちまう、恐ろしい魔法使いだ。
コンコン、と船長室の扉がノックされる。
「船長! 明日の朝には、出航できます!」
部下の、元気な声。
そうだ。腹は、もう満たされた。
心も、温かい。
なら、やることは一つだ。
次の海へ、次の宝を探しに、進むだけ。
「……よし」
あたしは、残りのラム酒を、ぐいっと一気に飲み干した。
そして、立ち上がる。
次にこの街に来る時は、客としてじゃない。
あの男に、最高の「獲物」を土産に、最高の酒を酌み交わす、ダチとして、会いに来てやろう。
イソラは、ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。
その顔は、もう、ただの恐ろしい女海賊ではない。
新しい冒険に、胸を躍らせる、一人の、ただの船乗りの顔つきに、戻っていた。
◼️◼️◼️◼️◼️
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになります。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
『海竜の牙』号の、船長室。あたし、イソラは一人、窓の外に広がる、穏やかな夜の海を眺めていた。
手の中には、上等のラム酒が入った、銀の杯。
だが、今夜は、この自慢の酒が、ひどく味気なく感じられた。
あたしの舌と、腹の底には、まだ、あの『竜窯』の炎の熱さと、焦げたチーズの香ばしい匂いが、こびりついて離れないのだ。
(……やられたよ、全く)
心の内で、そう呟く。
あの『木漏れ日の食卓亭』とかいう宿屋。
最初は、少し脅してやれば、有り金全部を巻き上げてやれると、そう思っていた。
嵐で疲弊した船乗りたちを前に、あの料理人が、どんな顔をするか、見ものだと。
だが、あの男――日向耕介は、違った。
百人前という、絶望的な要求を前に、あいつは、笑いやがったのだ。
そして、あの厨房で始まった、狂乱の宴。
ジュウウウウウッ!という、命が焼ける音。
立ち上る、トマトとチーズの、抗いがたいほどに食欲をそそる香り。
そして、あの、熱々の『ピッツァ』とかいう、太陽のかけら。
一口、食べた瞬間。
あたしの、何年も忘れていたはずの記憶の蓋が、いともたやすく、こじ開けられてしまった。
――あれは、あたしがまだ、『女海賊』なんて大層な名前で呼ばれる前の、ただの腹を空かせた、港町のガキだった頃。
親もいない。家もない。仲間たちと、ゴミを漁って、その日暮らしをしていた。
そんなあたしたちにとって、一番のご馳走は、パン屋の親父が、気まぐれで窯の隅っこで焼いてくれる、パンの切れ端だった。
トマトのソースなんて、しゃれたもんは乗っちゃいない。ただ、少しだけ岩塩と、ハーブが乗っただけの、不格好な、平べったいパン。
それを、仲間たちと奪い合うようにして、腹に詰め込んだ。
熱くて、しょっぱくて、でも、世界で一番、美味かった。
あのパンを食べている時だけは、未来への不安も、孤独も、全てを忘れられた。
(……ああ、そうか)
あの日向耕介が出してきたのは、ただの料理じゃない。
あいつは、あたしの、心の奥底に眠っていた、あのガキの頃の、原風景を、見つけ出しやがったのだ。
技術や、食材じゃない。
『お前たちが腹を空かせているのは知ってる。さあ、難しいことは考えずに、これを食って、元気を出せ』
あのピッツァには、そんな、ぶっきらぼうで、最高に温かいメッセージが、込められていた。
「……はっ。敵わねえな」
乾いた笑いが、口から漏れた。
あの男は、ただの料理人じゃない。
人の魂を、丸裸にしちまう、恐ろしい魔法使いだ。
コンコン、と船長室の扉がノックされる。
「船長! 明日の朝には、出航できます!」
部下の、元気な声。
そうだ。腹は、もう満たされた。
心も、温かい。
なら、やることは一つだ。
次の海へ、次の宝を探しに、進むだけ。
「……よし」
あたしは、残りのラム酒を、ぐいっと一気に飲み干した。
そして、立ち上がる。
次にこの街に来る時は、客としてじゃない。
あの男に、最高の「獲物」を土産に、最高の酒を酌み交わす、ダチとして、会いに来てやろう。
イソラは、ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。
その顔は、もう、ただの恐ろしい女海賊ではない。
新しい冒険に、胸を躍らせる、一人の、ただの船乗りの顔つきに、戻っていた。
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*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
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