異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第51話 幕間・パン職人が見た宝物

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夜。一日の仕事を終えたパン窯の、残った熱が工房を優しく温めている。わし、クラウスは一人、木の椅子に腰掛け、窓の外で静まり返った市場を眺めていた。日中は、あの『黄金コロッケ』とかいう料理を求める人々の熱狂で、まるで祭りのようだった。その残り香が、まだ夜の空気の中に、甘く、香ばしく漂っている気がした。

数週間前まで、この街は、ジャガイモの山に埋もれて、静かに窒息しかけていた。わしの店も、客足は遠のき、ただ義務のように、味気ないパンを焼くだけの日々。妻のマーサを亡くして以来、一度はあの料理人…日向殿のスープに救われたはずのわしの心も、街全体の沈んだ空気に引っぱられるように、また、灰色に戻りかけていた。

昼過ぎだったか。日向殿の一番弟子であるレオとかいう若者が、わしの店にやってきたのは。
「親方。もし、余っているパンの耳があれば、譲ってはいただけないだろうか」
わしは、工房の隅に積んであった、カチカチに硬くなったパンの耳の麻袋を指差した。家畜の餌にしかならん、わしのパンの、いわば「失敗作」の成れの果てだ。
「…持っていきな。代金はいらん。どうせ、捨てるだけの、ガラクタだからな」
若者は、深々と頭を下げると、そのガラクタの詰まった袋を、なぜか、まるで宝物でも運ぶかのように、大切そうに抱えて帰っていった。

夕方、市場から聞こえてくる、ただならぬ歓声と、抗いがたいほどの香ばしい匂いに誘われて、わしも屋台を覗きにいった。そして、手にした、あの黄金色の塊。
一口、かじった。

サクッ!!!!

その音を聞いた瞬間、わしは、時が止まるのを感じた。
なんだ、この食感は。
軽やかで、力強く、そして、驚くほどに香ばしい。こんな衣、王都の一流店でさえ、食べたことがない。
だが、わしは、その正体を、舌が、職人としての魂が、理解してしまっていた。
…これは、わしのパンだ。
わしが、今朝、「ガラクタだ」と言って、あの若者に渡した、あの、カチカチのパンの耳の味だ。

彼らは、わしの捨てたガラクタを、ただ使ったのではない。
全く新しい命を吹き込み、わしの焼いたどのパンよりも、輝かしい「宝物」へと、昇華させてみせたのだ。

あの若者…レオ殿の顔が、脳裏に蘇る。彼は、日向殿と同じ目をしていた。
物事の、表面だけを見るのではない。その奥に眠る、本当の価値を見抜く目。そして、それを最高の形で輝かせるための、知恵と、愛情。
日向殿は、弟子たちに、料理の技術だけではなく、その「魂」そのものを、確かに継承させていたのだ。

わしは、工房の隅に残っていた、最後のパンの耳を、そっと手に取った。
もう、これを、ガラクタだとは、とても思えなかった。
わしは、新しい麻袋を用意すると、その宝物を、一つ、また一つと、丁寧に入れ始めた。

明日、あの若者たちが、また、この宝物を、求めに来るだろうから。
わしも、この街の再生の物語の、ささやかな一部になれる。
その温かい事実が、マーサを失って以来、ずっと空っぽだったわしの心を、久しぶりに、満たしてくれた。

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