279 / 293
第70話 命の奔流と、一番弟子の船出 (70-3)
しおりを挟む
俺、レオが『ちゃんちゃん焼き』の物語を語り終えた時、狩人たちの間に漂っていた絶望と不信の空気は、静かな、しかし確かな期待へと変わっていた。俺はまず、彼らの文化に最大の敬意を払うことから始めた。
「ビョルン殿。この料理には大きく平たい鉄の板が必要です。ですが、それよりも、あなた方がこの山で最も信頼する『岩』はありますか? 最高の火を受け止められる、魂の宿った岩を」
俺の問いに、族長のビョルンはわずかに目を見開いた後、深く頷いた。
彼らが数人がかりで運び込んできたのは、巨大な黒い玄武岩の一枚岩。彼らが祭りの際に神聖な獲物を捧げる祭壇として使っている特別な岩なのだという。
俺は、その岩に深々と頭を下げた。「…これ以上の舞台はありません」
調理が始まった。それはもはや料理というよりも、一つの壮大な祝祭の儀式だった。
まず、狩人たちが彼らの知恵で岩の下に完璧な熾火の寝床を作り上げていく。山の魂が宿った、力強く安定した火だった。その間に、俺と若い弟子たちは川で獲れた巨大な魚を手際よく捌いていく。
そして、この料理のもう一つの主役、野菜だ。
「きゅいん!」
モグモグが、待ってましたとばかりに雪解け水が流れる岩場の影へと駆け出した。彼が誇らしげに咥えて帰ってきたのは、この季節にだけ芽を出すという**『熊笹の若芽』だった。
「こいつは…苦くて筋っぽい…」と狩人の一人がけげんな顔をする。
「これは、苦味じゃない。春の目覚めの味です」
俺は、港町から持参した特製の味噌とドワーフの国で分けてもらった発酵バターを混ぜ合わせ、そこへ細かく刻んだ『熊笹の若芽』をたっぷりと加えた。
(…そうだ。これが、俺の答えだ。港町の味噌、ドワーフのバター、そして、この山の若芽。師匠が教えてくれたのは、世界と対話し、その全てを、一つの皿の上で、仲間にしてやることなんだ…!)
誰にも真似のできない「魂のソース」が完成した瞬間だった。
岩が最高の熱を帯びた。俺はバターを溶かし山の野菜を敷き詰め、その上に魚の切り身を乗せる。
「ここだ! ビョルン殿! あなた方の炎の力を、見せてください!」
俺の合図で狩人たちが一斉に熾火に空気を送り込む。炎は勢いを増し、岩盤の温度を極限まで高めた。野菜から溢れ出す大量の蒸気が、魚の身を優しく蒸し上げていく!
最後に、特製のソースを全体にたっぷりと回しかけた。
ジュワアアアアアアアアアッ!
味噌とバター、そして『熊笹の若芽』が焼ける、香ばしくて甘じょっぱくて、どこまでも食欲をそそる香りが、爆発的に谷全体へと広がっていった!
完成した料理は皿には盛られない。皆が巨大な岩の食卓を囲み、自分の匙で好きなだけすくって食べるのだ。
最初に一口を口に運んだのは、族長のビョルンだった。そして、一瞬の沈黙の後、彼の岩のような顔が驚愕にカッと見開かれた。
「…う…うおおおっ…! なんだ、これは…!?」
魚の身がふわふわと雲のように舌の上でとろけていく! 皮はパリパリと香ばしい。そして、このソース! 味噌の深いコクとバターの豊潤な香りを、『熊笹の若芽』の爽やかな苦味が見事に引き締めている!
「美味い…! これが、水の民の、魂の味か…!」
その一言を皮切りに、狩人たちは我先にとその奇跡の味に殺到した。広場は歓喜と、新しい味との出会いを祝福する歓声に包まれた。
ビョルンは、夢中で魚を頬張る若者たちと、その隣で誇らしげに、しかし少しだけ照れくさそうに笑っている俺の顔を見比べた。そして、その大きな手で俺の肩を力強く叩いた。
「…若き料理人よ。いや…レオ殿。あんたは、もう師の影を追うただの弟子ではない。我らの、そしてこの山の命の恩人だ。一人の立派な料理人として、我らはあんたに最大の敬意と感謝を捧げる」
その、あまりにも温かく、そして重い言葉。
俺の目から熱いものがこぼれ落ちそうになるのを、必死で堪えた。(…師匠。見ていて、くれましたか。俺…やりましたよ…)
俺は、師から学んだ哲学を、自らの力で、実践してみせたのだ。
その夜、北の山に灯った焚き火は、これまでにないほど大きく、そして温かく、燃え盛っていたという。
【作者より】
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになっています。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
「ビョルン殿。この料理には大きく平たい鉄の板が必要です。ですが、それよりも、あなた方がこの山で最も信頼する『岩』はありますか? 最高の火を受け止められる、魂の宿った岩を」
俺の問いに、族長のビョルンはわずかに目を見開いた後、深く頷いた。
彼らが数人がかりで運び込んできたのは、巨大な黒い玄武岩の一枚岩。彼らが祭りの際に神聖な獲物を捧げる祭壇として使っている特別な岩なのだという。
俺は、その岩に深々と頭を下げた。「…これ以上の舞台はありません」
調理が始まった。それはもはや料理というよりも、一つの壮大な祝祭の儀式だった。
まず、狩人たちが彼らの知恵で岩の下に完璧な熾火の寝床を作り上げていく。山の魂が宿った、力強く安定した火だった。その間に、俺と若い弟子たちは川で獲れた巨大な魚を手際よく捌いていく。
そして、この料理のもう一つの主役、野菜だ。
「きゅいん!」
モグモグが、待ってましたとばかりに雪解け水が流れる岩場の影へと駆け出した。彼が誇らしげに咥えて帰ってきたのは、この季節にだけ芽を出すという**『熊笹の若芽』だった。
「こいつは…苦くて筋っぽい…」と狩人の一人がけげんな顔をする。
「これは、苦味じゃない。春の目覚めの味です」
俺は、港町から持参した特製の味噌とドワーフの国で分けてもらった発酵バターを混ぜ合わせ、そこへ細かく刻んだ『熊笹の若芽』をたっぷりと加えた。
(…そうだ。これが、俺の答えだ。港町の味噌、ドワーフのバター、そして、この山の若芽。師匠が教えてくれたのは、世界と対話し、その全てを、一つの皿の上で、仲間にしてやることなんだ…!)
誰にも真似のできない「魂のソース」が完成した瞬間だった。
岩が最高の熱を帯びた。俺はバターを溶かし山の野菜を敷き詰め、その上に魚の切り身を乗せる。
「ここだ! ビョルン殿! あなた方の炎の力を、見せてください!」
俺の合図で狩人たちが一斉に熾火に空気を送り込む。炎は勢いを増し、岩盤の温度を極限まで高めた。野菜から溢れ出す大量の蒸気が、魚の身を優しく蒸し上げていく!
最後に、特製のソースを全体にたっぷりと回しかけた。
ジュワアアアアアアアアアッ!
味噌とバター、そして『熊笹の若芽』が焼ける、香ばしくて甘じょっぱくて、どこまでも食欲をそそる香りが、爆発的に谷全体へと広がっていった!
完成した料理は皿には盛られない。皆が巨大な岩の食卓を囲み、自分の匙で好きなだけすくって食べるのだ。
最初に一口を口に運んだのは、族長のビョルンだった。そして、一瞬の沈黙の後、彼の岩のような顔が驚愕にカッと見開かれた。
「…う…うおおおっ…! なんだ、これは…!?」
魚の身がふわふわと雲のように舌の上でとろけていく! 皮はパリパリと香ばしい。そして、このソース! 味噌の深いコクとバターの豊潤な香りを、『熊笹の若芽』の爽やかな苦味が見事に引き締めている!
「美味い…! これが、水の民の、魂の味か…!」
その一言を皮切りに、狩人たちは我先にとその奇跡の味に殺到した。広場は歓喜と、新しい味との出会いを祝福する歓声に包まれた。
ビョルンは、夢中で魚を頬張る若者たちと、その隣で誇らしげに、しかし少しだけ照れくさそうに笑っている俺の顔を見比べた。そして、その大きな手で俺の肩を力強く叩いた。
「…若き料理人よ。いや…レオ殿。あんたは、もう師の影を追うただの弟子ではない。我らの、そしてこの山の命の恩人だ。一人の立派な料理人として、我らはあんたに最大の敬意と感謝を捧げる」
その、あまりにも温かく、そして重い言葉。
俺の目から熱いものがこぼれ落ちそうになるのを、必死で堪えた。(…師匠。見ていて、くれましたか。俺…やりましたよ…)
俺は、師から学んだ哲学を、自らの力で、実践してみせたのだ。
その夜、北の山に灯った焚き火は、これまでにないほど大きく、そして温かく、燃え盛っていたという。
【作者より】
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!皆さんの感想や、フォロー・お気に入り登録が、何よりの励みになっています。これからも、この物語を一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
1
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる