異世界ほのぼのクッキングロード ~元フードコーディネーター、不思議な食材で今日も一皿~

はぶさん

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第61話 南国のカビと、希望の瓶詰め (61-2)

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その夜、島の長老たちが集まる円形の議事堂は、重い沈黙と、絶望に満ちていた。中央の焚き火が、集まった男たちの、深いシワが刻まれた顔を、不安げに照らし出している。
「…やはり、海の神の怒りに触れたとしか考えられん」
一番年嵩の長老が、か細い声で言った。「明日の夜明けと共に、我が家に伝わる最大の真珠を、海に捧げる儀式を執り行う」
他の長老たちも、他に道はないとばかりに、静かに頷く。彼らは、自分たちの理解を超えた災厄を前に、古くからの言い伝えと祈りに、すがるしかなかったのだ。

「お待ちください」

その、神聖なまでの沈黙を破ったのは、俺の、静かな声だった。議事堂にいた全ての視線が、招かれざる異邦人である俺に、鋭く突き刺さる。
「人間よ、ここは神聖な議事堂だ。お主が口を挟む場所では…」
長老の一人が、怒りを露わにするのを、キャプテン・マードックが、そっと手で制した。

俺は、昼間、貯蔵庫から採取してきた、赤黒いカビが付着した木片を、皆の前に差し出した。
「これは、呪いではありません。神の怒りでもない。ただの、**目に見えないほど小さな、生き物**です」
俺の言葉に、長老たちが、怪訝な顔をする。
俺は、料理人としての、そして、元いた世界の「現代知識」を、彼らが理解できる言葉に、慎重に翻訳しながら、語り始めた。
「このカビは、高温多湿な、この島の気候を好む、極めて生命力の強い菌類…小さな植物のようなものです。あなた方がこれまで信じてきた、塩漬けや燻製という保存法は、いわば『木の盾』。ですが、今、あなた方の敵は、その盾を、いともたやすく食い破るほどの、強力な『鉄の槍』を手に入れたのです」

「では、どうしろと…! 我らには、もう打つ手がないというのか!」
マードックが、苦しげに叫ぶ。
俺は、静かに、しかし、はっきりと答えた。
「敵が武器を変えたのなら、こちらも、鎧を変えればいい。**『瓶詰め』**という、科学の鎧に」

俺は、彼らに、一つの物語を語り始めた。それは、この問題を解決するための、俺なりの「経緯と対話」だった。
「昔、私の故郷で、ナポレオンという偉大な皇帝がいました。彼は、巨大な軍隊を率いて、世界中を旅しましたが、常に、兵士たちの食料問題に悩まされていました。兵士たちは、飢えと、腐った食料がもたらす病気に、苦しんでいたのです」
「皇帝は、国中に、呼びかけました。『軍隊の食料を、長期間、安全に保つ方法を発明した者には、莫大な懸賞金を与える』と」
「その時、名乗りを上げたのは、偉大な将軍でも、賢者でもありませんでした。街の、名もなき、一人の菓子職人だったのです」
「彼は、発見しました。『瓶の中の食材を加熱して、目に見えない小さな敵を完全に殺し、空気が入らないように、固く、固く、密封すれば、食べ物は、決して腐らない』という、驚くべき真実を」
「敵は、呪いではありません。目に見えない、小さな生き物です。ならば、戦い方を変えなければ。祈りや儀式ではない。**知恵と、技術で、この見えない敵から、食料を守り抜く**のです。そのための料理が、**『オイルサーディン』**です」

議事堂は、静まり返っていた。俺が語った物語は、彼らの常識とは、あまりにもかけ離れていた。
やがて、一番年嵩の長老が、その鋭い目で、俺を射抜くように見つめた。
「…言葉は、もういい、人間よ。お主の言う、その『ガラスの鎧』とやらを、我らの前で、示してみせよ」

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