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第64話 完璧主義の事務員と、失敗作のタルト・タタン (64-2)
しおりを挟む翌日、俺は、冒険者ギルドで、書類の山と格闘しているフィリップの元を訪れた。
「フィリップさん。少し、休憩しませんか。最高の息抜きになる、お菓子があるんです」
俺の、穏やかな誘いに、彼は、怯えたような目でこちらを見た。「ですが、仕事が…」と言う彼の前に、俺は、一つの、真っ赤なリンゴを差し出した。
「最高の仕事は、最高の休息から生まれます。さあ、行きましょう」
俺は、半ば強引に、彼の腕を引き、『木漏れ日の食卓亭』の厨房へと、連れ出した。
厨房に、甘く、そして、少しだけ焦げたような、香ばしい香りが立ち上る。俺は、フィリップを客席に座らせると、彼の目の前で、一つの菓子の調理を始めた。
フライパンの上で、たっぷりのバターと砂糖が、黄金色の泡を立てて溶けていく。そこへ、薄切りにしたリンゴを、一枚一枚、丁寧に並べていく。ジュウウウウッ、という心地よい音と共に、リンゴの甘酸っぱい香りが、バターの芳醇な香りと溶け合っていく。
「今から作るのは**『タルト・タタン』**。俺の故郷で、百年以上も愛され続けている、温かいリンゴの菓子です」
俺は、リンゴを煮詰めながら、この菓子が持つ、少しおっちょこちょいで、しかし、奇跡のような物語を、語り始めた。これは、この問題を解決するための、俺なりの「経緯と対話」だった。
「この菓子は、タタンという、とても働き者の姉妹が経営するホテルで、偶然、生まれました。ある日、厨房で忙しく働いていた姉妹の一人が、リンゴのパイを作る際、うっかり、このリンゴを煮詰める工程で、火をかけすぎてしまったのです」
「フライパンからは、焦げ付く匂い。彼女は、パニックになりました。『ああ、失敗してしまった!』と。そして、その失敗を、お客さんから隠そうと、とっさに、上からパイ生地を被せて、そのままオーブンで焼き上げてしまった」
「そして、焼きあがったパイを、祈るような気持ちで、皿の上へとひっくり返してみると…どうでしょう。焦げ付いたはずのリンゴは、誰も見たことのない、美しい飴色にキャラメリゼされ、甘く、ほろ苦い、奇跡のような味わいを生み出していたのです」
俺は、わざと、少しだけ、フライパンの中のキャラメルを、焦がしてみせた。ほろ苦い、大人の香りが、ふわりと立ち上る。
「フィリップさん。完璧を目指すことは、素晴らしいことです。ですが、**失敗は、必ずしも、終わりではない。時には、最高の傑作の、始まりになる**こともあるんですよ」
俺の言葉は、静かに、しかし、確実に、彼の、完璧主義という名の硬い鎧を、溶かし始めていた。
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