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第43話 病める大樹と、静寂のヴィシソワーズ (43-2)
しおりを挟むエルフの里にある厨房は、かつてないほどの静かな熱気に満ちていた。俺は、集まった弟子たちと、リラをはじめとする若いエルフたちの前で、純白の芋と、青々とした葱を並べてみせた。
「長老様。あなた方の哲学は、痛いほど分かります。だからこそ、提案したい」
俺は、猛反対するロルエンに、静かに語りかけた。「これから作るスープは、火の熱さで完成するものではありません。穏やかな熱で生命を呼び覚ました後、清らかな泉の水のように、静かに冷やすことで完成するのです。熱で活性化した力を、冷やすことで**純粋な癒しの雫へと昇華させる**。これは、荒ぶる心を鎮める、**静寂と瞑想の一皿**なのです」
俺の言葉に、ロルエンはぐっと言葉を詰ませた。女王が、静かに頷く。
「…良いでしょう。あなたの『調和』に、もう一度、この森の未来を賭けてみます」
こうして、調理の許可が下りた。
俺が選んだのは、エルフたちが育てた**『月光芋(げっこういも)』**と**『風鳴きの葱(かぜなきのねぎ)』**。どちらも、マナを豊富に含んだ、この森でしか育たない特別な野菜だった。
俺は、まず『風鳴きの葱』を薄切りにし、ドワーフの国で分けてもらった『炉の脂』(発酵バター)で、焦がさないようにじっくりと炒めていく。その繊細な火の扱いは、エルフたちに「火=破壊」ではないことを雄弁に物語っていた。
「師匠…これは…」
レオが、その光景に目を見開く。王都で学んだ、効率を重視する調理法とは、何もかもが違っていた。
「そうだ、レオ。料理は、時に対話なんだ。相手が心を開くまで、ただ、ひたすらに待つ」
炒めた葱に、皮を剥いた月光芋と、清らかな泉の水を加え、芋が柔らかくなるまで、静かに煮込む。そして、それを目の細かい布で、丁寧に、何度も濾していく。一滴の不純物も許さない、神聖な儀式のように。
だが、最高のスープには、最高の「命の素」が必要だった。
「きゅいん!」
その時だった。俺たちの様子を見ていたモグモグが、いつの間にか厨房を抜け出し、世界樹の洞(うろ)から、何かを大切そうに咥えて帰ってきたのだ。
それは、水晶のように透明に輝く、粘性の高い液体。
「まさか…『生命の雫(いのちのしずく)』…!」
女王が、息を呑んだ。それは、大樹が、最後の力を振り絞って生み出した、マナの結晶。何百年も、その姿を現さなかったという、伝説の奇跡だった。モグモグが言うには、眠る精霊が、自ら彼に託したのだという。
俺は、その一滴を、濾し終えた純白のスープの中へと、そっと落とした。
その瞬間、スープ全体が、内側から淡い銀色の光を放ち始めた。厨房は、厳かで、清浄な気に満たされた。
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