異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

文字の大きさ
120 / 293

第30話 幕間・弟子の土と、皇帝の菓子

しおりを挟む
夜。
『木漏れ日の食卓亭』の、弟子たちに与えられた小さな部屋で、俺、レオは一人、自分の手のひらを、じっと見つめていた。
爪の間には、まだ、あの森の土が、黒く残っている。
王都の厨房にいた頃の、白くて、傷一つなかった手とは、まるで違う。
数日前までの俺なら、この手を、屈辱に震えながら、何度も何度も洗っていただろう。

だが、今の俺は。
この、土の匂いが染みついた手のひらを、なぜか、誇らしく感じていた。

(……何が、違ったんだ……)

日向さんに「森へ行くぞ」と言われた時、俺は、心の底から、馬鹿にしていた。
料理人が、なぜ、土をいじる必要がある?
俺たちの仕事場は、厨房だ。最高の食材は、金で買えばいい。
森の生態系がどうなろうと、蜂が元気をなくそうと、それは、俺たちの知ったことではない、と。

だが、あの光景を目の当たりにして、俺は、言葉を失った。
枯れ果てた、花畑。
力なく、巣の周りをうごめくだけの、虹色蜂たち。
それは、ただの風景ではなかった。
俺たちが、毎日、当たり前のように使っている食材の、声なき「悲鳴」だったのだ。

泥にまみれ、汗を流し、あの『影の蔓』を引き抜いていく。
最初は、ただの苦役だった。
だが、作業を進めるうちに、気づいたのだ。
俺たちの手で、蔓を一本引き抜くたびに、森が、少しずつ、息を吹き返していくのを。
風の色が変わり、光の匂いが変わり、そして、蜂たちの羽音が、力強くなっていくのを。

(……ああ、そうか。俺たちは、今まで、命の『結果』だけを、調理していたのか)

日向さんは、俺たちに、その『過程』を、体で教えようとしていたのだ。
食材が、どれほどの物語を経て、俺たちの前に現れるのかを。

そして、あの『バクラヴァ』。
厨房に戻り、彼があの菓子を作り始めた時、俺は、ようやく、全ての意味を理解した。

『皇帝(スルタン)たちが、その権力の象徴として作らせた、究極の菓子』
『職人技の結晶』

彼が語る、その華やかな物語。
だが、俺が、あの一切れを口にした時に感じたのは、そんな高尚なものではなかった。

サクサクとした、幾重にも重なるパイ生地。
ナッツの香ばしさ。
そして、舌の上でとろける、あの『虹色の蜂蜜』の、深く、優しい甘み。

その味は。
ただ、甘いだけじゃなかった。
あの森の、湿った土の匂いがした。
必死で蔓を抜いた時に流した、汗のしょっぱさがした。
そして何より、森の主や、モグモグや、共に戦った仲間たちとの、温かい『絆』の味がした。

(……これが、日向さんの……いや、師の、料理の世界か……)

俺は、そっと、窓の外に目をやった。
月明かりの下、森が、静かに呼吸をしているのが分かる。
あの森は、もう、ただの食材の宝庫ではない。
俺たちが、共に汗を流し、守り抜いた、かけがえのない「仲間」なのだ。

俺は、もう一度、自分の手のひらを見つめた。
この、土の匂いがする手。
これこそが、今の俺の、新しい誇りだ。

明日、一番に厨房へ行こう。
そして、師に、こう言うのだ。
「――日向さん。どうか、俺に、あの蜂蜜を使った、新しい料理を、考えさせてはいただけませんか」と。

王都の技術だけを振りかざしていた、昨日の俺は、もういない。
俺の、本当の料理人としての物語は、この、土の匂いと共に、静かに始まろうとしていた。

◼️◼️◼️◼️◼️
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになります。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

処理中です...