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第65話 北の狩人と、招かれざる客 (65-2)
しおりを挟む北の狩人たちが街外れにキャンプを築いてから、数日が過ぎた。だが、両者の間の、見えない氷の壁が溶ける気配は、一向になかった。それどころか、その亀裂は、決定的なものになろうとしていた。
事件が起きたのは、活気を取り戻したはずの市場だった。
一人の、若い狩人が、パン職人のクラウスさんの店で、干し肉を数枚差し出し、パンと交換しようとしていた。彼らの間には、共通の言葉がない。ただ、身振り手振りでの、懸命なコミュニケーション。だが、その光景を、街の商人の一人が、勘違いしたのだ。
「おい、野蛮人! 力ずくで、クラウスさんのパンを奪う気か!」
その、心無い一言が、引き金だった。若い狩人は、言葉の意味は分からずとも、その侮蔑に満ちた響きに、カッと顔を赤らめる。腰のナイフに手をかけようとした彼を、仲間たちが慌てて押さえつけた。暴力沙汰にはならなかった。だが、この一件は、あっという間に尾ひれがついて街中に広まり、「北の狩人は、やはり、危険で野蛮な連中だ」という、人々の偏見を、決定的なものにしてしまったのだ。
『木漏れ日の食卓亭』の厨房にも、その噂は届いていた。弟子たちが、憤慨したように、口々に狩人たちを非難する。
「なんて奴らだ! クラウスさんに、なんて無礼を!」
「やはり、街に入れるべきではなかったんだ!」
その時、俺は、黙って聞いていた一番弟子のレオに、静かに尋ねた。
「レオ。お前は、本当にそう思うか?」
「え…?」
「お前は、この目で、その光景を見たのか? 噂だけで、物事の本質を、決めつけてはいないか?」
師である俺の問いに、レオは、はっと息を呑んだ。ドワーフの国で、エルフの森で、彼が学んできたはずのこと。それは、物事の表面だけを見て、判断することの、愚かさだったはずだ。
俺は、噂を鵜呑みにせず、自らの目で真実を確かめるため、レオを伴い、彼らのキャンプを訪れることにした。
街外れのキャンプは、静寂に包まれていた。だが、そこに漂う空気は、街の人々が噂するような、野蛮で、暴力的なものではなかった。
男たちは、黙々と、自分たちの道具を手入れしている。その手つきは、驚くほどに丁寧で、まるで、神聖な儀式を行っているかのようだった。女たちは、火を囲み、子供たちに、古い伝承の歌を、静かに歌い聞かせている。そして、敷地の一角には、彼らが狩ったであろう獲物の骨が、綺麗に並べられ、小さな花が供えられていた。命を奪ったものへの、深い敬意と、感謝の祈り。そこにいたのは、野蛮な集団ではない。厳しい自然の理の中で、誇り高く生きる、ただ、一つの「家族」の姿だった。
俺たちが近づくと、一人の、ひときわ体格の大きな、そして、深い威厳をその目に宿した男が、立ち上がった。彼が、この一団の族長、ビョルンなのだろう。
俺は、敵意がないことを示すように、両手を広げ、静かに頭を下げた。
ビョルンは、俺の、料理人としての服装と、その振る舞いを見て、警戒を解いたのか、静かに、しかし、その声には、隠しきれない悔しさを滲ませて、語り始めた。
「…我らは、奪いに来たのではない。分かち合いに、来たのだ」
彼らは、山の獲物が少なくなるこの厳しい冬の間、自分たちが夏の間にとっておいた毛皮や干し肉を、街の穀物や塩と交換するために、何代も前から、毎年、この街を訪れていたのだという。
「だが、今年は、様子が違う。皆、我らを、まるで、病原菌のように避ける。我らが、一体、何をしたというのだ…?」
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