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第5話 ほっこり温まりシチュー~心に寄り添う、隠された優しさ~ (5-2)
しおりを挟む市場から戻った俺とリリィアは、早速厨房で調理の準備に取り掛かった。
カウンターの上には、市場で仕入れてきたばかりの、色とりどりの野菜が並んでいる。甘みの強いニンジン、ホクホクとした食感のモチイモ、そして、この辺りでしか採れないという、カブに似た根菜。
「日向さん、本当にこれであの人の心を癒せるのかな……?」
リリィアが、不安そうに尋ねた。
「ああ。リリィアちゃん、シチューっていう料理が、どうして人の心を温めるか知ってるかい?」
「え? えっと……温かいから?」
「それもある。でも、もっと大事な理由があるんだ」
俺は野菜を切りながら、ゆっくりと語り始めた。
「大昔、人々がまだ洞窟で暮らしていた頃、火を囲んで、獲ってきた獣や採ってきた木の実を、一つの鍋で煮込んで食べていた。それが、シチューの始まりだと言われている。つまりシチューは、もともと**『家族や仲間と、同じ鍋のものを分かち合って食べる』**ための料理なんだ。一人で食べるためじゃなく、皆で食卓を囲んで、温かさを共有するために生まれてきたんだよ」
「温かさを……共有する……」
「そう。だから、ただ美味しいだけじゃダメなんだ。一口食べたら、まるで母親に抱きしめられたような、そんな優しい気持ちになれるシチューじゃなきゃ。あのルークさんという冒険者には、たぶん、その『分かち合う温かさ』が、今一番必要なものなんだと思う」
俺の説明に、リリィアは深く頷いた。彼女の中で、ただの料理だったシチューが、特別な意味を持つ一皿に変わった瞬間だった。
「きゅい!」
ちょうどその時、店の裏口からモグモグが誇らしげに戻ってきた。その口には、見たこともない、銀色に輝く葉を持つハーブが咥えられている。
「モグモグ、おかえり! それは?」
「きゅるる!」
モグモグが、そのハーブを俺の手にそっと置く。鼻を近づけると、まるで月明かりのような、穏やかで澄み切った、優しい香りがした。心を落ち着かせ、安らかな眠りに誘うような、不思議な香りだ。
「……すごいな、モグモグ。これこそ、今の彼にぴったりのハーブだ」
俺はモグモグの頭を撫でると、いよいよ調理を開始した。
大きな寸胴鍋にラードを溶かし、まずは大きく角切りにした肉の表面を焼き固めて、旨味を閉じ込める。次に、たっぷりの野菜を加えて、焦がさないようにじっくりと炒めていく。野菜の甘い香りが、厨房いっぱいに広がった。
水を加え、アクを丁寧に取り除きながら、ひたすら煮込む。
コト、コト、コト……。
鍋が奏でる穏やかなリズムが、厨房を優しい空気で満たしていく。
最後に、モグモグが採ってきてくれた銀色のハーブをそっと加える。
その瞬間、野菜の甘い香りと肉のコクのある香りに、月の光のような澄んだ香りが溶け合い、今まで誰も嗅いだことのないような、深く、そして慈愛に満ちた香りが立ち上った。
「……できた」
それは、ただのシチューではなかった。
閉ざされた心を優しくノックする、魔法の鍵。
凍てついた記憶を、春の陽だまりのように温める、約束の一皿だった。
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