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第2話 とろけるお肉、ミートパイ~うっかり者の騎士と、ほっこり美味しい奇跡の味~ (2-1)
しおりを挟む日向耕介の「ほかほか肉のシチュー」が宿屋の名物になってから、数日が過ぎた。
「木漏れ日の食卓亭」は、以前の閑散とした空気が嘘のように、連日多くの客で賑わっている。特に夕食時は、仕事を終えた冒険者や騎士団員たちが、耕介の作る温かい料理を求めて集まるようになっていた。
「日向さーん! 今日もアレ、あるかい?」
「もちろんですよ! 今日は少し趣向を変えて、隠し味に森で採れた木の実を入れてみました」
「おお、そりゃ楽しみだ!」
客とのそんな会話も、すっかり日常の風景になった。
リリィアは忙しそうに、しかし満面の笑みで店内を駆け回り、ベアトリスもぶっきらぼうな態度は相変わらずだが、その目元は以前よりもずっと柔らかい。
そんなある日の昼下がり。
一人の女性騎士が、宿屋の扉を少しだけ開け、中の様子を窺っていた。
騎士団の制服に身を包んだ、**ブリジット**だ。彼女は普段、任務中はほとんど宿屋に立ち寄らない。その彼女が、なぜか店の入り口で逡巡している。
「**ブリジット**さん? どうかしたんですか?」
耕介が厨房から顔を出すと、**ブリジット**はびくりと肩を震わせ、気まずそうに視線を逸らした。
「いや……その、別に用というわけでは……」
「またお母さんに怒られるようなことしたんでしょー?」
カウンターを拭いていたリリィアが、からかうように言う。
「ち、違う! 今回は私のせいじゃない! ……いや、私のせいでもあるんだが……」
**ブリジット**は歯切れ悪く言うと、意を決したように中へ入ってきた。そして、小さな革袋をカウンターに置く。カサリ、と乾いた音がした。
「日向殿。……これを、どうにかできないだろうか」
袋の中から出てきたのは、石のように硬くなった干し肉と、パサパサの黒パンだった。騎士団が遠征の際に携帯するという、保存食だ。
「これを……ですか?」
「ああ。見ての通り、硬くて味気ない。水で戻そうにも時間がかかるし、何より……美味しくない」
**ブリジット**は、心の底からうんざりした、という顔で言った。
「先日、新人のボーンズがこれを喉に詰らせて、危うく死にかけた。幸い、ヴァル団長が背中を叩いて事なきを得たが……。このままでは、士気に関わる」
深刻な問題だった。戦場で命を張る騎士たちにとって、食事は唯一の楽しみであり、明日への活力を得るための重要な儀式だ。それが苦痛でしかないというのは、あまりにも酷い。
「なるほど……。それで、何か温かくて、携帯しやすくて、何より美味しいものを、と」
「……そうだ。そんな都合のいいものが、あるとは思えんが」
**ブリジット**は自嘲気味に笑う。その時だった。
「きゅい!」
今まで厨房の隅で丸くなっていたモグモグが、ぱっと顔を上げた。そして、くんくんと鼻を鳴らしながら厨房を飛び出すと、店の裏口へと駆けていく。
「おっと、モグモグ?」
「あの子、また何か見つけたのかしら?」
リリィアが不思議そうに見つめる中、モグモグはすぐに戻ってきた。その口には、見たこともない、甘い香りを放つ赤い木の実が咥えられている。
モグモグは、その木の実をカウンターに置くと、次に**ブリジット**が持ってきた硬い干し肉を前足でちょいちょい、と指した。そして、耕介の顔をじっと見上げる。
「……モグモグ、お前、もしかして」
耕介は木の実を手に取り、香りを確かめる。鼻に抜けるのは、リンゴのような爽やかさと、蜂蜜のような濃厚な甘さが混じった、極上の香り。
「この実を、この硬い肉と一緒に使えってことか……?」
「きゅん!」
モグモグが、肯定するように一声鳴いた。
(肉を柔らかくして、風味も加える……。そうだ、この甘酸っぱい香りなら、肉の臭みを消し、深いコクと旨味を引き出せるかもしれない。そして、この硬い肉とパンを一緒に美味しく食べる方法……)
耕介の頭の中に、一つの料理が閃いた。
それは、かつて彼がヨーロッパの田舎町で出会った、素朴で、しかし愛情に満ちた家庭料理。
「**ブリジット**さん。一つ、試してみたい料理があります。この硬い肉を、驚くほど柔らかく、そして美味しく変身させてみせますよ」
耕介の自信に満ちた言葉に、**ブリジット**は半信半疑ながらも、わずかな希望の光を見た気がした。
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