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第31話 幕間・狩人の宝物
しおりを挟む水平線の向こうが、ゆっくりと白み始める。
出航の時が、来た。
俺は、船の甲板から、だんだんと小さくなっていく、あの港町の灯りを、ただ黙って見つめていた。
部下たちの間には、いつものような、獲物を逃したことへの悔しさや、苛立ちの空気はない。誰もが、どこか晴れやかな、穏やかな顔つきで、海を見ていた。
(……完敗だ)
心の内で、そう呟く。
俺たちトレジャーハンターは、誇り高き狩人だ。危険を顧みず、伝説の宝を追い求める。それが、俺たちの生き様であり、正義だった。
あの『歌姫の白貝』も、俺たちにとっては、家族の未来を約束してくれる、正当な「獲物」のはずだった。
『誇り高きハンターであるあなた方が、本当に、そんな相手に、剣を向けたいですか?』
あの料理人――日向耕介の、静かだが、魂を射抜くような言葉が、脳裏に蘇る。
そうだ。俺たちは、いつしか、忘れていたのかもしれない。
狩人としての、本当の誇りを。
ただ、金になるというだけの理由で、命を奪う。それは、狩人などではない。ただの、強盗だ。
そして、あの一杯のスープ。
『ブイヤベース』とか言ったか。
浜辺に、あの巨大な鍋が運び出された時も、俺は、まだ心のどこかで、彼らを侮っていた。
どうせ、感傷に訴えかけるだけの、パフォーマンスだろうと。
だが、あの黄金色のスープを一口、口に運んだ瞬間。
俺の、何十年もかけて築き上げてきた、価値観そのものが、根底から覆された。
(……なんだ、これは……)
口の中に広がったのは、ただの魚介の味ではない。
海だ。
俺たちが、生まれ、育ち、そして、戦ってきた、あの偉大なる海、そのものだった。
喜びも、悲しみも、怒りも、その全ての感情を、優しく包み込むような、母なる海の、温かさ。
『本当の海の宝とは、この黄金色のスープこそが、本当の宝なんだ』
そうだ。
俺たちは、目が眩んでいた。
たった一つの、冷たくて、硬い真珠のために、もっと、でっかくて、温かくて、数え切れないほどの命が溶け合った、本当の宝物を、見失うところだったのだ。
俺たちが、剣を置いた時。
あの料理人は、勝者の顔などしていなかった。
ただ、同じ、海を愛する一人の男として、穏やかに、微笑んでいただけだった。
「キャプテン! 風が出てきました! 次は、どの方角へ?」
部下の、元気な声。
その手には、昨夜の宴で、街の漁師たちと酌み交わした、安酒の瓶が、まだ握られている。
俺は、ハッと我に返ると、ニヤリと笑った。
「……決まってんだろ」
俺は、海図にない、全く新しい方角を指差した。
「次の宝を探しに行く。ただし、今度の宝は、金貨じゃ買えねえ、とびっきり温かくて、美味い宝だ!」
俺の言葉に、部下たちは、一瞬、きょとんとした顔をしたが、やがて、皆、腹の底から、豪快に笑い始めた。
船は、朝日を浴びて、黄金色に輝く海原へと、力強く進み始めた。
俺たちの、本当の「宝探し」の冒険は、この港町での、一杯の敗北から、静かに始まろうとしていた。
そして、あの浜辺に残された、一つの巨大な真珠は、俺たちが、新しい船出の覚悟として、あの温かい街へと贈った、心ばかりの「置き土産」だった。
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